第13話 静かな雨の朝

「うまっ」

「いいでしょ。桜のチップでスモークしてあるんです」

 雅人がリクエストした焼いたパンを置きつつ、梶田が嬉しそうに教えてくれる。

 本当に料理が好きで、そして食べてもらうことに誇りを持っているのだなと、その笑顔から感じ取った。

「へえ」

 それにしても、どうりで食べたことのない味なわけだ。スーパーで売っている袋売りのウインナーとは味が全く違う。

 さすがは一流シェフの作る料理。個人的なパーティーであろうと手を抜くことなく、どれもこれもひと手間掛けられている。

「やあ、皆さん。早いですね」

 そこにこの別荘の主である庄司が起きて来て、早速、梶田にコーヒーを頼んでいた。まずはそれを飲まないと完全に目覚めないのだと、食堂の状況を確認しながら笑っている。

「まったく。自分で淹れられるように置いてあるだろ。何のためにビュッフェ式にしてあると思っているんだ。他の人を見習えよ」

「いいじゃねえか。昔からの仲なんだし」

「仕方ないなあ」

 そう文句を言いつつもコーヒーを淹れてやるのだから、梶田は世話好きでもあるのかもしれない。

「ふうむ」

「人間観察ですか」

 あちこちに視線を這わせていたら、いつの間にか横の席に座った航介がそう訊いてくる。

 こちらも相変わらず油断ならない。青龍はその航介の向かいの席にいて、こちらは紅茶を優雅に飲んでいた。

 まったく、その姿さえ絵になっていて、何をやらしても気障な奴だとむかっ腹が立つ。

「まあね」

 そんな青龍を横目で見つつも、航介の問いには頷いた。

 それぞれの個性を把握しておくのは大事な作業の一つだ。何かあった時に対処できるようにしておくためにも、人間観察は基本だと思っている。

 しかし、朝早くからちゃんとご飯を食べようと起きてきたのはここまで。残りはなかなか一階に姿を見せなかった。どうやら休日はだらだらと寝るタイプであるらしい。

 そうしているうちに雅人も食後のコーヒーを飲み終わり、横では楓がデザートのケーキを食べていた。

 楓の場合は朝から食べ過ぎだろう。明らかに摂取カロリーが他の人より多いと思う。それでも細い体形なのは、日頃から運動量の多い仕事のおかげか。

「みんな久々の休みとあって起きて来ないね」

「ですね」

 隣同士に座って何やら打ち合わせをしていた庄司と岩瀬も、これは仕方ないかと笑い合っている。

 外が雨ならば尚更だろう。ひょっとしたらまだ夜だと思っているのかもしれない。そんな冗談まで飛び出す始末だ。

「さすがにそれはないですよねえ」

 楓はその冗談を笑い飛ばしたが

「でも、都会と違って静かだからな。時計を確認しなかったら二度寝しちゃいそうだ」

 雅人は枕が変わっても寝れるタイプならば、ずっと寝ているだろうと想像する。

「たしかに、そうですね。私も起きた時、あれ、何時だっけってなりました。雨が降ってて鳥も鳴いていないですしね」

 ようやくコーヒーを飲み始めた楓は、周囲が静かだということには同意して、雨のせいで余計に静かだと付け加えた。

「お前も枕が変わっても気にならないタイプか」

 度胸がないのは俺だけかな、と雅人は悲しくなる。

 だが、今もちょっと誰もがお喋りを止めてしまうと、しんっと静かで、都会とは全く違う雰囲気を味わうことが出来る。

 食堂の片隅に置かれている凝った置時計の、コチコチと秒針の音がするのが気になるほどだ。こんなこと、騒がしい都会ではなかなかない。

「静かだな」

 寝起きに青龍に会ってしまったせいか、その静けさを今まで堪能出来ていなかった。あの時は非常に不快な思いをしてしまったが、もちろん楓に報告するつもりはない。警告を受けたことはどこかで情報共有すべきだろうが、この静寂の中ですぐにする必要はないだろう。

 その青龍はというと、一通りの食事を終えて今度はトランプを持っていた。考え事をする時の癖なのだろうか、ささっとそれをシャッフルしている。

 ここに青龍ファンの野々村がいたら早速マジックを頼んでいただろうが、その野々村は昨日の興奮もあってかなかなか起きて来ないようだ。

 あれほど朝食から一緒にいられるのかと確認していたというのに、それを忘れて眠ってしまうとは。よほど昨日のことが楽しかったに違いない。

 こうしてしばらくは各々、静かな食後の時間を過ごしていたが、ずっと食堂にいるのも飽きてくる。それに何だか手持ち無沙汰になってくる。

「ちょっと上に戻ってくるよ」

「はあい」

 楓に報告して立ち上がると

「あちらの居間にお菓子などを用意していますので、お戻りになりましたら、どうぞそちらで寛いでくださいね。新聞や雑誌なども用意してありますから」

 すかさず秘書の岩瀬が笑顔で言ってくれた。

 なるほど、さすがに部屋にバラバラで過ごすというのは、せっかくの別荘もただのホテルと変わらず勿体ない。しかも一応はパーティーという名目で集まっている。固まって過ごすのが妥当なプランだろう。

「そう言えば、今日の予定とかってあるんですか」

 しかしふと、そのパーティーは一日目で終了しているという事実に気づく。

 名目は庄司の誕生日パーティーであり、青龍の盛大なマジックショーも一日目にあった。

 残りの二日間はまさに休暇として設定されているはずだ。だが、わざわざ青龍にも二泊三日させているのだから、今日も小規模ながらマジックショーがあるのだろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る