第7話「新しい朝のはじまり」
「ん・・・」
ぱち、と花成は目を覚ました。
床で寝ていたせいか、体中がぎしぎしと言いそうなくらい固まっている感覚があった。
半目を開け、薄らぼんやり見える光景には見慣れない後ろ姿があった。
どうやらニレイが台所で朝ごはんをつくってくれているようだ。
「そうか、いつもと違うんだ・・・。」
時刻は8時を過ぎていた。
今日は土曜日で、学校も無く、バイトもない日だったのでもう少しゆっくりしようと今一度目を閉じた。
「あれ?」
その前に何か見てはいけないものを見た気がしていた。
寝転がったままもう一度目を開けると、昨日見たニレイの姿とは違う違和感を感じた。
床に寝転がったまま上を見るように台所を見ているので視界が反対になっていたためかと思ったが違った。
「え?ん?あれ?」
昨日、俺の服を着せたよな。
しかし、今、花成の目の前には程よく筋肉がついた綺麗な背中とぷりんとした綺麗に引き締まったヒップが見えていた。
そして、その下には・・・。
花成は自分の顔やその他あちこちと全身の温度があがるのを感じた。
「あ、起きられましたか?花成。今日の朝ごはんははサンドイッチですよ。」
相変わらずほとんど無表情で無感情なニレイだったが、笑ったような顔を作った。
本当に笑ったのではなく、口の端を少し引き上げるくらいの簡易的な笑顔という感じだったが、昨日と同じく何事もないような感じだった。
違うのは彼女が全裸であるという点だった。
否、厳密に言えば彼女は裸にエプロンをしていた。
それは花成が叔母からもらったエプロンでちゃんとした質のものだったが、
どう見ても女性用のデザインで可愛すぎたため花成は1回叔母の前で使ったのみで、しまい込んでいたのだ。
花成自身でさえどこにしまったのかわからなくなってしまったそのエプロンをニレイは引っ張り出して、全裸の上に着用していた。
花成は飛び起きた。
「ニレイ!お前、その姿どうしたんだよ!服は・・・?」
「・・・ああ。これは裸エプロンといいます。」
「いや、裸エプロンくらい知ってるよ!」
「え?ご存知でしたか?」
「え、う、いや、その~・・・それより!」
花成はより顔を真赤にしてなるべくニレイの方を見ないようにしながら聞いた。
「男性は朝はこれをお望みだとプログラムに組み込まれていたのですが・・・。昨日さくじつ、花成はお疲れのようでしたので元気づけるべきと考えました。
裸エプロンはお嫌いでしたか?」
「・・・・・・。」
世の多くの男性の例に漏れず、花成も夢だった。
「とりあえず!服を着ろ!」
ベッドの上に綺麗に畳んであった花成の服を手に取りニレイの胸に押し付けた。
不意に服とエプロン越しに柔らかな感覚がありドキドキとした。
「かしこまりました。着替えますね。」
「うわうわ!俺に見えないように着替えてくれ!」
エプロンを急に外したニレイにあわてて後ろを向いた。
今日もまた疲れそうな1日になりそうだった。
「朝ごはんつくってくれてありがとう。」
「とんでもありません。」
花成は朝のゴタゴタを忘れるように普通に朝食を食べていた。
コーヒーは花成がちょうど好きな苦味のコクのある深入りローストだった。
サンドイッチも花成が休日いつもやっているように厚切りベーコンとたっぷりのレタス、ふわふわのスクランブルエッグが挟まっているものだった。
「俺の好みがよく分かったね。」
ズズ、と濃い茶色、ほとんど黒い色をしたコーヒーを花成はすすった。
「本当ですか!なんとなく、花成博士もこの淹れ方やサンドイッチが好きだったと思っていたので。はっきりと記憶していたわけではないのですが・・・。」
花成は色々なゴタゴタのせいで忘れていたが、本来の目的はニレイを未来に帰す手立てと、何故未来の自分が彼女を送り込んできたかを探ることだった。
今日こそは本来の目的を果たそう。
本当にニレイが未来の花成によって送られてきたのであればさして難しいことは無いはずだ。
何故なら、未来の自分とはいえ、思考は今の自分がベースになっていることは間違いないからだ。
「どうしたら君が未来に帰れるか考えたいんだけど、こういう場合何かきっかけが必要だと思うんだ。」
2人とも、朝ごはんを食べ終えたあと、テーブルに座って花成は切り出した。
ちなみに皿洗いは花成がやった。
食器を乾燥させるかごに立てられた皿たちからはまだポタポタと水滴が落ちている。
「きっかけ?」
ニレイは不思議そうに聞いた。
「そう。だいたい、アニメとかゲームとかで記憶を失ったキャラとか人とかいると
過去にあったのと同じことをしたり、同じ言葉をかけられて記憶を取り戻すとかがまぁ、その、ベタってやつだな。」
「なるほど。ベタ。」
「だから例えばそのうっすらとした記憶の中で、そうだな、例えば一緒に未来の俺とやったこととか会話とか、思い出せないか。」
「そうですね・・・。」
ニレイは下を向いて考え込んだ。
右手をあごにあて、考え込むその姿を見て、改めて美しい造形だなと感じた。
あまりにも美しくできすぎていて、まるで偽物のようだった。
いや、まぁ、本物の人間ではないのだが。
「何か思い出せそうです・・・。」
ふと、花成は思った。
ニレイはそのセ・・・アンドロイドなのだから、そのために未来の花成が使ったのではないだろうか。
つまり、彼女の本・来・の・役・割・のために・・・。
「あ、ちょっとまって・・・」
花成はあわてふためいた。
仮にそうだった場合、ニレイと花成がすることになるのはそ・う・い・う・こ・と・になってしまう。
心の準備ができてないし、何より自分には三繰という好きな人がいる。
三繰は高嶺の花で絶対に手が届くことはないが、それでも諦めているわけではなかった。
チャンスがあれば三繰へ告白も・・・。
そんなことを考えて花成が勝手に慌てている間にニレイは何か思い出したようだった。
「そういえば、」
「えっ、」
花成は自分の鼓動が早くなるのが分かった。
「お、思い出した・・・?まさか・・・」
「はい。2人でいきました。」
「えっ、はっ、イキました?」
「ええ。すごく楽しかったですし、知識や情報としては知っていましたが、実際にいってみないとわからないものですね。
やっぱり日常とは違う初めての世界でした。」
「実際に・・・イった・・・。」
自分では気づいていなかったが、花成は過去最高にアホ面をかましていた。
「その・・・イったっていうのは・・・」
「はい。行きました!水族館に。」
「んっ、えっ、すいぞくかん?」
花成はあやうく椅子から落ちそうになっていた。
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