第36話 『継いで欲しい』
家康は、初心に戻り当初の予定通り五徳に徳川家を継ぐように遺言をしたためた。家康は切腹直前、岡崎時代の家族を思い出していた。岡崎時代は、徳川家の大変な時期で家族は支えあって生きていた。その状況の中で、幼い信康の側にはいつも五徳がいた。
彼女は美しくいつも信康は尻にしかれ、妹の亀姫の嫉妬をかっていた。そういう自分も賢い五徳のわがままを聞き入れ、妻の瀬名から甘さをたしなめられていた。
五徳は、幼い頃よりずっと信康の家族と共に生活して家族同然だった。しかも彼女は中心的存在で、家族を楽しませてくれる太陽のような存在だった。家康も五徳の柔軟な発想に大きな影響を受け、参考にするくらいだった。息子の信康も、大きく影響され五徳に教育された。
信康が信長かぶれになり、ひとかどの大将になったのも五徳のおかげだった。家康夫婦は、五徳に絶大な信頼をおいていた。五徳が、父信長に瀬名と信康を悪く書いた手紙を出したのもこれくらいて徳川家との家族の絆が断ち切れる訳がないと思っていたからだ。瀬名も殺される直前、信康だけでなく五徳の心配もしていた。
五徳が自分の出した手紙のせいでこうなったと後悔すると思った瀬名は、外聞も気にせず必死に逃げたのだろう。家康でさえも、自分が死ねば五徳が気にするだろうと思って遺言を残した。家康は、自分が不甲斐ないばかりに家族を死なせてしまった。自分の弱さゆえ自分が嫌になり死ぬことにしたと五徳に弁明した。
自分が死んで悲しむのは、家族の五徳と亀姫ぐらいだろう。
彼は、死ぬ間際に隠していた本心を書き残すことにした。
『徳川宗家は五徳に継いでほしい』
五徳は、相続を放棄するかもしれない。それでも家康は、書かずにはいられなかった。
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