第8話 三河武士

「いや、若様は我々のことを軽んじておいでじゃ。態度に出ておいでだった。やはり今川の血を引いてるだけあって今川と同じ匂いがしておられる。わしはこれからどうすればいいのじゃ」

彦左衛門の気持ちが沈みこんだ。

「そんなことはない。若様は徳川の立派な跡取りじゃ。それに若様は知恵がまわり。いずれ立派な大将になられるであろう。もう少しの辛坊じゃ。」

忠次は、彦左衛門を励ました。忠次は信康が優秀だと知っている。だからうわべの言葉でなく、本心から出た言葉で説得力はあった。

しかし、今川は分断して三河を統治していた。三河武士を結束させないよう三河武士を分断して対立させて統治した。つまり、新興豪族の石川家や新今川派の松平庶流を優遇する一方、古くからの土豪や松平譜代を冷遇した。冷遇された彼らは今でも今川を恨み、今川が残した体制を嫌い、今川のやり方や匂いまでも疑い疑心暗鬼になっていた。

「その知恵が曲者なのじゃ。我々がどんなに徳川のために尽くしたかお主も知っておろう。おぬしも申しあげるべきことはちゃんといわねば我々も黙っておらぬぞ」

忠次は、彦左衛門の気迫におされた。三河武士を上手くまとめるには信康ではまだ荷が重い。

「わしも三河武士のはしくれじゃ。おぬしの気持ちはわかっておる。任せておけ」

しかし、忠次は三河武士の頑固な態度に手をやく一方、自分にも出番がきたとニンマリと微笑んだ。三河は、大国の今川家とは事情を異にしていた。三河は、近隣を強国に囲まれており代々の当主だけでなくついている家臣も難儀した。家康の父広忠の時も大変だった。

広忠は、織田の策略によって岡崎を追われて伊勢に逃れてて駿河の今川に走った。その時古くからの譜代は、わざと広忠のお供せず三河に踏みとどまった。そのわけは、いつかは広忠を岡崎に迎え入れる下心があったからだった。

それを広忠に替わって岡崎城に入った松平内膳が察して「広忠を呼び入れぬという起請文七枚を八幡に奉れ」と譜代の臣にせまった。

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