第9話「転校生」

「あれ?」




目が覚めると、ニレイがいないことに気づいた。




机のうえに「花成。学校、いってらっしゃいませ。」との書き置きとまだ焼いていないパン、少し冷めたオムレツがあった。












今日は月曜日で、学校に行く日だ。




昨日、つまり日曜日は何事もなく、過ぎていった。








と、いうのも、日曜日はバイトで昼から夜にかけて出勤していたから午前中以外、ニレイと会うことも無かったのだ。




さらに昨日は何かを買いに行ったらしく、お金を少し貸してくれと言われた。








何に使うのかも月曜日からのお楽しみとのことで教えてもらえなかった。








「結局、何だったんだ。てかどこいったんだ。」




ふぁぁ、と花成は自分の席で大きなあくびをした。








「おう花成!なんかおつかれのようだなー!」




「ああ、道おはよう・・・」




ガッ、と道が花成の肩を掴んだ。




「まさか・・・お前、ニレイちゃんと昨日・・・ハッスルしちゃったんじゃないだろうな・・・!」




「バッ、ちげーよ!だいたい、俺は昨日バイトだったし・・・」




三繰の顔が浮かんだ。








「ああ、そうだよな~。お前はバイト先のあのコに夢中だもんな~。浮気してる余裕なんて、ないよなー!」




「えっ、お前、三繰先輩のこと知って・・・あっ、」




花成は道にカマをかけられたことに気づいた。




「ほうほう、三繰さんと言うのか。お前の好きなコは。それに、先輩だと~?年上のお姉さん好きかぁ?」




ニヤニヤと笑う道に答えることなく、ふん、と前を向いた。








「ほら、みんな座れ~!」




担任の前原が入ってきていつものようにパンパンと通信簿を叩く。




毎朝やっているその姿がシンバルをもった猿のおもちゃに似ているため”お猿のジョージ”というあだ名がついていた。








「さて、今日は一大ニュースだ。急きょ、転校生がこのクラスに来ることになった。」




ホームルームのはじめ、前原が切り出した。




「おー!」




クラスは盛り上がり、わいわいと賑やかになった。




冷めた子供の多い現代において、珍しくノリの良い雰囲気なのがこのクラスの、つまり2-Bの特徴だった。




「えー、どんなコかなぁ。男の子?女の子?」




女子が性格や容姿だけでなく、誕生日や星座などを当てにいき始める。




想像力逞しい女子・語川かたりがわが周りの女子と一緒に彼氏がいるかどうかに加えて、




この学校に来たのは彼氏に振られたから、と勝手に物語を始めている。




「俺、めっちゃ巨乳の背の高い女の子が良いなぁ!」




クラスで最も元気でボス格の男子の熊澤が手を胸にあて、おちゃらけてみせる。




ちなみに、男子の中では人気の熊澤だが、デリカシーがないので語川はじめ、クラスの女子には嫌われている。








「はいはい!落ち着け~紹介するぞ~!」




”お猿のジョージ”がパンパンと通信簿を叩いた。




テンションが高い生徒に反して、前原は常に冷静だった。








「入ってきなさーい。」




スクールカースト的にはどこにも属しているともいえ、どこにも属していないともいえる花成は机に肘をついて、




何の気なしにクラスの盛り上がりを蚊帳の外で見ていたが、転校生が入ってくるとズルッと机から落っこちそうになった。








「紹介するぞ~転校生の・・・えーと、」




「君津 ニレイです。よろしくお願いいたします。」




スラッとした長い足と透き通るような白い肌、そして高校生としてはかなり主張の強い胸部、




人形のように整った顔立ちはよく見知ったものだった。








「仲良くしてください。」




凛とした鈴のような声で、相変わらずほとんど無表情でニレイは挨拶すると、軽くお辞儀をした。




何の感情も読み取れない目とは違い、口元には即席で作ったようなほのかな笑みが咲いていた。








一方、わいわいと盛り上がっていたクラスはニレイが登場した瞬間シン・・・としていた。




男女関係なく、その完成された美しさに見惚みとれ、声が出なかったのだ。








時間が止まったようなクラスの中で花成はひとり、焦りに焦っていた。








「(き・・・聞いてない・・・!)」








「じゃあ、ニレイの席はそうだな・・・そこの空いている席だ。」




前原が指差したのは花成の隣の席だった。








その後、昼休みの時間になると途端にニレイの周りはにぎやかになり、すぐさまクラスの生徒たちによって取り囲まれた。




「ねぇねぇ、ニレイちゃんってどこの国のひと?」




「いつ日本に来たの?日本語ペラペラだね。」




「すごーい!めちゃくちゃスタイルいいね!運動とかしてる?」




「彼氏いるの?」




「どこに住んでるの?」




「付き合ってください!」




「好きな食べ物は?」




「etc...」








ニレイに浴びせられた質問は10分間の小休憩では収まりきらないくらいのボリュームだったが、




ひとつひとつ丁寧に、しかしほとんど無感情に答えていった。








窓際のニレイの席とは空間を挟んだ隣の席の花成は以前本屋でカッコつけて買った「アンドロイドは電気羊の夢を見るか」を読むフリをしながら、




耳をそばだてていたが、今の所、花成とニレイの関係性を示唆するような回答は出ていなかった。








花成はすこし安心すると突然トイレに行きたくなり、席を立った。




すると、




「あ、花成待って。」




質問の集中放火を浴びていたニレイが立ち上がり、教室を出ようとした花成を追っかけた。








またしても、クラスはシン・・・と静まりかえり、30人弱の視線はニレイと花成に注がれた。




「ばっ、お前・・・」




学校では他人のフリをする方針だと勝手に思っていた花成は動揺した。








「どうしました?花成。」




「ちょっ・・・」




花成は背中にクラスメイトの視線が突き刺さるのを感じながらニレイの制服を少し引っ張り、教室の外に連れ出した。








「ニレイ。何で俺の学校にいるんだよ!」




「え、転校したからですね。」




「そうじゃなくて!どうやって転校した・・・というか何で転校してきたんだ?」




花成は動揺で声が大きくなっていたが、周囲を見渡し、途中で小声になった。




昼休みの時間のため、他のクラスも廊下に出てきていて、噂の美少女高校生をひと目みようと何人かが意味もなく




廊下を横切ってニレイを盗み見して、すぐに自分のクラスにダッシュで戻り、転校生についての情報を拡散していた。












ニレイと花成が教室の外でコソコソ話している間、教室の中は2人についての推測でもちきりだった。




「えっ、2人って知り合いなの?」




「あの超絶世界一カワイイレベルの美少女転校生が?」




「あのクラス一番フツメンの平井姿 花成ヒライシ カナリと?」




「つか、あいつの名前、カナリって名前だったの?」




「かなり変わった名前だよねー・・・なんてな!」




「・・・・・・男子はだまってて。」




「はい・・・。」




「ずりぃーなー、なんであんなフツメンの花成が・・・」




「つか、オッパイでかくね?」




「お前はいつも胸しかみねーよなー」




「etc...」


男子も女子も花成とニレイの話で持ちきりだった。










「なぜ学校に来たのかと言われましたが、それは簡単です。花成と一緒に過ごせば、記憶が蘇る可能性があるからです。」




「だからって、学校に来ることないだろ・・・」




「ほとんど花成は学校にいますので・・・。もしくはバイト先で一緒に働けばよろしかったでしょうか?」




花成の脳裏に三繰との2人のたのしいバイトタイムが浮かんだ。




「いや、いやいや!それはダメだ!それだけはダメ!」




花成の突然の強い拒否に動揺したのか、一瞬ニレイは表情が変わったように見えた。




「そうですか・・・。」




「まぁ・・・ウン、分かった。ニレイが未来に帰るためだし、記憶を取り戻すためだしな。」




ウンウン、と花成は腕を組んで頷うなづいた。










美少女がいじめられるなんて展開、マンガではありがちだが、現実に圧倒的な美少女がいた場合、むしろその存在を何でもないものと認識しようとすることが多い。




むしろ男女から距離を置かれて女子からは女子会の時に「綺麗すぎる」と羨望の眼差しを受けるか「整形じゃない?」など無粋な予想をされる程度で


男子の間では修学旅行の際に好きな女子の話で必ずひとりは「実は・・・好き」などと面食いな奴がいたりするくらいだ。






現状、花成たちのクラスでも同じような現象が起きていた。








つまりは、”美少女すぎて何が起こっても逆に疑問を持たない”といった現象が起き始めていた。








しかし、花成に関しては”見た目も中身も交友関係から何から何に至るまでフツメン”だと思われているので周囲の関心は


主にそんな”絶対的美少女”に下の名前で親しく呼ばれる彼に集まることになったのだった。






ただ、そんなことは花成は知る由もないし、花成の家庭環境が特殊な環境であることは親友の道を除く他の学生が知る由もなかった。




いずれにせよ、花成は家だけでなく学校でも大変なことになることが予想されるのだった。

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