第40話「夢見るアンドロイドは。」

そこでリュートはぱち、と目を覚ました。




また眠ってしまったらしい。


過去の記憶、いや、起こったのは未来だが、過去の俺の記憶か・・・




全て夢ではない。




人間ならば夢を見るのだろうし、アンドロイドもスリープモード中処理エラーで薄く意識が目覚めるように軽度に起動するらしいが、ソフトウェアが古かったり不良が無い限りは現実にはなかったもの、つまり夢を見ることは無かった。






先日会ったときの反応を見るに50年前の花成博士、つまり今の花成少年が知らないであろうニレイのを伝えることこそが自分の使命なのだとリュートは思っていた。




優しすぎるナナミクやキュウカは恐らくその残酷な真実を花成少年に言う事はできないのだろうと、二人がニレイを追って過去へ行くと言い出したときからリュートは分かっていた。




それにしてもリュートは自分自身のことを至って冷静なアンドロイドだと思っていたのだが、花成少年に会った時、あれほどまでにもどかしさと苛立ちを感じることになるとは思わなかった。




「嫉妬・・・か・・・。」


そこにはきっと感情が存在していた。




花成博士のことが好きだとニレイが伝えてきた時、リュートは感情なんてアンドロイドが持つはずがないものだ、何かしらの錯覚に違いないと言ってしまった。




自分自身がニレイに対して好意的な感情を持っているということを棚に上げて。




次こそ冷静に伝えてみせよう。


花成少年に未来の花成自身が如何いかに残酷なことをしたのかを。








「あいつさ。やっぱり、あのことを伝えにきたんだと思う?」


放課後、図書室で机に突っ伏つっぷしてナナミクはキュウカに聞いた。




「うん。アタシたちができないって思ってたんだよ。


たぶんリュートのことだから変な責任感じて、自分がやるべきだと思ってるんじゃない?


てゆーか、アタシ達、試験勉強しに図書室に来たんじゃなかっった?」


巨大な胸を重たそうに机にのせているキュウカはペンを口にくわえ、図書室の受付で本を読んでいるニレイのほうを見た。


動くたびにたゆんたゆんと形を変える柔らかくてハリのある重たそうなキュウカの胸をナナミクは恨めしそうに見ていた。




実は後期からニレイは図書委員になっていたのだった。


本人は気づいていなかったが、周りの皆は、花成のバイト終わりを待つためなのだと思っていた。




そのため、自然とキュウカやナナミクも放課後は花成のバイト先でたむろするか、図書室でだらだら過ごすのがルーチンワークとなっていた。




「そーゆうアンタだって集中してないじゃん。」


「だーって、アンドロイドに勉強する意味なんてないよー。全ての答えが分かってるって疑われないようにどこをどう間違えるかを考えるだけ。」


「確かに。この時代の高校の教科くらいじゃテスト用紙裏返した0.5秒後に答え出せちゃうもんね。


ていうか、何でAIで解ける問題ばっかり人間にさせてるの?こんな記憶力テストじゃなくて、もっと人間らしく創造的な科目やればいいのに。」


「そう言ってふたりとも真面目に勉強したくないだけなんじゃないですか?」


急にニレイが二人の会話に割って入ってきた。


「うわっ。びっくりした。いつからいたのアンタ。」


「今です。さっきから二人がチラチラ私のほう見てたので気になって来てみました。」


ニレイはいたずらっぽく、クイッとメガネをあげた。




最近、とおるにメガネをかけた方が外した時の美しさのギャップに萌える、きっと花成のウケも良いはずだと偽情報を吹き込まれたせいでニレイは良くメガネをかけるようになった。


通が最近暴走気味なのはさすがに目が余るのでナナミクは目を光らせているがあの性分は直らないものらしい。




「い、いやー。なんでも無いわよ。それよりもアンタも勉強する?」


ニレイ自身が知らない彼女の秘密をすんなりと話してしまえるはずもなくナナミクは話をそらした。


「まぁ、私もアンドロイドなので勉強する必要は無いのですが。


幸いなことに事前にプリインストールされていたであろう一般常識やセックスアンドロイドが知っているであろうことはたいてい知っていましたから。


それよりもこの時代の紙のほうが多く流通しているためかレベルが高くて手触りが良いのであえて本から情報を収集するということをしていました。」

そう言ってニレイが見せたのは名作『アンドロイドは電気羊の夢を見るか。』だった。

よりにもよってアンドロイドがそれを読むか。


「はーん。確かに。50年後じゃ電子書籍ばかりで紙はともかく本なんて嗜好品になっちゃってるしね~。」

「そもそもこの時代の本は長過ぎるよー。必要な情報のみを端的に収集してるほうが私には合ってるな~。」


キュウカがだらーと背もたれに寄りかかった。


押しつぶされていた大きな胸が今度は開放されて天井に向き、ぷるんと自由に揺れているのを見てナナミクはさらにイラッとした。




「未来人ぽい言い方だな。未来じゃそんなに必要な情報がすぐ手に入るってのか?」


「うわっ!アンタもいたの・・・?」


ナナミクは再び驚いた。


ニレイの反対側に通が来ていたのだ。




「うわってひどいなぁ。・・・そういえば、この前、花成が会ったっていう男のアンドロイド?・・・もしかして、お前ら知ってんだろ?なんか。」


ナナミクは驚いた。


すっとぼけたフリをしているが通は花成なんかより遥かに頭がキレる。

通の目にはいくらか確信めいたものがあるように見えた。


県内でもトップクラスの進学校であるこの学校で学年一位を落としたことの無い秀才男なだけあった。




「・・・ちょっとアンタ来なさい。」


なおも話そうとする通の服を引っ張ってナナミクは廊下に連れ出した。


「あ、私も・・・」


「アンタはいいの!キュウカと話してなさい!」


ついてこようとするニレイにぴしゃりと言って廊下へと出ていった。




「私、何か気に触るようなことしたでしょうか・・・」


ニレイが少ししゅんとした雰囲気になった。


「な、なんだかイライラしてるねー。お、おんなのこの日とか・・・」


「アンドロイドなのに?」


「え!?いや、そのー・・・はは、無いですよね~」


戸惑うニレイにナナミクのことをフォローするつもりが墓穴を掘ってあたふたするキュウカだった。






屋上へ続く階段で誰もいないことを確認するとナナミクは通にひっそりと話しだした。


「通はなんだかんだ頭良くて事情を理解してくれると思うし、花成の親友だから話すわ。絶対に秘密にしなさいね。」


「お・・・おお・・・。」


今までと違って真剣な表情のナナミクを見て通も気を引き締めた。


ここまで真剣なナナミクは初めて見たかもしれない。


年上派な通だったが、ナナミクのお人形のような幼さを感じさせながらも整った顔立ちに少し見とれた。


「実は・・・」

ナナミクの説明に通は目を見開いた。



その頃、バイトで忙しく接客していた花成は珍しく多くの客でにぎわう喫茶店でこんな時、三繰先輩がいてくれたらと思っていた。


「受験勉強うまくいってるかな・・・。」


思えば2ヶ月以上三繰先輩と会っていないのだった。


出会ってからというもののほとんど毎日と言っていいほど顔をあわせていた二人は今や、お互い連絡も取り合っていなかった。


しかし、それでも花成の心にはいつも三繰がいて、会いたいという気持ちはむしろ日に日に強まっていた。




落ち込んだときはいつも三繰の力強い太陽のような元気さに励まされていたのだった。

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