第12話 怪しい気配
それから数日後の早朝、寝殿から大広間へ通ずる廊下に荒々しい足音が響いた。血相を変えた信康の背後に近衆たちが続く。信康の眼が、廊下の中央に立っている一人の男をとらえた。
「数正!」
信康は、うなり石川数正を睨んだ。しかし、数正は信康の手を離そうとしない。引きずるように奥の一室に押し込んだ数正が、戸を閉めるや信康は口をきった。
「お主はわしの後見であろう。これはどういうことか分からんのか」
数正は、黙って奥の円座をすすめた。
「西三河の旗頭であるお主がこの件を事前に知らぬはずはあるまい」
「いかにも存じておりました」
数正の落ちつきはらった態度に、信康は癇癪を破裂させた。
「知っておって何故そのまま黙認した。これは主君に対して反逆に等しい行為ではないか」
信康は、数正を問いつめた。しかし、数正はひるまず答えた。
「いい加減にめされよ。これは上意でございます」
数正は、顔色ひとつ変えずいい続けた。
「若君これは若君のためにございます。岡崎は魔の城でございまする。半分今川の血が流れている若君は今は辛坊なされませ。いずれは好機が必ず訪れまする」
信康は、目を剥いた。
「何を呑気なことを申すのじゃ。そんな悠長なことをしておる場合ではないぞ。武田が迫っておるというのに織田の養父も黙っておらぬぞ」
「若君、何故このような仕儀となったか、誰か仕掛けたものかとくと考えてから騒がれることじゃ。殿にはお分かりになられるはず」
数正は、軽く目礼して立ち上がった」
信康は、扇子を床に強くたたきつけた。そもそも三河武士は、嫉妬深く陰険である。それは家康が、天下統一を成し遂げた大阪の陣でもまだ健在であった。
大阪城落城の際、家康は最愛の孫娘、千姫を助けるために千姫を救出してものに千姫をやるとまで口走った。坂崎は死を賭して猛火の中に飛び込んで千姫を救出したという。
それにも関わらず千姫は、その時の火傷によって醜い容貌になった坂崎を嫌い、家康も約束を反古にした。
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