第36話「リュートの回想」
「ん・・・」
リュートこと、RYU-10アールワイオーテンは公園のベンチで目を覚ました。
季節もすっかり秋めいてきていて、暖かさと涼しさが混同し、人間にとっては過ごしやすい季節なのだろうと思った。
アンドロイドも人と同じく、このくらいの季節のほうが好きだった。
暑すぎても、寒すぎても内部に支障を来すし、カビが生えづらいため湿気の少ない季節が一番ありがたかった。
「おい、兄ちゃん。そんな若いのにホームレスか?何かめぐんでやろうか?」
「おう、そうだ。そこにハンバーガーのゴミ墜ちてたぞ。ほらよ。」
3人組の人相の悪い若者が完全に興味本位でベンチで寝ていたリュートに声をかけてきた。
1人がベンチの近くに墜ちていたハンバーガーショップのポイ捨てゴミをリュートのほうに放り投げた。
「おいおい、無視すんなよ?なぁ、食い物恵んでやったんだ。何か芸でもやってくれよ。
俺ら暇なんだわ。」
真っ昼間から公園で若い男三人組が暇してるのもどうかと思ったが、構う必要は無いとリュートは無視した。
「なんだぁ?ちょっとは反応したらどうだよ。冷てえやつだな。ロボットかよ。」
1人がリュートを小突いた。
「ああ?触んじゃねぇクソ野郎。」
さすがにイラッときてリュートは毒づいた
「チッ。なんだてめえその言い方。ったく、俺は昨日女にフラれてイライラしてんだよ!オラ!」
戦闘にいたガタイのいい男が軽くリュートを殴った。
「おっ、アニキやっちまえー!」
「アニキはなぁ、昔ボクシングやってたんだよ。これは利いたかー?」
「そうだ。アニキはボクシングやってて、力だけ強くて俊敏性が無かったから諦めたんだよ!分かるか?力だけはゴリラ並みに強いぜ?」
「見た目と合わさってゴリラそのものだろ?どうだ?こええか?」
「・・・おい、おめえらも殴ってやろうか?」
アニキと子分たちの愉快な会話には耳を貸さず、リュートは黙って立ち上がり殴り返した。
「ぐゔぉぁ」
変な音を立ててアニキは公園の端に吹き飛んでいった。
「え・・・」
「あ、アニキ!」
「お前らもぶっ飛ばされたいか?」
「ひぃぃ!バケモン!」
リュートがすごむと子分たちは腰が抜けそうになりながらどこかへ逃げてしまった。
「はぁ、どいつもこいつも男はバカばっかだな・・・。」
リュートは花成のことを思い出していたが、ふと、自分もニレイを追ってこんな数十年前の過去に戻ってくるなんて大馬鹿だなと思った。
そういえば、ニレイと初めて会った日もこんなふうに他の男と喧嘩していたときだった。
未来のあの日、リュートは人間ではなく他のアンドロイドと喧嘩していた。
とあるきっかけで他のアンドロイドと殴り合いになり、数台を壊した後、自分自身も深く傷ついて路地裏に座っていた。
その日はどしゃぶりの雨で、壊された右腕の隙間から水が入っていた。
アンドロイドは高い防水性能を誇るが、いくらなんでも壊れた一部から入る水はどうしようも無かった。
放っておくとおそらく錆びるななどと思い、うつむいたとき、頭上に振っていた雨が止んだ。
いや、正確には雨は相変わらずザーザー降りだった。
そう、リュートの頭上に一つの傘が差し出されたのだ。
「どうしました?大丈夫ですか?」
見上げたところには白く透き通るような肌と青く輝くような髪を持つ、ひとりの女性型アンドロイドがいた。
そう、リュートは大雨が降っていたあの日、XXX-002、つまりニレイと初めて会ったのだった。
「どうぞ。」
案内され、彼女の家だという小さなアパートで差し出されたタオルで言われるがまま、濡れた体を拭き取り礼を言った。
「ありがとう。」
「どういたしまして。」
ニレイはニコッ、と笑った。
それがアンドロイドとしてプログラムされた笑顔か、それとも心からの笑顔だったのかはリュートには分からなかったが
本当の笑顔のような暖かさを感じ取ったのは事実だった。
「あんなところで何をされていたんですか?」
「・・・・・・。」
それを答える前にリュートはためらった。
今、アンドロイドだろうと人間だろうと女性に対しての警戒感が非常に強かったためだ。
しかし、リュートはことの顛末てんまつを話すことに決めた。
なぜなら、確信はなかったが彼女に話せばきっと事態が好転するように思えたからだった。
「俺は・・・捨てられたんだ。」
「捨てられた?誰に?」
「俺の持ち主だよ。ほら、俺みたいなアンドロイドは持ち主がいるだろ?それで、飽きたからってポイって捨てられたんだ。
まるでモノみたいにな。
でも、俺は本当に俺の持ち主のことが好きだった。愛してたんだよ。恋人として。」
「・・・そっか。でも、それって持ち主さんにとって幸せなことだったんじゃないの?」
ニレイは悪気や恣意的なものは何もなく聞いているようだった。
直感めいたものだったが、リュートの話を何の偏見も無く聞いてくれそうだった。
「そうじゃなかったみたいだ。最初は、それこそ、体だけの関係だった。
文字通り俺はセックスアンドロイドで、持ち主も俺もただの行為だったんだよ。
でも不思議なことにそこに愛を感じるようになったんだ。俺の中にプログラミングされたものが彼女に愛を囁ささやくうち、それが本当になったんだ。」
リュートは男性型セックスアンドロイドとして造られ、とある女性専用のものになった。
そこで彼は人としての大事な感情を学んでしまったのだ。
しかし、それは持ち主の女性は望んでいないことだったようだ。
「・・・それで?」
ニレイは優しく話を促した。
彼の感情には何も意見を言わず、自分の主張をしようとはしなかった。
「それで、正式な交際を申し出た。いや、彼女にとってはロボットに交際を迫られたって感じなんだろうな。
まぁ、気持ち悪いよな。
でも、交際は断られて、気持ち悪がられて、他のセックスアンドロイドに命令して、俺を捕まえようとした。」
「・・・無理やり交際しようとしたの?」
「そんなわけない。俺は彼女のことが本当に好きだった。だから丁寧に交際を申し入れたつもりだった。
でも、結果的に俺は追われて追手として来た他の奴らを全員ぶっ潰して・・・でも俺も怪我を負ってこのままさ。
こんな理由で壊れてるんだ。正規のメーカーじゃ、治すどころか、危険なアンドロイドとして廃棄処分がオチだろうな。」
「・・・あなたは悪くない。だからといってその女性が断ったことは悪くないけど、あなたを捕まえようとするのはひどいと思う。
あなたはこれからどうするの?」
ニレイはことん、とお茶をおいた。
自分のことをニレイと名乗った彼女は最初に自分をセックスアンドロイドだと自己紹介した。
性的な意味ではないもてなしまで気が回るセックスアンドロイドなんて、リュートは聞いたことが無かった。
それは家事用アンドロイドの仕事だ。それらは家事に特化した結果ヒト型ではない。
もちろん、通常のもてなしを提供するアンドロイドもいるが、現在の技術では残念ながら決められた役割以上のことができるのはいないはずだった。
今の時代、アンドロイドとはAIを搭載した人そっくりのロボットを指すが、性的なサービスを提供するアンドロイドはまさにそれしかできないようになっているはずだった。
完全に人間と同じような思考や動きができるアンドロイドの完成はまだまだ先だった。
「さぁな。公園にでも行って寝るわ。どうせさっきの雨が中枢神経系にまで入り込んでる。錆びついて死ぬまでな。」
そもそも、セックスアンドロイドは1人で暮らすことは許されていないのだ。
どの政治家もうわべでは色々なことを述べているが、かつての性産業従事者の如く、社会的な信用がされていないのが事実だった。
「そっか。でも、せっかくこうして出会った人に死なれたくない。私、紹介したい人がいるの。」
ニレイにそう言われ、連れてかれた先で出会ったのは一人の初老の男性だった。
60代後半だというその男性は、その年齢に似合わず比較的若々しい雰囲気だった。
外見的な面のみならず、内面的な、何か使命感のようなものが彼をそうさせているように見えた。
「やぁ、君がリュートくんだね。」
男性はニコッと柔和な笑顔を見せた。
「・・・初めまして。」
少しむっつり気味でリュートは答えた。
人間なんて信用できるものか。
「初めまして。私は平井姿 花成ひらいし かなり。セックスアンドロイドの研究を行っている。」
その男性、花成博士はRYU-10にそう名乗った。
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