第16話「遊園地」
「見てみて!あれ、乗りたかったんだよね。アレキサンダーマウンテン!」
ライサは三繰の手を取ってはしゃいで飛び跳ねた。
「いいね!行こうよみんな!」
「あれはどのようなものなのですか?」
ニレイがトオルに聞いた。
「んー、まぁ乗ってみりゃ分かるよ。」
「おい、適当に答えんなよ。あれはジェットコースターっていって、めちゃくちゃ速いトロッコに乗って山を越え、谷を越え恐怖を植え付ける拷問器具だ。」
「花成こそ、適当じゃねーか。あ、てかお前もしかして・・・」
「・・・何だよ。」
「ジェットコースター苦手だな!」
「!」
図星だった。
小さいときに家族で遊園地に行った時に恐ろしい思いをして以来、ジェットコースターには一度も乗ったことは無かった。
「花成くんも行こう!」
三繰がライサとつないでいるのとは別の手を花成に差し出した。
「え・・・ああ・・・」
花成はいきなり差し出された三繰のすべすべとした柔らかな手を握った。
ジェットコースターへの苦手意識をもっていることはその瞬間忘れ去っていた。
「やれやれ・・・。」
トオルは首を振った。
さっきまでの花成のジェットコースターに対する恐怖はどうした。
恋は盲目というか、恋に対して盲目ではなく、恋のせいで盲目という感じだな。
「花成たちはああ言ってるけど、ニレイちゃんはどうする?」
後ろを振り返り、トオルもニレイに手を差し伸べる。
「・・・乗ってみたいです。」
ニレイはそう答えたが、視線は上にあるジェットコースターに注がれており、トオルの手には気づかなかった。
「そっか。じゃあ行こうか。」
トオルは出した手をさっと降ろした。
花成は三繰の手に集中していて気づかなかったが、トオルの表情がいつものおどけたものではなく、真面目な顔だということに気づいてなかった。
5人はパジャマパーティーをきっかけに2週に1回くらいで一緒に遊びに行くようになっていた。
そして、今日はライサの提案で、遊園地にきていた。
いつもは平日の学校終わりにバイト先の老夫婦の営むカフェでダベるのが中心なのだが、
ちょうど、花成も三繰も土日なのに珍しくバイトが休みでどこかへ行こうという話になったのだった。
おそらく、老夫婦がいつも土日のどちらか、もしくは両方に花成と三繰がほぼ必ずシフトが入っているのを申し訳無く思ったのだろう、
カフェも休みにして、二人に休日をくれたのだった。
「いやー、楽しかったね!アレキサンダーマウンテン!」
「うん、また時間あったら乗ろう!」
きゃいきゃいとはしゃいでいる女子とは対照的に男子陣はグロッキーだった。
「あれ、お前、やっぱりジェットコースター苦手なんじゃねぇか・・・。」
「お、お前こそ、平気なふう装ってたけど苦手だったんだな・・・。」
「うるせぇ・・・。」
トオルが軽く花成を小突いたがその力はいつもよりも弱々しかった。
ニレイは特に無表情のままで変わりがなかったが、結構気に入ったようで女子陣の中に加わっていつもより喋っていた。
「あのカーブがとても印象的でした。頭の中のコンピューターが揺らされる・・・あ、脳がゆれるというか。
あと、山の中にいた動物の模様が隠れニッキーになってて・・・」
ニッキーとはこの遊園地のマスコットキャラで、ニッキの良い香りをまとい、日記を毎日つけるモテ男がモチーフだ。
「そうなんだ!よく見えたね!もしかして視力2.0以上あるんじゃない??」
三繰がおどけてみせる。
「ええ、私の視力は望遠仕様になっていますから。2000倍までズーム可能です。」
「やだー、ニレイちゃん面白いこと言うよね!」
ライサは遠慮なくニレイの肩をバンバンと叩いた。
しかし、ニレイが至極真面目に話していることは二人には伝わっていなかった。
花成はいつかニレイが人間じゃないとバレないかヒヤヒヤものだった。
それから一行は遊園地の中心にそびえる、城型のお化け屋敷ホーンテッドキャッスルへと向かった。
「これは・・・どうする・・・!」
ライサはニレイと三繰を見た。
そう、ホーンテッドキャッスルは2人乗りのアトラクションだったのだった。
誰と誰がペアになるのか・・・。
無論、ライサは花成狙いだった。
「よし、ここはグッパーで決めよう!」
トオルの提案通り、グッパーで決まったのだったが、結果は花成&トオルペア、ライサとニレイペア、そして、残る三繰ひとりとなった。
「ウォイ!なんで、俺がお前と一緒なんだよ!最悪だ・・・!」
「仕方ねーだろ!俺だって嫌だよ!」
「あ、あの・・・」
花成とトオルが言い合っていると三繰が珍しくビクビクしながら手をあげた。
「ん?どうしたんだ。三繰先輩。」
「実は私、おばけとかすごく苦手で、ひ、ひとりとか無理・・・!」
「なるほど・・・」
トオルがにやりとすると花成の背中を強めに押した。
「おい、何すんだよ!」
「ほら、花成、お前が三繰ちゃんと一緒に乗れよ。」
「トオル・・・お前・・・。」
「はん。なんだよ。礼なんていいって。」
トオルが鼻の下をこする。
「お前、おばけ、苦手だったろ。一人でどうすんだ。」
ギク。とトオルが固まる。
「なら、ライサと乗ってあげてください。私は一人でも全く問題ありません。」
今まで黙っていたニレイが手をあげた。
「えっ、でも・・・」
トオルがそう言うとニレイがライサの肩を叩いた。
「先程からライサが震えています。ライサもこういったものが苦手なのでは?」
そう、ライサは先程から三繰以上に震えながら仏教徒でもないくせに南無阿弥陀仏を唱えていた。
「そうか、じゃあ俺が一緒にいてやるよ・・・本当はニレイちゃんと一緒が良かったけど。」
「なによ。私だって・・・」
と、ライサが花成を見て顔を赤らめた。
「やっぱり、それは無理!あんたで良いわよ。行きましょ。」
「はぁ、なんだそれ・・・!?」
やれやれと言いながらもトオルはライサの後ろを素直についていった。
結局はトオルも優しい男のため、ライサのことを放っておけなかったのだった。
その後、2人乗りのワゴンに乗り込んだ一行は並んで発車した。
一番前のワゴンに乗り込んだのは花成&三繰ペアだった。
「こ、こわひ・・・」
いつもは元気にハキハキと話す三繰がはわはわと怖がる姿は花成にとって新鮮で、
ずっと見ていたくなったがあまりにも怖がるので抱きしめて守りたくなるのを抑えるのが精一杯だった。
「大丈夫?」
「きゃあ!?」
心配しようと向いた瞬間、アトラクションのおばけが飛び出してきて、三繰は驚きのあまり花成に抱きついた。
ぽよん、と柔らかな感触が三繰の胸から花成の胸に伝わってきた。
「み・・・三繰・・・先輩・・・?」
「う・・・うう・・・」
三繰は自分が花成に抱きついているのも気づかずぷるぷると震えている。
ドキドキのあまり心臓が破裂しそうだった。
ちらりと見える三繰のハリのある太ももも花成の本能をぎゅっと誘惑しており、正直アトラクションの中身が頭に入ってこなかった。
「ぎゃーっ!」
「おい!暴れんなよ、落ちる・・・イテーッ!」
ちなみに三繰たちの後ろでは怖くて暴れるライサにトオルが思い切り蹴飛ばされていた。
その際、すかさずトオルはライサのパンツをチェックした。
「あ、ネコちゃん柄。」
「どさくさに紛れて何見てんのよ!」
「イテーッ!」
もう一度トオルは顔面を蹴り飛ばされた。
最後尾のニレイはアトラクションのおばけに微塵も微動だにせず、前方の人間達の姿を眺めていた。
ニレイは現在常に省電力モードでいるので感情が薄いように見えるが、仮に省電力モードでなかったとしても、実際に感情的な起伏というものはあまり持ち合わせていなかった。
それは彼女が他のアンドロイドと比べても特殊なのではないかという自覚があった。
「・・・この人達といると何だか不思議な感じ。面白い。」
ボソリとつぶやくニレイの無意識の声は誰にも届かず、ホーンテッドキャッスルの闇に吸い込まれていった。
ホーンテッドキャッスルのアトラクションも終盤に近づくと三繰もおちついてきて、平静を取り戻していった。
すると、三繰は自分がずっと花成に絡みつくようにしがみついているのに気づき、顔面を真っ赤にしてあたふたと距離をとった。
「ご・・・ごめんね・・・花成君。」
「い、いや、大丈夫・・・。」
むしろ嬉しい限りでした、とは言えず、花成も顔をそむけた。
その二人をライサは後ろからちょうど見られる位置になっており、ムスッとしていた。
「ま、まぁまぁ・・・」
トオルが慰めようとするとキッとライサは睨んだ。
「何?」
「え、いや・・・。」
トオルは顔を背けて苦笑いしたが、急に真面目な顔になりライサを見つめた。
「何よ・・・?」
「いや、好きな人がいるならちゃんと自分の気持ちを伝えないとだめだよ。手遅れになる前に。」
「え、
ライサは茶化そうとしたが、トオルの真剣な眼差しの先に自分ではなく何かを見ているのを感じ取って黙った。
一緒に遊んでいて感じていたが、トオルは時折、急に真面目な顔になることがあるのだった。
そういえば、トオルは好きな人がいるのだろうか。
「おまたせしました。面白かったですね。・・・あれ、皆さんどうしました?」
ニレイはアトラクションを出て一行と合流したが、明らかに気まずい空気がただよっていた。
4人それぞれが、それぞれのもやもやした感情を持っていた。
「あ、ニレイちゃん。お疲れ様。ごめんね、一人にしちゃって。」
三繰がかけよる。
「いえ、私は一人でも楽しかったので。皆さんは面白く無かったのですか?」
とは言っても、ニレイが面白さを感じていたのは4人の人間に対してだったが。
「え、いや、面白かったよ・・・。」
花成は三繰に抱きつかれていたせいでアトラクションどころではなかったとは言えず、苦笑いで誤魔化した。
花成を見つめるライサと対照的に、トオルは遠くを見つめていた。
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