第43話「ニレイの真実」

「私とニレイは・・・もうすぐ死ぬの。」


そう言ってイチハは月明かりを背に寂しく笑った。




「・・・・・・。」


花成は理解が追いつかず、少しの間黙っていた。




「・・・あれ、理解できないって感じだね。まぁ~、それもそうか。私自身もまだ理解できてないもん。でも感覚として分かるよ。だってさっきから思うようにカラダガ・・・ウゴ・・・カ・・・」


それまで流暢に話していたXXX-001イチハの声がカタコト、というよりも機械音声のようになってしまっていた。


会ったばかりではあるが、さっきから急に言葉に詰まるようになっていて、何かがおかしいと思っていた。




そのままゆっくりとイチハは床に倒れ込んだ。




「お、おい!待てよ!・・・イチハ!まだ俺は何もわかってないんだぞ!」


花成は急なことで泣きそうになった。


抱き上げたイチハはアンドロイドとは分からないくらい体がほっそりとしていて、柔らかかった。


「名前をヨンデクレテ・・・アリガトウ。はは・・・最後にダキシメアイタカッタ・・・のに・・・さっき頑張ったからもう体力ガナイナ・・・ア、ア・・・」


ニレイそっくりのこの少女の笑顔が段々とぎこちなくなっていることに気づき、花成は衝撃を受けた。


なんだこの感情は。




「ホラ・・・早く・・・行ってあげて・・・ニレイの・・・ところニ・・・」


イチハは最後の力を振り絞るように、抱き上げようとした花成の腕にしがみつくように言った。


「おい!説明しろったら!」


そう言いながらも目の前の少女が動きがどんどんゆっくりになっていくのを見て、もう自分にはどうすることもできないことを悟った。




「ワタシ・・・幸せだった・・・。カナリを・・・スキニナレテ・・・。ニレイニハ・・・マケチャウカモダケド・・・」


既にニレイにそっくりなイチハの声ではなく、機械そのままの音声になっていた。




「イチハ・・・」


現代の自分は知らないが、きっと何かしらの形で未来の自分にとってその名前もニレイやナナミクたちと同様に大切なものだったのだろう。




イチハは言葉にできないがひとつ想っていた。


さっき窓を無理やり開けたからか、私の寿命は急に来たらしい。


あーあ、同型とはいえ、私のほうがニレイよりもお姉さんなのに。


未来での花成への想いは負けないのに。




「バイバイ・・・カナ・・・リ・・・。」


絞り出すようにそれだけ言うとイチハの瞳から光が消え、完全に動きを停止した。


は知るはずのない、会ったばかりのイチハが命を失う姿になぜか花成は涙した。




正直な話、イチハはやはり未来の自分が知る存在で、未だに目の前で横たわっている少女は知らない存在だ。


今しがたあったばかりで彼女には何の感情も持ち合わせていないが、しかしそれでも涙があふれてくるのだった。


大切な存在を失ったという喪失感。それは・・・




「ニレイ。」


そう、ニレイが大切な存在であるという意識が、瓜二つの少女に直面したことで溢れてきたのだ。


自分が意識しないようにしていた想い。


ニレイのことが大事だ。


大事というよりも、もしかしたら、この感情は・・・。




「くそっ、ニレイ・・・今行く!・・・イチハ・・・後で絶対迎えに来てやるからな・・・!」


花成は裸のままのイチハを何とかコートやブレザーをかけて体を覆ってあげてから走りだした。






「ニレイ・・・!」


イチハを見届けてすぐに花成は自分のクラスの教室でニレイを見つけた。


ニレイは花成の席に突っ伏すように座っていた。




「花成・・・。」


ニレイは花成に気づき、顔を起こした。


いくら守衛がいない日だったとはいえ、よく先生たちに見つからなかったものだ。


きっとそこには偶然に次ぐ偶然があったのだろうが、花成には知る由もなかった。




「イチハと会ったよ・・・。詳しくは聞けなかったけど・・・」


花成はニレイに聞いてやろうと思っていたが、ニレイの姿を見て聞く必要などないと悟った。


今のニレイもさきほどイチハがこと切れる直前の儚い雰囲気を持っていたからだった。




暗い教室にまばゆい月明かりが差し込み、ニレイはまるで天使のように輝いていた。




「そうですカ・・・」


「お前・・・」


既にニレイの声も一部機械のような音声になりかけていた。


おそらくイチハと違って窓をこじ開けたりしなかったせいで体力を温存できていたのかもしれない。それとも・・・




「待っていました。花成。私、なぜだか分からないですが、突然、全部思い出しました。」


にこっとニレイは花成に笑いかけた。


出会って数か月。花成はニレイの笑顔をちゃんと見たのはほぼ初めてといっていいだろう。


もう省エネモードにする必要性も無いのだ。


花成は悟った。




「ニレイ・・・俺は・・・」


花成は涙があふれてきて詰まった。なぜだか罪悪感でいっぱいだった。


「花成泣かないで。私、思い出したんです。だから花成のせいじゃないことも知ってます。私は自分の意志でここにきたんです。家に帰るまでの体力はなかったから。


せめて花成と過ごした日々を思い出せる場所に・・・。」




「どうして・・・。俺は何も知らないんだ。きっとニレイが未来でそう望んだんだろ?でも、なんでなんだ。分からないけど命の危険を冒してまで過去に来たんじゃないのか。」


それを聞いてニレイはびっくりしたようすだった。


そんな姿も花成は初めて見た。




「流石、未来の天才アンドロイド博士ですね。そうです。あなたの親友であり未来で最高の天才科学者である通(とおる)が未来で開発したタイムマシンで私はやってきました。タイムマシンは寿命を縮めます。」


「と、通が!?タイムマシン!?」


そんな話は初めてだった。


通が偉大な科学者になるのか。ナナミクやキュウカなど他のアンドロイドたちは通のことをだいぶ邪険に扱っていたがそんなすごいことを成し遂げた男を過去とはいえ、あんな扱いがよくできたものだ。




「ええ。ですが、通の天才的な知能をもってしても完全なタイムマシンはつくれませんでした。タイムマシンを使えば人間はその負荷に耐え切れず廃人になってしまい、一般的な機械も壊れてしまうのです。」


「な、なんだと・・・」


「あ、安心してください。理論上は、の話です。今まで人で実験したことはないですよ。したい人がいても通が絶対に首を縦にはふらないでしょう。」


「そうだよな・・・。通はそういう人間だ。・・・なるほど、ということはニレイの記憶がなくなっていたのは・・・」


「ええ、おそらくタイムマシンによる影響です。セックスアンドロイドをはじめ、アンドロイド類は機械類の中でも人類の英知を結集した最高峰のものです。それでもやはり影響はあったようです。」


現代にタイムスリップしてきたニレイが記憶喪失になっていたのは、それ自体の影響だったのだ。




「でも他のアンドロイドはなぜ大丈夫なんだ?」


「そうですね。ですが、多少なりとも他のアンドロイドにも影響は出ています。私同様にアンドロイドとしての寿命にも影響が。とはいえ、私が記憶を無くしたりここまで影響があったのはおそらく不良が原因かと。」


「不良・・・。」


花成はつぶやいた。


心の隅でずっと考えていた。


なぜ、ニレイと他のセックスアンドロイドは記憶の損傷に違いがあるのか。


「私・・・XXX-002とXXX-001イチハは完全に同じ時に造られた同型です。ほぼ同時に生まれ、しかし、偶然にもほぼ同時に死ぬ運命を背負うことになりました。」


「・・・・・・。」


花成は神妙な面持ちで黙っていた。




それを花成は続きを聞きたいのだと理解したニレイは話をつづけた。


「時間がないので端的に話すと私は人間でいう心臓が悪いのです。他のアンドロイドよりも高度に設計されたはずが、それがもとで心臓にあたるバッテリーと脳にあたるメインコンピューターが完全に不良を起こしてしまうのです。」


「そんな、じゃあ生まれた瞬間から・・・」


「ええ。じわじわと死んでいる。ある意味、一番人間に近いアンドロイドなのかもしれません。もともと人間に一番近い最高峰のアンドロイドとして開発が始められたので、非常に皮肉的ですね。」


「皮肉・・・。」




「直そうとしても基本設計から間違っているので直せません。大富豪も驚くほどの最高級セックスアンドロイドとして設計された故に、代替パーツもほとんど無いのです。作ったメーカーはこれが原因で破産し、今は、そう、はもうないですね。」


ふふっ、と意地悪にニレイは笑った。




皮肉めいて笑う。


こんな笑い方までニレイはできたのか。


今まで無感情無表情でいかにもアンドロイド然としていると思っていたニレイが非常に人間的であったことに花成は今気づいた。




「最後の最後まで俺は本当のニレイを知らなかった。」


「・・・いいえ。花成。あなたは最後に私の本当の姿を知ってくれた。でも、今までの私も本当の私です。感情を表に出すことはできなかったけど、いつも楽しかった。ずっと心で笑っていました。」


「ニレイ・・・」


「あ、心で笑ったなんていうと悪口みたいですね。うーん、なんていうんだろう?」


冗談を言って、上を向いて考えるしぐさをするニレイも初めて見る光景だった。




「俺は嫌だ。ニレイがいなくなるなんて・・・」


「・・・・・・。私も嫌です。恋の競争で、三繰先輩にまだ勝ててないですから。」


またしてもニレイは意地悪に笑って見せた。




「三繰先輩のこと・・・なんで・・・」


「それは見てたら誰でも気づきますよ。気づかれてないと思ってるのは花成自身くらいのものです。」


「まっ、まじか・・・」


花成は冷や汗を垂らした。




「でも、私は勝つつもりでいましたよ。花成のことが好きですから。」


「勝つって・・・え?」


花成は言われたことが一瞬理解できなかった。




「過去にきて、過去の花成と会って私のこと好きにさせようとおもってました。そのために過去にきましたから。」


「そんな・・・う、嘘だろ?」


そう言いながら花成は自分の顔が赤くなっていることに気づいていた。


「ふふ、冗談ですよ。・・・いや、半分冗談、かな。あなたのことが本気で好きなのは本当です。好きにさせたかったのも。」


ニレイは寂しげな表情になった。


「ニレイ・・・」




「残りの半分はあなたのことをできるだけ多く知りたかったから。未来の花成博士としての花成だけじゃなくて、何の肩書も権限も、責任もない、花成を1回見てみたかったから。タイムマシンを使うことによって寿命を縮めても、その価値があると思ったかラ。」


「ニレイ・・・俺は・・・。」


「・・・・・・。」


ニレイは花成が何か決心して言おうとしていることを待っているようだった。


本当は言葉を待つ時間など自身にないことを分かっているのに。




「俺は・・・やっぱり三繰先輩が好きだ。」


花成はニレイの目を見てキッパリと断言した

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