第14話 母と子
気持ちのはれない信康は母の居所を訪れた。母は岡崎城外の築山に住んでおり、岡崎では築山殿と呼ばれていた。
瀬名姫は、敵国だった今川家の身内なので岡崎では遠慮して暮らしていた。於大の方と違い彼女は、信康のためにできるだけ目立たない生活を送っていた。信康にとっては、築山は一番くつろげる場所であった。
信康は、お気に入りの近衆と盃をかたむけていた。信康は、酔いに充血した眼に皮肉な色をうかべていた。
「ご老体どもがわしに休みをくれたわ。ありがたく頂戴して酒を飲みおなごでも抱こうぞ」
一息に盃を干す。
「わしはあの分別顔の爺と違って若いのだ。わしが充実するころにはやつらはみな杖にすがって歩いておろう。その時はたっぷりこたびのお礼をさせてもらうぞ」
信康は盃を置き母に話した。
「わしはやつらに汗くさくむさいのでたまには着替えたらどうだと言ってやったわ。そしたらどういいかえしたと思う。やつらは若君は毎日そうして暮らしておられたのか、われわは食うものも着るものもなく、ただ大殿を一時も早くこのお城へお迎えしたいとそればかり思って生きとったと言いおったわ。わしは口には出さなかったがその目鼻も分からぬ真っ暗な顔を見ればそんなことは言わずとも分かる。その顔ではそれが相応の暮らしよと思ってつい笑ってしまったわ」
信康は、上機嫌で笑いとばした。彼は、いつまでも田舎くさい三河武士に嫌気をさしていた。三河武士は、忠義づらして影では何を考えているかわからない。彼は、その田舎武士が自分だけでなく母にも嫌がらせをしているのを侍女から聞いていた。
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