第42話「XXX-001 イチハ」

「はぁ~疲れた~ただいま~。」


花成は家の玄関に倒れ込んだ。


「おぅ、花成じゃん。お帰り~」


ナナミクがポテチを口にしたまま玄関を覗き込んだ。


「・・・お前は妹か。馴染みすぎだろ。この家に。」


「ははっ、いーじゃん、いーじゃん。それよりニレイはまだ帰ってこんの?」


「え?ニレイなら体調崩して先に帰ったよ。」


花成がそう言った瞬間、ナナミクの顔が瞬時に曇った。




「まさか・・・。え、ニレイってどんな風だった!?」


血相を変えて声を荒げたナナミクに気づき、キュウカもかけてきた。


「ど、どうしたの?」


キュウカが心配そうに腕を抱えた。




「そうだよ、どうした?まだニレイは帰ってないのか・・・」


「それよりニレイはどんな風だったかって聞いてんの!」


花成はナナミクの形相にびっくりして思い出しながら答えた。


「えーと・・・」


そうして、先ほどバイト先であった出来事を花成は伝えた。




「・・・やっぱり・・・省エネモードでも限界が来たんだわ・・・!まさかニレイが来てからもう200日経って・・・」


花成の説明を聞いてナナミクはさらに深刻な顔つきになった。


「ナナミク・・・それってまさか・・・!」


キュウカもナナミクと同じく出会って初めて深刻な表情になっていた。




「お、おいおい、お前らどうしたって言うんだ?」


「・・・・・・。」


しかし、二人は何かを言いたげにただ、黙っているだけだった。




「と、とにかく!ニレイを今すぐ探すわよ!ほら、あんたは思いつくところを先に探してきて!」


ナナミクとキュウカは半裸だったが、すぐさま着替えを始めると花成を外に追い出した。




「なんなんだ・・・一体何だって言うんだ・・・。」


花成は不機嫌にそう言いながらもどこかで不安な気持ちがあふれてきているのを感じた。


予報にはなかったはずなのに、いつかの時のように嫌な雰囲気の雨がぽつぽつと降りだしていた。


いつも雨は急に降りだすのだ。




それから花成はナナミク、キュウカとスマホで連絡を取り合いながら別々にニレイを探した。


「くそっ、どこだ・・・!」


花成はニレイの行きそうなところを考えたが分からなかった。


夕方ごろ、体調不良になったニレイはバイトから早退することになった。


送っていこうか、病院にでも行くかと声をかけた花成をニレイは振り返り言った。


「大丈夫ですよ。」


そう、その時は気付いていなかったが、ニレイは少し笑っているように見えた。




なぜニレイを一人で帰してしまったのか。




未来から現代に来てこの方、記憶を失っていたことに加え、太陽光や食事での充電がうまくいかないと言ってニレイは感情をなるべく出さない省エネモードで過ごしていたのだ。


だが、なぜあの時だけ少し笑ってみせたのだろう。




そういえば、キュウカやナナミクはそんな心配もなく、充電も十分できて元気そうだった。


彼女たちも同世代のセックスアンドロイドのはずだが、何度本人たちに聞いてもニレイとの違いははぐらかされた。




リュートと名乗った男性セックスアンドロイドも感情を顕わにしていた。


なぜ、ただ一人、ニレイだけが無表情で過ごさないとならなかったのか。




未来でアンドロイド研究の第一人者となっているが、現代では何者でもないただの高校生である花成には分かりようがなかった。


心がざわざわと波打つのが分かる。


これが直感というやつか。




「どこだ・・・どこだ・・・」


バイト先から花成の家はそこまで遠くないはずだ。


何回も通っている道だし、迷うとも考えられない。




その時、ピンと来た。


花成はいつも学校帰りにバイトへ行っている。


なぜならバイト先と家との間にちょうど学校がある形だからだ。




「もしかして・・・!」


花成は足早に学校へと向かった。


なぜあの時、ニレイを一人で帰してしまったのだろう。


そんな思いを知っているかのように先ほど、急に降り出した雨はもっと強くなっていた。




学校につくともちろん、校門はしまっていた。


でもきっと、ニレイが通った頃は夜に近くなっていたとはいえ、夕方だった。普通に開いていたはずだ。




「確認してみるしかねぇ・・・!」


既に先生も帰っているはずで、丁度、今日は夜勤の守衛も偶然、体調不良で休んでいるはずだった。


基本は誰かが休んでも代わりがいるはずだが、丁度今日だけはいないのだと先生が話しているのをたまたま昼に花成は耳にしていた。




花成は校門に足をかけ、飛び越えた。




「くそっ、あとで怒られるかもな・・・!」


一応、成績は通(とおる)に次ぐ優等生として通っていた花成は毒づいたが、今はニレイのことで必死だった。


何もなければいい。


そう、思いながらも花成は胸騒ぎがしていた。




「とりあえずクラスかな・・・」


考えもなく校舎に侵入してしまったものの何のアテもなかった。


たまたま校舎の裏口にあるドアが壊されていた。


鍵がかかっていたのに思い切り強い力で引いたような痕跡があったが、今は気にする余裕もなかった。




誰が壊してしまったのか、冷静に考えれば不思議に思うところだったが、花成は今そんな余裕はなかった。




クラスの廊下に差し掛かったとき、目の前から声が聞こえた。




「私のかーなりっ!」


それは聞き覚えがあるような無いような声を発したあと、ドンッ!と花成の上に覆いかぶさってきた。




「ニ、ニレイか!?」


シルエットと声的にそのはずだったが何か違和感を感じた。


ムニュン、と手で何かをつかんだ。




「えーっ!ヒドイ!愛する私の顔も忘れちゃったの!?」


「え、ご、ゴメン・・・!い、いや誰だお前!」


花成の上にかぶさってきたのは色白な肌が月明かりに照らされて透き通るような光を放つ絶世の美少女だった。




「え~、本当に忘れちゃったの?このカ・ン・カ・クも?」


そういって妖艶に笑った美少女は髪の色や雰囲気こそ違うもののニレイに瓜二つだった。




「カンカク?・・・あっ」


「ンッ・・・花成ったら力強いんだからっ・・・!」


先ほど、花成がつかんだのは、否、わしづかみにしていたのは美少女の豊満な胸だった。




「わっ!ご、ごめん!」


パっ、とはなした花成の手を美少女はガシッと掴み、再び胸に押し当てた。




「いーんだよっ!私はぜーんぶ花成のものダカラ!」


そういって、美少女はにやにやと笑っている。


「バッ、だk、だから誰だってば!?」


花成は直視できず、目を逸らした。手もはなそうとしたものの、ガシッと成人男性以上の強靭な力につかまれ、はなすことができなかった。




さすが、人並以上の筋力をもつアンドロイドならではだ。


ということはまさか、先ほど見た校舎の窓を壊したのは・・・。




「フフッ!だからワ・タ・シだってば!・・・あ、そうかこの花成はだから知らないんだ。」


イチハはそう言いながら自分の手で花成の手を包み込むように握りしめて、ハリがありながら柔らかく弾力のある自分の胸を強制的にもませていた。


その感覚に花成はどうにかなってしまいそうだった。




「ん?てことはまさか、おまえは未来からきた・・・」


急に花成は冷静になって聞いた。


「そう!私は高感度コミュニケーション型アンドロイドXXX-001。イチハ!」


そう言って美少女は花成の手をはなして立ち上がった。




「てかお前全裸じゃねぇかー!」


「ふふ。花成、よく私のことを脱がせて喜んでたじゃない。もう忘れちゃっタ?」


「んなワケねぇだろ、何か理由があるはずだ。・・・あるはずだ。」


後半既に、イチハの美しい裸体を直視してしまい花成は自信がなかった。




「あ、イチハっていうのは花成博士がつけてくれた名前ね!設計不良で出荷もされなかった私が与えられた最初で最後の名前だよ。・・・アリガトネ。」


それまで元気だったイチハが急に寂しげな表情をした。

それに何か様子がおかしい。

言葉に詰まったような喋り方になってきたような・・・。




「いやいや俺が君の名前を!?・・・ん、待てよ設計不良って?出荷もされなかったってどういうことだ?」


花成は自分の鼓動が早くなるのを感じた。


ナナミクやキュウカはセックスアンドロイドとして出荷されてなんだかんだ本来の目的が果たせずに花成博士が面倒を見ることになったんじゃないか。


リュートだってナナミクたちの話を聞く限り、使に花成博士が直すことになったんだったじゃないか。




ニレイはが違うってことなのか。




「設計不良は設計不良ダヨ。私XXX-001とそして、同型のXXX-002。その2機こそ、人類史上最高のセックスアンドロイドとして設計され、ソシテ、出荷直前に設計そのものの壊滅的な不良が見つかった、”この世で一番不幸な機体”。」


それを聞いて、花成は理解できなかったが、感覚的に分かった。


そうだ、ニレイに感じてた違和感はこれなんじゃないか。




「ちょっと待て・・・。それってどういうことだ。壊滅的な不良ってなんなんだよ。」


「・・・そう。アナタにはもう少しちゃんと説明シタホウガいいかもネ。」


「・・・・・・。」


花成はイチハの口から次に来る言葉を待った。


それは最初から分かっているような気がしていた。


ただ、分からないフリをして目をそらしていたのだ。




「私とニレイは・・・もうすぐ死ぬの。」


そう言ってイチハは月明かりを背に寂しく笑った。

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