第28話 「オンナゴロシ」

今でもこの場所は「オンナゴロシ」といわれている。地名のようであるが、正規の地名ではなく地点といったほうがいいくらいの狭い範囲の場所である。太刀洗いの井戸もあり、女を殺してから村へ下って刀を洗ったという伝説が今も残っている。血腥いことの多い戦国時代でも、惨たらしい殺されかたである。

大名の正室が、身内の家臣に正式な作法を経ず辻斬りのような方法で殺害されるのは通常あり得ない。しかも、なんの関係もない自分たちの身内の侍女を口封じで殺す残忍な手口である。神君家康の御台所という日本で最高の高貴な女性の死にかたとしては、考えられないことだった。三河武士は、それを平然と行い家康に事後報告をした。築山殿と対面できると信じていた家康は、この報告を信じられなかった。あまりの衝撃に涙も出ず、叫びたいのを必死に我慢し築山殿を殺した下手人を処刑したかったがそれもできなかった。

家康は、堪えるしかなかった。しかも、築山殿と対面できなかったことで嫡男信康を助ける方法もなくなった。

家康は、最愛の息子を自分の手で処分しなければならなくなった。信康を切腹させるくらいなら、自分が代わってやりたいと本気で考えた。

しかし、いい代案は思い浮かばなかった。 

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