第6話 悪癖

家康には、そのような癖があった。家康のこの癖は、今、信康を苦しめていた。そもそも生死の境の場である戦場では、勝つために何んでもいうものだ。そう言われた清長は、困惑した様子で答えた。

「だからよい解決法を考えておるのでございます」「どうすればよいのじゃ」

「若様が直にこの大久保殿に会って諭してくださるようお願いいたします」

康景の言葉に、信康は頷いた。明後日岡崎の奉行所で、訴人の大久保彦左衛門が現れ下座に控えて待っていた。主座の左右に本田重次、天野康景が並んだ。

やがて信康が入室し、一同平伏するなか上座に座った。急に、信康の表情が不快げに歪んだ。下座の大久保に非礼があったわけではない。

-ひどい飢餓顔じゃ-

信康は、彦左衛門の目がくぼみ丸い目の頬骨が尖った獣じみた風貌に強い嫌悪感を覚えた。しかし、信康はその思いを殺して彦左衛門に諭すように話かけた。「お主の訴訟は今の我々の力では無理じゃ。じゃお主の気持ちは分かった。お主の働きは見事だし、これからも徳川のために尽くせば必ず何倍にして報いてやる。それは約束する」

「おそれながら私は大殿より先祖伝来の地である和田の地を保証し、かの地を横領している長沢松平から返してやると約束してくださいました。どうか大殿に確認してください」

信康は、この何度いい聞かせてもいうことをきかない大久保の主人への無礼に怒りがわき上がってきた。「そちの気持ちは分かったといっとろうが。わしにもできることとできないことがある。お主はこのわしを困らせてどうする。不届き千万じゃ」

信康は、いつしか彦左衛門を怒鳴りつけてしまっていた。彦左衛門は、驚いたように眼を見開いていた。康景と重次が、慌てたように腰を浮かした。

信康も怒鳴りつけるつもりでなかった。諄々と説き、最後に徳川の台所事情を話し、彦左衛門に分かってもらおうと三人でうちあわせしていた。

しかし、何度いってもわかってもらえない頑固な態度に短気な信康はつい大声をあげてしまった。さすがに信康は言い過ぎたと感じたが、もう後に引けなかった。

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