第28話「翠石峰家」
「どうすんだこの状況。通、助けてくれ。」
花成は通に連絡してしばらく返信が返ってこないので、どうしようか頭を抱えていた。
翠石峰家についてから、少しして、遺言状が読み上げられた。
内容に関しては誰も把握していなかったものの、遺産の分割に関するものが中心なのだろうと予想していた。
先日亡くなったばかりの翠石峰家当主、翠石峰 成康はとにかく金にがめつい人間だった。
日本でも有数の資産家ではあったが、愛人であり、花成という子供をつくった女性にも最低限の養育費を与えるのみのケチな人間であり、とにかく好きなものは金だという金の亡者としか言えないような人間だった。
遊び人のような気質でありながらも意外にも成康の愛人と呼べるのは花成の母親であった女性ただ一人だけだった。
そんな愛人であった母の扱いこそひどいものだったが、花成のことはちゃんと自分の子供だという最低限の認識はあるらしく、半強制的にだが、花成だけは家に遊びにこさせていた。
しかし、それが逆に成康の妻・安子には耐えがたかったらしく花成は毎回、安子にいじめられて泣いていたが、腹違いの姉である八美は花成のことを気にかけてくれていた。
ただ、それも長くは続かなかった。花成が中学生になるとき、母が亡くなった。
過労によるものだった。
養育費が少ないというのもあったが、どちらかというと子供を一人で育てる辛さを仕事で紛らわすような働き方をしていたのが良くなかったのだろう。
あっという間に衰弱し、亡くなってしまった。
それから花成は母方の実家に引き取られ、八美と会うのも無くなっていった。
最後に会ったのはいつだろうか。
祖母が亡くなった時だっただろうか。
安子に似て、冷たい印象の女性に変わってしまっていた。
久しぶりに花成から話しかけた時、そっけない態度をされ、
頼りにしていた姉を失ったのだと花成は思った。
そんなこんなで翠石峰家と疎遠になっていたところに康成の死が告げられたのだった。
康成もなんだかんだ高齢だったため、正直、急病による死は周囲の予想の範疇だった。
だが、先ほど全員がいるところで読み上げられた遺言状は衝撃的な内容だった。
康成の正妻である安子は花成に1円たりとも遺産をやるつもりはなかったが、康成が意外と花成を気にしているのを知っていたので、多少は遺産が流れてしまうのはしょうがないと身構えていたのだった。
まさか、遺言状に安子のことは触れられず、花成と八美が結婚し、花成が婿に入ったら全財産を2人に相続させる、そうでなければ全財産を寄付するなどと書いてあるなど予想できなかった。
「あ・・・ああ・・・!」
短い遺言状が読み上げられた瞬間、安子は腰が抜けて床に倒れおちてしまった。
「お、お母さま!大丈夫ですか!ちょ、ちょっとドクター!」
倒れた母を抱き起そうと八美が駆け寄ったが、安子には何も聞こえていなかった。
まさか、手塩にかけた一人娘と遺産をあの憎き愛人の子供に取られるなどと誰が予想できただろうか。
「あのタヌキジジイ・・・!」
思わず安子の口から康成に対する不満が漏れだした。
「えっ。お母さま今何と?」
「あ、いえ。そ、それより八美はどうなの?」
「何がですか?」
「き、決まってるじゃないの!ほら、花成君との結婚のことよ。」
安子はしたたかな女だった。
康成に花成の母のような虫が付かないように裏で手を回し、康成本人ほどの執念はなかったものの資産も守ってきただけあってすぐに金のことに頭が回った。
花成に八美も遺産も取られるのは癪だが、否、絶対に許すまじだが、すぐに離婚させてしまえばいい話だった。
そうすれば、八美の結婚歴に傷はつくが、財産は守られる。
寄付なんてまっぴらごめんだった。
「け、結婚!?か、花成と・・・私が・・・!」
八美は顔を赤くしてドギマギしている。
それを見て安子はすぐにピンと来た。
康成が知っていたはずはないが、おそらく八美は花成のことが好きなのだろう。
いつからかは分からないが、しばらく会っていない間、好青年になっていた花成に話しかけられて思春期真っただ中の八美がツンケンしていたのを見たことがある。
これは勝機があるかもしれない。
花成にその気があれば安子の計画もいけるのではないか。
「花成君はどうかな~?八美もまんざらでもないし、この機会に結婚というのも。」
花成君などと今まで言ったこともなかったが、安子は瞬時に状況を判断し、花成にすり寄った。
「僕ですか?・・・嫌です。・・・す、好きな人がいるので。」
それに何より翠石峰家に婿入りなんて絶対に嫌だと花成は思った。
「す、好きな人!?」
なんて、子供っぽい理由だと安子は憤った。
今まで花成に対して冷たく当たってきた自分を恨めしく思うとともに思い通りにならない花成に対してのイラつきが半端なかった。
というより、そもそも八美と花成では法律上結婚はできない。
つまりは、最初から遺産を相続させるつもりなどないのだ。
ちなみに八美は八美で花成の好きな人がいる発言に大きなショックを受けていた。
そんな阿鼻叫喚の中、一旦、それぞれが心を落ち着けようということで各々の自室に戻ってきていたのだ。
「はぁ・・・なんでこんな条件を・・・。」
相変わらず何を考えているか分からないクソ親父だと花成はため息をついた。
母もこうやって父に振り回されてしまったのだろう。
死んでからも人を振り回すとは、自分の中に同じ性質が備わっていないことを願うばかりだった。
時刻は既に夕方になり、夕食の時間が迫ってきていた。
花成は再び、通に今の状況を伝えて助けを求めたが、なおも返事は返ってこず、電話も着信しなかった。
困り果てる花成をよそに、安子と八美はそれぞれの思惑で動こうとしていた。
安子は何とかして遺言状を破棄する方法を顧問弁護士に相談していた。
一方、八美は大量のセクシー下着の前で全裸で考え込んでいた。
「好きな人が他にいるですって・・・?簡単よ。花成はオトナになってからのあたくしを知らないのですから・・・。」
自分で言うのもなんだが、八美は自分のスタイルにめちゃくちゃ自信があった。
すらっとした白い手足と、豊満な胸と尻、きゅっとしまったウェストはそんじょそこらのグラビアアイドルでも勝てないレベルだった。
ビーチで水着を着ようものなら求婚する男が後を絶たないため夏は必ず翠石峰家のプライベートビーチで過ごすしかないほどだった。
残念なことに殿方と付き合ったこともなく、そういった経験は皆無だったが、花成ならイケると謎の自信がみなぎっていた。
「待ってなさい。花成。必ず、アナタを落としてあげるわ・・・。」
「ん?なんだ、なにか聞こえたような・・・。」
花成は自室でなぜか身震いした。
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