第18話「ナナミク」
「なぁ、なんか知ってるんだろ?ニレイのこと。」
ナナミクが家に現れて2日目、花成は思い切って聞いてみた。
ニレイは夕食で使った食器を洗っている。
「居候いそうろうさせてもらっているお礼ですから。」
と言ってニレイはいつも食事を始め、家事全般を請け負ってくれている。
「・・・なんでアンタに教えなきゃならないのよ。」
少し考えるそぶりをみせたが、ナナミクはつっけんどんに答えた。
良い子なニレイとは対照的な生意気クソこどもだ。
「はぁ?お前な。今の状況が分からんのか?」
「なんのこと?」
「オイオイ。曲がりなりにも居候させてやってるだろ。対価がほしいもんだな。」
「えっ!もしかして、居候させてやる代わりに体を差し出せってこと・・・!?最低・・・!」
ナナミクは自分の体を守るような仕草をした。
「バッ、そんなこと言ってないだろ!?どっからその発想出てくるんだ!」
花成は顔を真赤にしてあとずさった。
「フン、男の魂胆こんたんなんて分かってるんだから!家出少女は泊めてやるから何でも言う事聞けってことでしょ!」
「おいおい・・・シャレにならん・・・!てか、思ってねぇよ!」
女子中学生みたいな見た目のナナミクが言うと生々しさがあふれる。
やはりナナミクはいわゆるロリコン向けのセックスアンドロイドなのだろうか。
通常のセックスアンドロイドもそうだが、倫理的に大丈夫なのか・・・、いや、それで性犯罪が少なくなるなら良いのだろうか。
きっと未来でいくらでも行われただろう議論が一瞬、花成の頭で繰り広げられた。
「男は皆ケモノね!やっぱり私のことを大切に扱ってくれるのは、かな・・・」
そう言ってナナミクは花成の顔を見て固まった。
「かな?」
「う、うるさいわね!こっちの話よ!あっち行って!」
ナナミクはわざわざ花成の近くに寄ってきて突き飛ばした。
こっちとかあっちとかうるさいやつだ。
花成はナナミクが現れてからというものむかつきっぱなしだ。
「ハーン、だいたいな。俺はお前みたいなオコチャマ興味ないんだよ。俺が好きなのはお姉さん系だからな。」
花成は馬鹿にした顔でナナミクをジロジロ眺めた。
ちなみに親友の通とおるにしか言ったことのないカミングアウトをなぜか今、普通にしていることに花成自身は気づいていなかった。
「お・・・おこちゃま・・・」
ナナミクはうつむいて震えている。
というより自分の胸を見ているようだ。
花成は胸ではなく内面的なことを言っていたのだが伝わっていないようだった。
「やーいやーい、オコチャマ!家出少女ー。」
花成は調子に乗ってからかった。
「・・・・・・い、」
しばらく黙っていたナナミクが口を開いた。
「い?」
「家出してやるーっ!!」
そう言ってナナミクはダッシュで花成の家から飛び出していった。
「今、ナナミクが飛び出していきましたがどうかしましたか?」
ニレイが少し驚いたような表情で聞いてきた。
とは言っても、省電力モードで無表情中なので、そんなふうに見えたというだけなのだが。
洗い物をしていた手を手ぬぐいで拭いている。
「イヤ・・・ナニモ・・・」
花成はそう口にしたが大人気なく調子に乗ってしまったことを反省していた。
「・・・なにかしましたね?」
「ウッ・・・!」
いつもは無表情ながら優しいニレイが、声のトーンのせいか同じ表情のはずなのに急に恐ろしく見えた。
「ナナミクは現代に来たばかりです。道みちがわかるはずもないですし、迷子になってしまうかもしれません。」
ニレイは困ってまゆをひそめた。
その姿さえ美しく、見とれていた花成はハッとして立ち上がった。
「さ、探してきます!」
「あっ、花成。」
花成は家を勢いよく飛び出した。
家を裸足で飛び出したナナミクは泣きながら走っていた。
「バカ・・・バカ・・・!花成のバカ・・・!」
彼女の脳裏に、あ・る・男・の姿が思い浮かんでいた。
「さぁ、ここが君の家だ。とは言っても普通の家ではなく研究所みたいなものだがね。
ひとまず、君は検査のために連れられてはきているが、それもすぐ終わるだろうし、ゆっくりしていくといいよ。」
優しげな笑顔でナナミクにそう言った男は、もう一人のアンドロイドを紹介した。
それは未来のある日の記憶だった。
「初めまして。ニレイと言います。」
自己紹介した青い髪の彼女は、そう、ニレイだった。
「・・・・・・。」
警戒が解けないナナミクは無言で睨にらみ返した。
「おやおや、まだ緊張しているのかい?まぁ、しょうがないね。あんなことがあってから連れてこられているんだ。
人間のことも、一緒に住むアンドロイドのことも信じられないのはしょうがないか。」
困ったように男は天を仰いだ。
まだ疑ってはいるが、この男は自分に悪いことをしそうには思えない。
そう、男は未来の花成博士だった。
セックスアンドロイド自体の開発者ではないらしいが、こ・の・分・野・では第一人者らしい。
「花成博士。」
ニレイが花成博士に話しかけた。
「ん?なんだ。ニレイ。」
ナナミクは困惑して二人を見ていた。
ニレイと花成博士と呼ばれた男は、通常のセックスアンドロイドとその所有者という関係性ではなさそうだ。
ビジネスパートナーのようにも見えたし、夫婦のような雰囲気も感じられた。
少なくとも上下関係はなさそうだった。
「検査の前に3人でお出かけでもしませんか?」
「おお。たしかにそれは良いことだ。一応、検査という名目で連れてこられているが、正直、検査などするまでもないと思っている。
例・の・件・はただのクレームのようなものだ。
もちろん、君が良ければだが、家族になるかもしれないんだからね。」
花成博士は手を差し出した。
その表情をみるに悪意はなさそうだった。
「家族・・・」
ナナミクはその言葉をつぶやいた。
自分の中に沁しみ込んでいくような感じがした。
それはナナミクがセックスアンドロイドとして製造されて以来、つまり、生まれて初めてかけられた言葉だった。
「私のことは花成博士と・・・ん、いや、それだとよそよそしいか。
花成と呼んでくれたまえ。あ、ニレイも私のことは花成でいいよ。今更だけど。」
「かしこまりました。花成博士。・・・すみません、どうしても博士がついてしまいます・・・。」
そう言って笑ったニレイにつられ、ナナミクも笑った。
それを見て花成博士も笑った。
ナナミクは製造されて、否、生まれて始めて笑った。
そして、時は現代に戻る。
「くそっ、どこにいったんだ・・・アイツ・・・!」
花成はぜぇぜぇと肩で息をしながら、あたりを見渡した。
ナナミクを見失ってしまったらしい。
実は用途に限らずアンドロイドは筋力や走る速度は基本的に人間の数倍に設定されているものが多い。
ニレイも他の例にもれず、人間よりも遥かに強かったし足もめちゃくちゃ速かった。
しかし、ナナミクのモデルであるXXX-0739タイプは少女感を出すためにあえて人間の同程度に抑えられていた。
つまり、花成はナナミクと変わらないくらいの速度で追いかけたのだが、ナナミクがやたらめったら角を曲がりまくったお陰で見つけられなくなってしまったのだ。
「最近、不審者がいるらしいからな・・・。かといって、補導されても安心とはいかないが・・・。」
既に夜も遅くなってきてしまい辺りは暗かった。
見た目の年齢が中学生なナナミクは不審者に襲われる不安はもちろんのこと、警察に補導されたとしても花成との関係性をどう説明すれば良いのか見当もつかなかった。
しかし、花成が恐れていたことが、ナナミクのもとに迫せまっていた。
その頃、ナナミクは一人、公園のブランコに乗って落ち込んでいた。
「どうしよう。おうちどこか分からなくなっちゃった・・・。」
自分のいる公園が花成の家からどのくらい離れているかも分からなかった。
完全に自己嫌悪になってしまっているナナミクは自分のことをバカだと攻めていた。
自分で言うのもなんだが、ナナミクは頑固だった。
その頑固さゆえに、未来では他のアンドロイドや人間と喧嘩になることがしょっちゅうだったが、一人、優しく受け止めてくれる人がいた。
それが未来の花成博士だった。
やがて、ナナミクは花成博士に惹かれるようになっていった。
わがままで頑固、素直になれないナナミクのことを優しく包み込んでくれるような花成博士のことは
父親的な存在としてだけではなく、単に異性として魅力的に感じていた。
今回、ナナミクが危険を犯してタイムスリップして未来から来たのは、ニレイに関すると・あ・る・目・的・のためだったが、
実は別の目的もないではなかった。
未来の花成博士は高齢だからなのか、亡・く・な・っ・た・奥・さ・ん・に一途なのか分からないが、ナナミクに対して女性としての興味を示さなかった。
そこで、ナナミクはそうなる前の若かりし頃の花成博士にアプローチすることもできるのではないかと考えた。
それがナナミクが過去にやってきたもう一つの目的だった。
「その結果がこれか・・・」
はぁ、とため息をついた。
学生時代の花成は正直、未来の花成博士と同一人物と思えないようなクソガキで(ナナミクは自分のことを棚に上げていた)、幻滅だった。
それでイライラしていたせいか、こんな風に喧嘩してしまいついには迷子になってしまったのだった。
その時、ナナミクの後ろから歩み寄ってくる男がいた。
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