第32話「襲撃者」
「はぁ・・・」
「花成。どうしました?」
新学期早々に花成はため息をついていた。
心配して覗き込むニレイの肌はアスファルトの光が反射して透き通るような透明感があった。
二人は新学期最初の登校日、一緒に制服で学校へ向かっていた。
「いや、三繰先輩がバイト辞めるらしいから。」
「三繰が?なぜ?」
そのニュースはニレイも初耳で驚きの表情をしていた。
「三繰先輩も結構前から考えていたらしくて、ほら、もう3年生で受験勉強真っ只中だから大学決まるまではバイトできないって。」
「そうなんですか・・・。」
通に連れられるままだったが、ニレイは花成のバイト先に行って三繰たちとダラダラと過ごす時間が結構好きな気がしていた。
アンドロイドである自分には好きや嫌いの感覚は本来はないが、あの時間を過ごす感覚が心地よく、これが好きというものなのかと思っていた。
特に一生懸命働いている花成の姿を見ていると幸せな気分になるのだった。
「だからもう今日で辞めるらしい。俺も今日はシフト入ってないけど最後の挨拶に行こうかなって。」
「良いですね。私も行きます。あ、ナナミクとキュウカにも連絡しておきますね。二人共、暇でしょうから。」
ナナミクは小学校がまだ長めの夏休み中(という設定で)、キュウカは大学生(という設定にしたの)で夏休みが始まったばかりということにしてまだ花成の家に居候していた。
安いスマホだが、3人はニレイのバイトの給料で連絡を取り合うことにしていた。
無論、そこには勝手に動かないように花成が監視するという役目もあったのだが。
「ええ~!三繰先輩が!?」
「そ、そっか・・・」
昼休み、一緒に過ごすようになっていたライサと通にもその話をし、対照的な二人の反応には気づかないまま、
二人も一緒に挨拶に行こうという話になった。
ちなみにライサは友人である三繰がいなくなる寂しさがありつつ、最大のライバルがいなくなるのではないかと心の中でガッツポーズしていた。
ここまでなりふり構わないのは花成への愛の裏返しである。
授業をうけている間、花成は意識がまとまらず、外を見てボケっとしていた。
「花成たちより先に行ってよーね!ナナミク!」
「うるさいわね。気安く話しかけないでよキュウカ!」
家ではニレイからの連絡を受け、ナナミクとキュウカが少し早めに花成のバイト先に出かけようとしていた。
「ほら、はやくしなさいよ!早く行こうってわりにあんたの方がまだ準備中じゃない!?」
「もー、待ってよー、子供のナナミクと違ってアタシお姉さんだから少しくらい化粧していかないとー。」
「・・・ふん!バカにしないで!先に出るわよ!」
悪気はなくナチュラルに馬鹿にしてくるキュウカに腹を立て、ナナミクは先に家を出た。
「あ、アタシも行くー!」
キュウカが家を出ようとした時、ガタン、と物音がした気がした。
「?」
物音のした机の方をキュウカは見たが、何事もないようだった。
「・・・気のせいか。」
そのままキュウカは部屋を出たが、すぐあとに花成の机から一人の男がぬっと出てきたことに気づいていなかった。
空には厚い雲が垂れ込め、季節の変わり目を告げるような湿った冷たい空気が流れてきていた。
学校の帰り道、花成はニレイやライサ、通とともにバイト先へと向かっていた。
結局、ニレイが連絡してキュウカやナナミクも集まることになり、オーナーの厚意でバイト先が閉まった後、三繰のお別れパーティをすることになったのだった。
その時、花成が立ち止まった。
「ヤバイ!忘れ物した!ちょっと先に行ってて!」
「え、ちょ!」
花成はライサが止めるのも聞かず、走り出した。
忘れ物というのは嘘で、急だったとはいえ花成は手土産も無く三繰を送り出せないと思ったのだった。
しかし、その気持ちにライサやニレイまで巻き込むことはできないと思っていたのだった。
実は親友の通には話しており、少し都心に出た方にある隣町のちょっと高級なパティスリーのケーキを電話で取り置きしておいたのだ。
ケーキは以前、三繰が好きだと話していたのを聞いたことが合った。
急遽、当日に電話したもののパティスリーは事情を説明すると快く理解してくれ、人気で夕方にはいつも売り切れてしまうケーキを用意してくれていたのだった。
通と事前打ち合わせして、思い出したように走り出した花成と、それを追いかけようとするライサやニレイを通はとがめながら親指を立ててグーサインを出した。
グッ、と花成も親指を立ててグーサインを返し、走っていった。
「すみません、ありがとうございます!」
花成は隣町のパティスリーでケーキを受け取り、代金を払うとペコリとお辞儀した。
「いいのよ。あなたの大事な人なんでしょう。お金はちゃんともらっちゃったけど一番人気を取っておいたから。あ、そうだ、これ代わりと言ってはなんだけどオマケね。」
パティシエのおばちゃんは笑ってクッキーの入った袋を差し出した。
「え、良いんですか!」
「良いわよ。もちろんお代は必要ないから。うちの商品の中ではよく売り切れるような商品じゃないけど、私の母の味を再現しているからきっと暖かい気持ちになれるわ。」
「すみません色々とありがとうございます!」
花成はクッキーをバッグにいれると、ケーキの箱を揺らさないように気をつけながら、少し早歩きでバイト先のカフェへと向かった。
パティスリーまではバスを使ったが、バイト先までなら公共交通機関よりも歩いていくほうが良さそうだった。
「ヤバイ、降ってきた!」
先程の重たい雲から水滴が垂れてきて、やがて小雨になってきた。
道を曲がり、狭い路地に入った時、後ろから男が声をかけてきた。
「お前、花成博士だな。」
「は?」
「いや、この時代ではまだ博士ではなかったか。」
男は全身黒づくめでフードを被っていて顔が見えなかった。
「お、お前誰だよ!」
花成は少し構えた。
「・・・ふん。俺か?俺は未来からやってきた男性型セックスアンドロイド”RYU-10アールワイオーテン”だ。未来のニレイからは”リュート”と呼ばれている。」
そう言ってRYU-10はフードをおろした。
銀色に光る長髪の男はおそらく、25歳位を想定して作られた顔つきだった。
すっと鼻筋が通り、切れ長の目をしたRYU-10はミステリアスな雰囲気のあるイケメンだった。
「男性型・・・!?しかも未来からだって?どうやって未来から来たんだ?」
「なんだお前そういうことも聞いてなかったのか。」
RYU-10は先程までの険しい表情とは打って変わって、驚いた顔をしていた。
「それでは通博士のことも・・・。」
「通?通もセアンドロイドに関わっているのか!?」
「そうだ。まぁ、厳密にはタイムトラベルに関わる研究をしている。」
「何・・・!?」
通の将来の夢はタイムトラベルマシンを作ることだった。
そして、実は花成も通もエリート街道を歩いてきたわけでないものの、高校受験を頑張って都内では有数の進学校に通っているのだった。
ノーベル賞科学者を出したこともあるこの高校なら無い話ではなかった。
「なるほどな。では、ほとんど未来のことは聞いてないんだな。
そんなことより、俺はお前のことが許せないんだ。・・・今はXXXX年のX月X日だな。」
RYU-10は脳内のコンピューターで電波をキャッチし現在時刻を探った。
「あ、ああ・・・」
花成は戸惑い気味に答えたが、RYU-10の許せないという言葉に未来の自分が何をしたのか考え込んだ。
その時、突然RYU-10は大きく踏み込み、花成を殴り飛ばした。
「がっ・・・!」
ドシャ、と花成は水たまりができ始めた地面に尻もちをついた。
「今日はたまたま会っただけだからな。このくらいにしてやるが・・・これで許されたと思うなよ。」
「なっ、なんなんだよ!?」
RYU-10は吐き捨てるようにそう言って、地面にへたりと座り込んで戸惑いを隠せない花成を置いて歩いていってしまった。
辺りは白くなり、すぐにRYU-10の姿も雨に紛れて見えなくなってしまった。
雨が強くなっていた。
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