第30話「自分の居場所」
次の日、花成は八美、安子、そして安子が指定した弁護士と対峙していた。
相続の話を本格的にするためだった。
いつも通り、八美の母・安子が口火を開いた。
「さて、花成さん。早速、遺産のことだけれども・・・」
「安子さん。待ってください。」
「な・・・なに・・・?」
安子は驚いた。これまで花成は安子におびえ、言葉を遮ることなど無かったからだ。
「改めて条件を確認すると、俺と八美姉さんが結婚したら全財産を2人に相続させる、結婚しなければ指定の慈善団体に寄付するという話でしたよね。」
「え・・・ええ・・・。」
キリっとした花成の口調と姿に安子は気おされていた。
花成のことを子供だと侮っていたが、いつの間にか大人になっているのに安子はこの瞬間まで気づいていなかったのだ。
「では八美姉さんの気持ちを確かめさせてください。いくら条件があろうと、今の時代、親の定めだけで結婚などありえません。ましてや、母の違う姉弟同士など。」
「・・・・・・。」
安子は八美の顔を見た。
八美はうつむき加減で何を考えているのか表情からは読み取れなかった。
花成も八美の顔を見た。
少しの間があり、八美は前を向いた。
「私は・・・私は、分からない。」
八美はおそらく自分が花成のことを好きになりかけていることをきづいていた。
しかし、それは大人になって立派になった花成に魅力を感じているだけで本当にそれが異性に対する気持ちなのか分からなかった。
まして、結婚などという話はもってのほかだ。
大学生と高校生ということもあり、結婚はまだ早い気もしていた。
八美の言葉に、花成は決意したことが間違っていないと確信した。
「安子さん。聞きましたか。俺も八美姉さんと同じ気持ちです。久々に会って、姉さんは、いや、八美さんはとても魅力的な女性になっていると感じました。」
まっすぐな瞳と言葉でそう言われ、八美はかぁぁと顔を赤くして俯いた。
好きになってしまいそうだった。
「な、なら・・・」
安子は正気を取り戻しかけていた。
なんとしても二人を結婚させて財産を相続させなければならない。
このまま、全財産を寄付などされてしまったら破産してしまう。
「いえ、でも俺は八美さんと結婚しません。」
「そんな・・・!」
終わったと安子は思った。
「でも、安心してください。お世話になった二人を破産させるわけにはいきません。」
子供の頃、いじめられても、安子は花成に全く優しくしなかったわけではなかった。
もともと、安子は人並みの優しさは持ち合わせていたが感情的になってしまっていたのだ。
「それなら・・・どうするつもり?」
八美は顔を上げて今度は真面目な顔で聞いた。
「こんなのはどうでしょう?遺言状にはいつまでに結婚すべきとは書いてませんよね?俺と八美さんが将来結婚する可能性があるうちは安子さんに財産を持っていていただくのは。」
それは単に相続期限を引き延ばすための策と思えた。
しかし、花成と八美が結婚する可能性がある、などいくらでも解釈可能で、例えば二人が他の人と結婚したとしても、そこを離婚してまだ二人が結婚する可能性などいくらでもあった。
つまり、花成は実質的に安子、ゆくゆくは娘である八美に相続を継がせるつもりなのだった。
それに気づき、弁護士はフッと笑った。
「それではその条件でよろしいですか?皆様。」
今回、挨拶意外初めて口を開いた弁護士の言葉に安子も意味を理解し、ただうなづいた。
花成は見た目や話し方だけでなく、内面も十分大人になったと実感し、自分のこれまでの行いを恥じて静かに涙を流した。
なお、彼らは今知る由もないが、十数年後に、花成が高感度コミュニケーション型自律式アンドロイド研究や関連した会社を興すときに安子と八美が資金面のバックアップを行ったのはこの時の御礼の意味があったのだった。
その場は花成の機転もあり、平和な契約で終わった。
しかし、その時、パリン!と音をたてて窓ガラスを割り、何かが部屋に転がり込んできた。
それは・・・
「ニレイ!?」
そう、窓ガラスを破って入ってきたのは制服姿のニレイだった。
そして、後ろからぞろぞろと通、三繰、ライサ、ナナミク、キュウカ、つまり事情を知った全員来ていた。
「お、お前ら・・なんで・・・。てか三繰先輩も・・」
「・・・花成。あなたを取り戻しにきました。」
そう言うと、ニレイは軽々と花成を肩に担ぐと「それでは。失礼します。」と八美たちに告げ走り出そうとした。
「あっ、もう行くの!?」
三繰はあわててそれを追っかけた。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」
ナナミクも慌てて走った。ちなみにアンドロイドながら体の構造は幼女型のため足は一番遅い。
「あはは!誰が一番はやく走れるかだね!」
キュウカはニレイよりも足が速いため、花成を担ぐニレイを追い越した。
「お、おい・・・!お前ら足早くねーか・・・?あ、八美さんチッス!」
通は八美に一回だけ会ったことがあった。それにしても美人な姉さまになったことだと感心していた。
「あ、ちょ・・・!あ、アタシ負けませんから!」
ライサはここ最近、ほかのライバルが増えている中で幼馴染としての威厳を見せようとしていたが、なにしろ八美は花成が生まれた時から一緒にいたのである。本来、早さ勝負なら勝てるはずなかった。
そんなバタバタを見送った八美は少しの間あっけにとられていたが、やがて笑い出した。
「花成・・・いっぱい友達できたのね。良かったね。」
にっこりと笑う八美は姉の姿に戻っていた。
引っ込み思案な花成は頼もしい大人の男になり、友達も多くできていて、これからは心配することもないのだと思うと少し寂しかったが、純粋にそれは嬉しいことだと思った。
車並みのスピードで走るニレイに担がれながら花成は八美のいる方向に手を振った。
「またね、姉さん。」
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