第37話 ちゃぶ台返し

この家康の遺言は、大御所らしくなかった。家康は、死後の幕府の混乱の対処や今後の方針のことなど一切書いていなかった。死に際の約束が何の役にもたたないのは、太閤秀吉がはっきりと示している。

しかし人情としては、心配して何か書きおくのが普通であろう。だが、どこを探してもなにも書いていなかった。逆にこの遺言は、将軍の上に五徳を据えるようにいい残していた。

海外では、将軍の上は皇帝である。家康が皇帝に指名したのは信長の長女で、信長の血を一番濃く受け継いだ五徳である。五徳皇帝が誕生すれば幕府の体制も変わり、日本の進路も大きく変化するであろう。

このちゃぶ台返しに、幕閣は困惑した。

そしてちゃぶ台返しをくらわないように、後に幕府は締め付けを強めた。幕府に不利な思想は弾圧し、少しでも幕府を揺るがす可能性があるものは徹底的に排除した。皮肉にも家康の遺言によって、幕府はますます保守的となった。

徳川二百六十年は、こうして続くことになった。

それほど幕府は、五徳を恐れた。五徳は父信長、義父家康も特別の気配りをし、太閤秀吉も手が出せなかった戦国最強の女性である。信長、家康、秀吉と戦国を代表する三人の英雄が遠慮する女性が江戸城に入れば、将軍といえど対抗できない。

家康の嫡男の嫁という権威と家康の遺言という盾を示せば、幕府といえども手が出せなかった。幕府は五徳姫をどう扱うか協議したが、いい案は浮かばなかった。家康は、徳川宗家の嫡男は竹千代と命名し世継ぎにするよう遺言していた。

しかし二代将軍秀忠は、長松丸で信康が竹千代である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る