第37話「花成博士」
花成博士は柔和な笑顔を持ちながら、目の奥に強い意志を感じるような男性だった。
「博士はアンドロイド研究の第一人者で、特にアンドロイドの怪我や病気に詳しいの。
”アンドロイドのお医者さん”って業界では呼ばれてる。」
ニレイはそう紹介した。
「まぁ、医者っていうのはただのあだ名みたいなもんだよ。怪我も病気も私が勝手にそう言ってるだけでね。実際にはハードウェア・ソフトウェアの故障なんだ。
でも私はセックスアンドロイドも人と同じような存在だと思っているからね。」
花成博士はコーヒーを一杯飲むとそう言った。
「ふうん。あんたが俺のことも治してくれるのか?」
リュートは以前どこかで花成博士のことを聞いたことがあったが、その時は大して気にも留めていなかった。
何かのニュースに出ていたような気がする。
持ち主にぞっこんで彼女のこと以外考えられなかったし、捨てられるなんて思っていなかったからだ。
「ああ。まずは傷を見せてね。あまりにも大きな怪我や病気だとこのこじんまりした研究室だと
本社の設備を使わないと難しいから。」
「本社?」
「そうだよ。私のいる会社さ。
「零三重工・・・。」
その名は聞いたことがあった。
世界でも有名なアンドロイドメーカーであり、主にアンドロイドの修理・製造を行っている。
特にその修理部門は間違いなく世界トップクラスの実力と噂され、自社メーカーですら直せないような重大な欠陥であっても修理してしまうという噂だ。
例えば、自社メーカーが販売後気づく構造上の欠陥や設計上の致命的な欠点ですら、正常な状態にしてしまうというのだから、世界中のメーカーからプログラムや設計、リコール対応まで花成博士のもとに来るという。
まさに、世界的なアンドロイドメーカーの先生とでもいうべきメーカーだ。
「とはいっても、ここは零三重工メディカルラボという子会社というか、私の個人的な研究所のようなものだ。
もともとは零三重工という会社になる前にやっていた仕事を改めて一人きりでやっているんだ。」
「なるほどな。修理業者からアンドロイドメーカーにのしあがったわけか。先生なんて呼ばれるようになって、良いご身分になったもんだな。」
リュートはすこし皮肉っぽく言ってみた。
捨てられたことで彼は人間のことを嫌いになっていた。
「ははは。これは手厳しいね。まぁ、でも、たしかに自分の意志とは関係なく会社も大きくなってしまった。」
「どういうことだ?お前は零三重工の社員というわけではないのか。」
「すごいでしょ!花成博士は零三重工の会長さんなんだよ!」
話の途中でニレイが割って入ってきた。
「会長・・・!?」
リュートは素で驚いてしまった。
目の前にいるこの冴えない中年男性が社員数何万人もいるという世界的アンドロイドメーカーの会長だと。
二人がグルで自分を騙しているのではないかと疑えてきた。
だが、たしかにこの部屋にある器具は見たこともない最新の機材に見えた。
「まぁ、会長なんて名ばかりの名誉職のようなものだ。
メディカルラボも自分の意志というよりも妻の遺言で設立したんだが、今は完全に私のライフワークだよ。」
「花成博士の奥さんは早くに亡くなったらしいんだけど、それから長い間、花成博士はここでセックスアンドロイドの研究をしているの。
私も数年一緒にいるけど本当にいい人だし、腕もいいから安心して!」
ニレイはそう言うとドンとリュートを押し倒し、診察台に固定した。
リュートは通常のアンドロイドの数倍も力があるはずだが動けなかった。
「お、おい・・・いきなり何すんだ!」
「すまないがじっとしていてくれ。”傷”を見るからね。」
花成博士は優しく言ったが、それが逆に恐怖をかきたてた。
「や・・・やめてくれぇー!!」
リュートは今までに発したことのない情けない声で叫んだ。
「どう?腕の調子は?」
「ああ。悪くない。」
ニレイの問いにリュートは腕をぐるぐると回し、静かに答えた。
あれから数日経った。
診断と手術の結果、リュートは無事に修理され、ほぼ新品のような状態に戻った。
花成博士が”医者”と呼ばれる理由がよくわかった。
アンドロイドなので腕をまるごと交換することもできるのに、やはり人間と同じく同じ腕が良いと思う彼らのために、腕の部品をなるべくそのまま使いながら”治して”いったのだ。
感覚的なものかもしれないが、丸ごと交換してしまうよりこっちのほうがしっくりくる。
「それにしても君はどうして壊れたまま雨の中になんかいたんだい?」
花成博士はとても不思議そうに聞いてきた。
リュートは驚いてニレイを見た。
ニレイは何も言わずにリュートを見つめかえした。
おそらくリュートが嫌がると思って言わなかったのだろう。
やはり、普通のセックスアンドロイドにはない何かがニレイにあると感じた。
これも花成博士の修理によるものなのだろうか。
「それは・・・」
リュートはニレイに伝えた時より、自分の気持を入れずに事実だけを伝えるようにつとめた。
「なるほど。それはひどいな。」
彼が話し終えると花成博士がため息をついた。
しばらくの沈黙があったのち、花成博士はリュートを見つめた。
「アンドロイドが開発されてからというもの、人類の進化は進んだと言われている。
性的目的のみならず、数々の職業や、人ができない仕事の代替が置き、人類はその恩恵を享受しているわけだ。
しかし、相対的に人類の地位が向上した代わりにアンドロイドたちは迫害を受けるケースが多い。
まるで奴隷のようにね。そんなのを目にしてしまうと実際には人類の進化は全く進んでいないし、むしろ後退したと思ってしまう。」
リュートは再び、自分の持ち主だった女性のことを思い出したが、性別に関係なく、同じようなことは日々起こっていることを知っていた。
自分が当事者になるまでは、そこから目をそらしていただけだったのだ。
「ここにはあなたと同じようなアンドロイド達がいるの。
彼女たちはセックスアンドロイドとして生まれたけど、持ち主に乱暴されそうになって逃げてきた子、メーカーからの懸賞品にされた挙げ句当選者には何の興味も持たれなかった子・・・。
あなたもその一人だと思って連れてきたの。嫌な思いさせていたら、ごめんなさい。」
ニレイは頭を下げた。
彼女もそんなうちの一人なのだろうか。
「良かったら君もここにいなさい。いつまでもいていいから。アンドロイドのために生きるのは、私の妻の願いでもあるんだ。」
花成博士はリュートの肩を優しくつかんだ。
「・・・亡くなった奥さんの?」
「花成博士の奥さんはもともとアンドロイドの権利を向上するための活動家だったのよ。政治家にまでなったんだから。」
ニレイがその大きな胸を張った。
「・・・なんでお前が偉そうなんだ?」
リュートはあきれて首を振った。
「確かに。」
それを見て花成博士は笑い、ニレイも笑った。
つられて、リュートも笑いがこみあげてきて、こんなふうに笑ったことなんて無かったと、次第に涙が出てきたのだった。
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