第33話「ケーキ」
「花成かなりおっせーなー。」
通とおるはみんなに聞こえるようにわざと大きな声で言った。
あいつ、何してんだ。
既に三繰ミクリの送別パーティーは終盤に差し掛かっていた。
何故か、三繰との想い出が他の人より少ないはずのナナミクやキュウカが号泣して「大学に受かったらまた一緒に出かけようね。」と言っている。
ナナミクもいつもツンツンとしていて口が悪いが、実は結構いいヤツのようだ。
花成はちゃんと来るということを知らせるために通は大きな声で「まだかよ~」などと言っていたものの、不安になってきていた。
「か、花成心配だわ・・・幼馴染として・・・」
ライサはそうつぶやいた。
通は以前ライサが「幼馴染なんだから私が一番最初に花成に出会った。だから付き合うとしたら私。」と幼馴染アピールがすごかったが、最近、実の異母姉である八美の存在を知ってから静かになっていたと思っていた。
だが、花成が明確に八美のことを実の姉だと言うようになってからは自信を取り戻したようだ。
「花成はどこかへ向かったのではないですか?」
ニレイが心配そうに通に話しかけてきた。
他のアンドロイドと比べても高性能なコンピューターを搭載しているのか、ニレイは鋭い。
おそらく通と花成が何か計画していたのもお見通しなのだろう。
これ以上はこのカフェのオーナー老夫婦に迷惑がかかってしまう。
リミットは近づいていた。
「ああ・・・実は・・・」
観念して通が言いかけたその時、カラン、と音がしてドアが開き、花成が入ってきた。
服はずぶ濡れで、表情はとても暗い。
「どうしました!?花成・・・」
ニレイが急いで駆け寄る。
「お前・・・どうしたんだよ・・・」
通は言いかけてハッとした。
花成の手にはグシャグシャになったパティスリーの箱があった。
流石に中身が出ているということはないが、中のケーキの様子は容易に想像できた。
「・・・すまん。」
花成はそれだけ言った。
「花成君!どうしたの!?」
他の人と話していた三繰も心配して駆け寄ってきた。
「三繰先輩・・・俺・・・」
花成は辛そうな表情をして言いかけたが、ぐっと何かを呑み込み笑った。
「すんません。サプライズプレゼント用意してたのに、すべって転んじゃって・・・はは。
いやー、今日雨降るなんて予報あったかなぁ。」
花成はにっこりと笑ったが、それがあえて無理やり笑っていることはその場にいたほぼ全員が気づいた。
しかし、ただ一人、それに気づけないものがいた。
「どうしました花成?その笑顔は花成らしくないです。」
感情を理解するのがまだ難しいニレイは思ったことをそのまま口に出してしまった。
「そんなことないよ。」
「そんなことあります・・・だって・・・」
ニレイが花成の顔に手を伸ばすと、パンとその手を払った。
「関係ないだろ!!」
花成は少し目を潤ませて怒っていた。
ニレイの表情を見て、すぐに気がつくと「ごめん」と小さく言って喫茶店を出ていってしまった。
「花成!」
土砂降りの中、花成の後を追ってニレイも走っていった。
「花成君・・・」
三繰はただ呆然とそれを見ているだけしかできなかった。
こういう時、いつも周りの目を気にして何も行動できない自分が情けなく、悔しい気持ちだった。
「花成!」
ニレイは外へ出て叫んだ。
「・・・・・・!」
雨の中、花成はいくあてもなく走っていた。
その後ろをニレイが制服姿のまま走って追いかけていた。
「ほっといてくれって・・・近!」
走りながら花成は言いかけたが、既にすぐ後ろにニレイが迫っていた。
そう言えば、アンドロイドの脚力が人の常識を超えたレベルのものであることはキュウカの時に実感していたのだった。
そういえば、前に「私はチーター並みの速度で走ることもできます。電力を消費するのでしませんが。」なんて真面目な顔で言ってたなぁ、などと花成は目に雨が入るのを感じながら思った。
「どうしたんですか?」
走るスピードが弱まると、がし、と花成の肩を掴んでニレイは振り向かせた。
無論、アンドロイドの腕力をもってして、無理やりである。
「ニレイ・・・俺は・・・あっ」
花成はニレイの制服のシャツが透けて肌と下着が見えていることに気づき、慌てた。
白いYシャツが張り付いてエライことになっている。
「ま、まず、これ着ろよ!さ、寒いだろ。」
花成は着ていたブレザーを慌ててニレイに着せた。
「・・・・・・。」
正直な話、ニレイは耐水性能の高いアンドロイドなので多少濡れたとしても風邪をひいたり壊れてしまうことはないが、花成の優しさに胸のあたりがドキッとするのを感じた。
最近感じていたあの感情よりももっと深い何かのようだった。
それとも雨が入ってどこか壊れてしまったのだろうか。
ニレイはいまだに自分の気持ちに気づいてはいなかった。
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