第31話 パンツは無事でした
「すでに庄司さんが調べたとはいえ、勝手に荷物を見るのは気が引けることだし、それに、この二人は容疑者から除外しても問題ないだろう。これだけ手狭な部屋に死体があったら目立つだろうしな」
雅人がどうだと三人を見ると、誰からも異論は出なかった。梶田にしろ岩瀬にしろ、杉山を殺害する理由はなさそうだ。
岩瀬が杉山に何か言われて返り討ちにした、という可能性も無きにしも非ずだが、そうなると突発的な犯行となり、死体を隠すなんて無理だろう。しかもベッドの不可解な血痕も説明できなくなる。
「では、二階から本館に戻りますか」
「ああ」
まだ雨は降り続いているから、一度外に出て戻るのは得策ではない。別館の勝手口には梶田が出入りしたからだろう、泥が多く付着していた。手前にある泥落としもすでに汚れている。
「土足だと、雨の時に困りますね」
「そうだな。じゃあ、二階に戻るか」
航介の提案どおり、外に出ることはなくぞろぞろと二階へと舞い戻った。そしてそのまま渡り廊下を通って本館側に戻り、他の部屋を見て回ることになった。
「誰か部屋にいてくれると確認しやすいんだけどな」
「どうでしょうね」
雅人のぼやきに、一階に固まったままかどうか、それは解らないと航介は肩を竦める。すでに六時半。別館の捜索だけで一時間以上が経過している。しかし、それだけ時間を掛けても何一つ捜査は進展していなかった。
「じゃあ、まずはここにいるメンバーの部屋だけを確認すればどうですか。そうすれば立ち入りやすいですし」
「そうだな。その手で行くか。ひょっとしたら混乱に紛れて、どこかに隠しているかもしれないし」
楓の提案を受け入れ、まずは青龍の部屋から捜索となった。
そう言えば、マジック道具も勝手に見られてしまったようだが、どう考えているのか。あの時は問題ないと答えていたが、それは野々村を気遣っただけかもしれない。そう考えて、改めて雅人は荷物に関して訊ねてみる。
「問題ありませんよ。ああいう道具を見てどう使うか解るのは、同業者くらいでしょう。それに」
そう言って青龍は着ていたジャケットの胸ポケットを叩く。
「見られて困るのは新作マジックを考える時に使っているネタ帳ですが、それは常にここに入れてありますからね。アイデアを盗まれることもありません」
「なるほど」
意外と用心深いんだなと、雅人は感心してしまう。そして、恐らくその行動は習慣化されているのだろう。刑事が常にポケットに警察手帳を入れるのと同じような感覚のはずで、入れ忘れることはない。
「さて、どうぞ」
案内された青龍の部屋は、雅人と航介が使っている部屋と同じサイズの広々としたものだ。ベッドも一応二つあるが、一方にはトランクが広げてあったり段ボール箱が置いてあったり、と完全に荷物置き場になっていた。しかもそこから荷物が溢れ返っていて、まさに航介が指摘していたとおりの状況になっている。
「散らかっていますが、それは先ほど勝手に触ったと言っていたので、一応チェックをしたせいですよ。熱心なファンの方もいらっしゃることだし」
「ああ」
ファンというのはその人が使ったものだったら何でも欲しがるものなのだ。だから、野々村が何か持って行っていないか。チェックしていたらしい。
「それで、ちゃんとありましたか。熱心なファンほど意外なものを欲しがりますよ。パンツや下着のシャツなんかも確認すべきです」
楓が大真面目にそんな注意をするので、思わず頭を叩いてしまう雅人だ。そんな変態行為、どんな輩であれ断固としてやって貰いたくない。
もちろん、ストーカーと呼ばれる部類の人間は対象者の捨てたゴミまで持って行くというが、好きなことに一直線の野々村とはいえ、そんな犯罪者じみたことをしているとは想像できなかった。
「いたっ。別に私が盗んだわけじゃないでしょ」
「そうだけどな。お前の発想が怖いんだよ。完全にストーカーと同じ発想をしているだろうが」
「ええっ。ストーカーとは限りませんよ。あるあるでしょ。アイドルを好きな人の発想と同じですって」
「なんだと」
「まあまあ。パンツは無事でしたよ」
延々と争っていそうな刑事二人に、青龍は苦笑して言う。他もざっと見た限りでは揃っていると付け加えた。
「ふうん。まああの時、真っ先に荷物を見たことを謝ったのは野々村だしな。そんな奴が何かをパクっているとは考えられん」
「ええ」
「ふむ」
「しかし」
「ん」
いきなりぴっと青龍が人差し指を立てるので、雅人は何か気づいたことがあったかと手帳を構える。
「気になるのは、どうして庄司さんは真っ先に荷物を疑ったのか、ですね。どこにも杉山さんがいないようだ。しかも、あの出血量ならば殺されているかもしれない。そうなった時に、真っ先に失くし物を探すように荷物まで探すというのは、あまり正しい捜索方法とは思えないんですが」
どうでしょうと、青龍は雅人を見る。
確かに、指摘されてみればそのとおりだ。どうして荷物まで探したのだろう。まさかすでにバラバラにされているとでも考えていたのか。いや、それはどうにもすっきりしない。
考えてみると、庄司の行動はあまりに行き過ぎていて怪しい。外に出ていたとはいえ、刑事の許可なくその場にいない人間のカバンまで漁るなど、常軌を逸している。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます