第8話「シー・パラダイス」

花成とニレイは電車で片道1時間少しかかる海沿いの水族館に来ていた。


「ニレイの服も買わないとな・・・。」


出かける前に起こったのが、ニレイの服事件だった。




女性モノの服がなく水族館に出かける服装をどうするかという問題だった。


結果的に、昨日と同じく花成の大きめのTシャツと大きめの短パンになった。


幸いにもベルトをきつく締めれば着れなくも無かった。




2人がついた時はちょうど水族館の開館時間の11時だった。


初夏とはいえ、気温の変化は日々激しく、今日は昨日の夜の蒸し暑さが嘘のように涼やかで気持ちのいい風が吹いていた。




「それにしても、なんで俺と・・・未来の俺とニレイは水族館に来たんだ?」


水族館のチケット売り場に並びながら花成はニレイに聞いた。


朝から財布が見当たら無かったのだが、バッグの奥底に入っていた。


「うーん、そうですね・・・。そこがどうしても思い出せないのですが、2人で来たのは確かです。」


「なんだそれ、まさかデートでもあるまいし・・・」


そう言いかけて花成は黙った。




まさか、デートなのか?


そんな・・・57歳になった自分がセ・・・アンドロイドと疑似的にでもデートをしている姿は想像したくなかった。


それに今の俺の姿を誰かに見られでもしたら・・・。




「あれ?花成じゃん?」


ギク、と花成は身をこわばらせた。


ものすごく聞き馴染みのある声だった。


「ど・・・どなた・・・」


「おいおい!知らんぷりするなよ、お前の大親友・道とおる様だろ・・・ってあれ?そ、そちらの超絶爆発美少女ナイスビューティーは?」


急に声をかけてきたのは花成の親友である道だった。


「え、あ、ああ!この子は今、うちに遊びに来てる親戚の子で・・・!いやぁ、叔母さんが仕事中どこかに連れて行ってあげてってうるさくてさぁ!」


汗が大雨のように肌を滴り落ちた。




「おー、そうか・・・。それにしてもお前、こんな美少女が親戚でいたなんて、紹介してくれよぉ~!」


このこの、と道は花成の脇を軽く肘で小突いた。


「あ・・・あはは。実は親の仕事の関係で東欧だか北欧に移住してて、日本に一旦帰国してるというか。」


「たしかになぁ!すっごく肌が透き通ってて白くて、北国の子って感じだよなぁ。顔立ちもすごく整ってるし、まさかハーフ?」


「そ、そうそう。」


咄嗟に嘘をついてしまった。


「ねぇねぇ、お姉さん名前はなんて言うの?」


「私は君津 弐零といいます。ニレイと呼んでください。」


「おおー!北国らしくクールで良いね!え、年は!?」


ニレイ相変わらずの無表情な塩対応だったが、道はむしろ好印象にとったようだ。


「と、年は俺らとおんなじ。17の代!」


またしても適当な嘘だった。


XXX-002がどのくらいの年齢を想定して造られたかなど想像もつかなかった。


20歳を超えていると言われればそうも見えるし、大人びた高校生だと言われればそう見えなくも無かった。




「お、お前はどうして?」


花成は慌てて話を逸らした。


「どうしてって?みりゃわかんだろ!バイトだよバイト!」


「ああ、バイト。」


「いやぁ~可愛い水生生物と戯れられるし、時給も良かったんだけどなァ!


掃除とか雑用ばっかで、しかもカップルばっかだし、嫌になってきたよ・・・。俺の青春はまだ、先・・・。否、俺・ら・の青春はまだこれからだよなぁ!」


花成はグッと道に引き寄せられた。


「後でニレイちゃんの連絡先を教えろよ!俺・ら・、で青春しようぜ!」


「え、ああ、おお・・・。俺ら?」


「じゃ、行くな!バイトリーダーに怒られちまうから!」


そう言うと道はモップを持ったまま風のように去っていった。


「やれやれ・・・。」




花成はため息をついた。






「おお、すげえ!頭の上をシロクマが泳いでるぜ!」


すっかり先ほどの道との話を忘れ、花成は声をあげた。


昨日はニレイのことばかりだったが、花成も水族館は久しぶりだった。




対するニレイもいつもの無表情とは違って、ぽかんと口を開け、シロクマの悠然と泳ぐ姿を見ていた。


その姿を見て、花成もニヤッと笑った。




初めて無表情以外を見た気がする。


「どうだ!何か思い出したか?」


一番大きい水槽で巨大なサメやマンタなどを眺めながらニレイに聞いた。




「・・・まだ、何も。」


「・・・そっか。まぁ、そんな簡単に行くものじゃ、ないよな。」


分かっていたが、それでもこれが無駄足だったかと少し肩を落とした。


でも、とニレイは続けた。


「とっても、楽しいです。」


表情は変わっていないはずだが、花成にはニレイがかすかに笑ったように見えた。


「ま、そういう気持ちが湧いただけでも十分だな!」


にこっと笑いながら花成は頭を掻いた。




その姿を見た時、ニレイはとても強いデジャヴのようなものを感じた。


どこかで、見た。


同じ仕草、同じ柔らかな笑顔。


「花成・・・博士・・・。」


ニレイはつぶやいた。


「え?」


「・・・いえ、何でもありません。」


ニレイは誤魔化したが、それは確かに大切な記憶だと感じた。






帰り道、2人が乗る電車の車両にはあまり人が乗っておらず、近くの座席にはニレイと花成しか座ってなかった。




「残念だったけど楽しかったな~!水族館なんて本当に久しぶりだった。いつ以来だろ。小6の・・・夏休み以来か。」


小6の夏休み。


思えばあの頃からうちはおかしくなったんだ。そう思い、花成は少ししゅんとした。


「私、」


がたん、と少し大きく電車が揺れたあと、ニレイは口を開いた。


「私、花成ともっと一緒にいたいです。」


「え?俺と?」


「はい。私は未来で花成博士と一緒にいました。具体的な記憶や期間はまだ、あまり思い出せませんが、その事実は確かです。」


「・・・・・・。」


花成は色々な可能性を考え黙った。




未来の自分、つまり花成博士は本当にデートや性行為をするためにニレイと一緒にいたのだろうか。


セ・・・アンドロイドの第一人者である花成博士がそういったことをするのだろうか。


自らの体を使った実証実験なのか、それとも何か別の目的なのだろうか。


未来になれば分かることとはいえ、花成も何故かを知りたかった。




「ですから、私は、」


ニレイが話し続けているのを一瞬忘れていた。


「私は花成と学校に通おうと思います。」




「そうか・・・って、え?」


花成はマンガのような反応をしてしまった。


今、何と?


「学校に通う・・・?どうやって?」


「それは、策があります。」


「策って・・・。」


「私は私のことが知りたい。それに・・・」


じっ、とニレイは花成を見つめた。


その瞳は青く輝いていて、肌は白く透き通るようだった。


「私は花成のことをもっと知りたい。」




ガタン、とまた電車が揺れた。

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