第5話 訴訟
信康は、机の上に山と積まれた訴訟を見て露骨に嫌な顔をした。
「わしは政務を嫌っているわけでない」
信康は、机の前に座ると左右にいる二人に言った。「そちらたちのやり方は、まわりくどく時間の無駄かと思う故申すのじゃ。今少し新しい視点と発想で考えてみよ」
信康は、不機嫌に口を尖らせたが康景は知らぬ顔で言った。
「若君、大殿のご時世をなんと心得られる。大殿のご時世を見倣わずして徳川家の棟梁はつとまりませぬ」
信康は、むっとしたように口をむすんだ。同じ口上を繰り返す康景への反発が顕れていた。清長はとりなすように言った。
「われわれは、ただ若君に徳川家の立派な当主になっていただきたいのでございます。大殿の側近くで仕えた者として自らを戒めているゆえで申しあげておるのです」
信康は分別くさい清長の顔をちらりと目をくれ、訴訟に目を通し始めた。彼はその二・三枚目の訴訟に目が止まった。
「この件はまだ片付いておらぬのか」
信康は、呆れたように言った。康景は信康に示された訴訟を覗き込むように見たが、合点して頷いた。「この者はなかなかうるさい男でございまして、こじらせてはなりませぬ。いい解決法を吟味しておりまする」
清長がそう答えると、信康は不快げな顔を示した。「なにを奇態なことを申すのじゃ。この件は書状、証文らを引き比べればこの者の非は明らかではないか。こんな訴訟に時間を浪費するのは無駄ではないか」「されどこの者は安城時代からの古い譜代の臣でございますれば」
康景がそういうと、信康はたまりかねたように言った。
「また安城時代の譜代か」
信康は、二人の顔を見て睨んだ。
「譜代の臣が大事なのは予も承知じゃ。なれどこの件は父が戦場でその場の雰囲気で言った恩賞の話で
書状も証拠もなにもないではないか。この訴えまでいちいち聞いてれば、がんじがらめになってわれわれが潰れるぞ」
家康は、感情が昂ると後先考えず口走る。
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