第7話 頑固な三河武士 

「この訴えは棄却する。じゃがいづれこの埋め合わせは必ずする。だからこれからも変わらず奉公せよ。わしはお主に期待しておる。いじょうじゃ、わかったらすみやかに退出せい」

彦左衛門は、しばしその場で魂が抜けたよう毅然と聞いていたが、やがて気がぬけたように立ってとぼとぼ退出していった。信康は、苦り切った顔をした。康景と重次は深いタメ息をつき、困惑と思案顔でお互いに見合せた。そんな二人を見て信康は上手くいかない苛立ちをつのらせた。そもそも家康は三河を十六年も留守していた。家康にとって三河武士は他人同然に近い間柄である。そんな三河武士を従わせ戦わせるには無理があった。

家康は三河武士の道理や利益の代弁者としての役割を果たずだけでなく、忠義をつなぎ止めるため空手形も乱発した。その空手形は少なくなく、実行不可能なものの多かった。しかし三河武士は長い下積みで頑固で融通がきかなくなっていて、自分の主張を曲げることは嫌になっていた。

苦労知らずの信康と頑固な三河武士が合うはずもかった。

両者の溝は、知らず知らずのうちに深くなっていった。彦左衛門は、この件を酒井忠次に相談した。忠次は、三河では徳川に次ぐ名門で相応の力を有していた。

「わしもこの訴えが難しいことは承知しておる。しかし和田の地は大久保にどって一族伝来の大事な土地じゃ。しかも横領している長沢松平は徳川家にとって不忠な家。あのよいなものが和田の地を支配していることがどうしても許せないのだ」

彦左衛門は、話しているうちに怒りがこみ上げたのか声を大きくしていった。

「なぜ若君は長沢に一言も文句を言わんのだ。わしは和田が帰ってくるのより長沢が許せないのだ。なぜ長沢怒りがこみ上げたのか声を大きくしていった。なぜ長沢が徳川で大きな顔をしてるのだ。あんなやつを付け上がらせてはいけんのだ」

忠次は、あまり彦左衛門を刺激してはいけないと考えた。

「若様はまだ若い、まだよくわかっていないのだ。わしが責任をもって若様を教育してそなたのどおりを説明する。しばし待ってくれ」

彦左衛門は、忠次に不満をぶちまけた。

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