第29話「花成の決意」

夕食の時間も迫ってきたころ、




コンコンと花成の部屋の扉をたたく音が聞こえた。








「はーい。・・・八美姉さん。」




「・・・花成。あなた夕食の前にお風呂に入られたら?」




なぜかハァハァと息を荒げた八美が上目遣いで言った。








そういえば、いつ自分は八美の背を追い越したのだろう。




「え、でももうすぐ夕食だし、その後でも・・・。」




「駄目よ!先に食べるものがあるでしょ・・・?」




渋る花成の言葉を八美が食い気味に遮った。








「は?ど、どういう意味・・・?」




「良いから!先にお風呂行ってきなさいよ!あたくしの家のお風呂に入れないとでも言うの!?」




「わ、分かったよ・・・。」




八美の勢いに押され、花成はしぶしぶ風呂場へ向かった。




ちらりと八美の服からセクシーな下着が見えてドギマギした。












「言ったわね・・・。」




風呂場へと向かう花成を後ろから見ながら、八美はにやりと妖しく笑った。












「ふぅ・・・なんなんだ八美姉さん・・・。それにしても相変わらず広い風呂場だ。」




服を脱いで花成はシャワーを浴びていた。












翠石峰家の風呂は大浴場と言って差し支えないほど巨大だった。




大理石で作られた古代神殿のような内装の風呂には有名温泉地の温泉がひかれてきていた。








この家に来るといつも花成は一人で入ることになるので、なんだか大きい風呂場にポツンと自分が本当に小さな存在なのだと思わされるのだった。








「そういえば、昔、八美姉さんと一緒にお風呂に入ったっけ・・・」




チャポン、と湯船に浸かりながらそんなことを考えた。




いつからだろうか、八美姉さんとお風呂に入らなくなって一緒に遊ぶことも無くなったのは。








気づいたらなんとなく疎遠になってしまっていた。




「久しぶりに会ったら女性って感じだったな・・・。」




ぽやんと、八美の美しい体を思い浮かべ、花成はいけない、いけないと頭を振り回した。








いくら異母姉で、幼馴染のような存在とはいえ、姉弟は姉弟だった。








その時、ガラっと音がして、ヒタヒタと足音を立てながら誰かが入ってくるのが分かった。




大きな浴槽だからか風呂場は湯けむりで辺りが真っ白で視界が悪かった。








「あ、入ってます・・・」




「知ってるわ。わ、わたくしも入るわよ!」




「え、八美姉さん!?」




花成は浴槽から立ちかけたが、すぐに背を向けザバリと波を立てて浴槽に入りなおした。








「は、入るわよ。」




心なしか八美は緊張したような上ずった声になっている。




うっすらとしか見えなかったが、どうやらタオルしか巻いていないらしい。








「ど、どうして姉さんが!?」




花成の声は八美以上に上ずっていた。




後ろを向いているものの八美も浴槽に入ったのが分かった。




幸いにも浴槽は10人ほど入れるくらい大きいので二人の距離が近くなくてほっとした。








「そ、それは・・・。む、むかし一緒に入ってたでしょ!きょ、姉弟なんだから当たり前よ・・・」




そう言いながら八美はなぜか巨大な浴槽の中で花成に密着してきた。








ポヨン、とタオル越しに花成の背中に豊かな胸が当たるのが分かった。




「ど、どうしたんだ、姉さん・・・!」




「・・・・・・。女の子にそれを言わせるの・・・?」








花成はドキドキが止まらなかった。




八美のことを女性だと意識したことはなかった。








「ね、姉さん、体は洗ったの!?」




花成は自分で素っ頓狂なことを聞いている気がしていた。




「か、花成が入る前に入ったわよ・・・汚くないわよ。」




「そ、そっかゴメン。あはは・・・」




それなら、なぜもう一度風呂に入ったのだろうか。








それから何分経っただろうか、お互いに何も言わなかったが、ついに耐えられず花成は立ち上がった。








「ね、姉さん!おれのぼせちゃったみたいだから・・・も、もう戻るね!」




「きゃっ!」








しかし、急に立ち上がったからか八美は浴槽に尻もちをついた。




「うわ、大丈夫姉さん・・・」








八美を助けようと手を伸ばした時、花成は驚きのあまり目を見開いた。








タオルがはだけて、八美の前面がもろに見えたのだ。








「あ、ありがと・・・きゃぁ!」




八美は伸ばされた手につかまりつつ花成が自分の恥部を凝視しているのに気づきもう一度悲鳴を上げた。








「うわわ、ごめん、これはその・・・」




もごもご言いながら花成は八美を引き上げ、落ちていたタオルを押し付けるようにして渡すと慌てて風呂を出た。








「もう・・・」




八美は花成の後ろ姿を見ながらひとり口をとがらせた。












花成は慌てて着替えて髪の毛もビショビショのまま、自室に戻った。




まだ、胸がドクドクと言っている。




そういえば、いつの間にか八美も大学生なんだ・・・。




自分が思っている以上に時間が経っていることに驚きながら自分の気持ちをなんとか落ち着かせようとしていた。




しかし、同時に花成は決意した。




「よし・・・!」
















一方、花成が色々なものと戦っている頃、ニレイは一人お風呂に入っていた。




「花成・・・」




ニレイの頭の中は花成のことばかりだった。




なんだかモヤモヤするこの気持ちはセックスアンドロイドとしての初期プログラムの中には無いようでいまだに何かは分からなかった。








大事なものを忘れてしまっている気がする。








そういえば、この風呂も花成と出会った日に色々とあったっけ・・・などと思った。




偶然とはいえ、自分の胸に花成の手が押し付けられたことを思い出し、その時には無かった感情が思い浮かんで、ニレイは顔が火照るのを感じ、湯船の中に顔の下半分をつけた。








ブクブクと泡を出しながら、この恥ずかしさはやはり何か忘れてしまっている感情が原因なのだろうか。








風呂を出ると花成のいない一人だけのリビングが寂しく感じた。




部屋は狭いはずなのになぜか自分が世界に独りのようだった。








ニレイは鏡にうつった自分の裸体を眺めた。




スラッとした脚、キュッとしたくびれ、ハリのある大きな胸、白く透き通るような肌・・・どれも彼女がセックスアンドロイドのフラグシップモデルとして設計された時に決まった仕様だった。








全てではないが、ほとんどの男性が理想とするような体だったが、花成にはあまり効果が無いようだった。








だからこそ・・・手に入れたい。




そう思ったとき、自分の感情が混乱した。








何だろうかこの想いは・・・。




現代にタイムスリップした時に内部のプログラムに支障が出たせいで、本当は知ってるはずのこの想いの答えが見つからなかった。








その時、ブブブとバイブが鳴ってスマホが振動した。




自分の中にある感情に集中していたせいか、ニレイは珍しくびくっと驚いた。








通から電話が来ていた。




「はい・・・通・・・?」




「おー!ニレイちゃん。良かった。まだ起きてたんだね!あ、明日さ学校休みじゃん?それで級なんだけどさ・・・」




なんだか分からないがニレイはこの電話を待っていたように感じた。

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