白き永遠(とわ)のヒカリ

最終話

 夜が訪れた公園をひとり歩く。

 灯りに照らされないよう気をつけながら。ぬいぐるみに思いを馳せながら歩いた夏。あれから色々なことがあった。


 クリスマスイヴ。

 私がここにいるのはあることを叶えるため。


「お姉さん」


 可愛らしい声が私を呼び止めた。

 振り向いて見えたのはひとりの女の子。

 美夜ちゃんだ。


「こんばんは、美夜ちゃん」


 声をかけると美夜ちゃんは嬉しそうに笑った。

 闇の中鮮やかな、黄色いジャケットとパステルピンクのセーター。

 透君はすぐに現れた。

 紺色のダッフルコート。私を見上げる顔は、初めて会った時よりも親しげに見える。


「お姉さん、僕達に会いに来たの?」

「うん、今夜はクリスマスでしょ? 美夜ちゃんの誕生日をお祝いに来たの」

「そっか、よかったね美夜ちゃん」


 ふたりは顔を見合わせ笑い合った。

 これからサンタクロースが現れて、ケーキが食べられると知ったら。ふたりはどんな顔をするだろう。





 クリスマスのパーティーがしたい。

 場所は公園。

 私がそう切りだしたのは食事中のこと。


 ——公園? どうして? 


 翔琉君の問いかけを前に心が痛んだ。

 過去に喰い殺した子供達、彼らのそばにいることの残酷さ。それは翔琉君にどれだけの翳りを呼ぶだろう。

 それでも叶えてあげたいと思った。

 美夜ちゃんがいだき続ける夢を。


 クリスマスイヴ、美夜ちゃんの誕生日。

 透君との約束を……果たしてあげたい。


 ——私が出会った子供達の亡霊。夢を叶えてあげたくて。


 翔琉君が黙り込み、訪れた沈黙の中。揚羽さんの手の上に現れた小さなサンタクロース。『サンタさんだ‼︎』と声を弾ませたのはココア。


 ——クリスマスの日、楽しそうな琉架のそばでワクワクしてた。ツリーの飾りつけ、ボクも手伝いたかったんだ。ねぇひかり、ボクは子供達と友達になれるかな? ケーキとご馳走、一緒に食べられるよね?


 ——ココアが先頭に立って盛り上げればいいか。僕達の最初のイベントはクリスマス。ひかり、他に希望は?


 ——螺子君がサンタクロース役で、揚羽さんはプレゼントを準備してほしいの。ケーキとご馳走も。


 ——亡霊が食べられるものを……か。僕はなんでも屋みたいだな。


 ——ごめんなさい。ケーキを食べるの美夜ちゃんの大事な夢だから。


 ——そんな顔をしないでくれ。いい土産を置いて僕は旅に出れるんだから。


 ——土産? 旅ってどういうこと?


 驚いた翔琉君と立ち上がった紗羅ちゃん。

 ふたりのこわばった顔と私達を包み込んだざわめき。旅に出ることを揚羽さんは誰にも言ってなかった。


 ——揚羽がいなくなったらどうするのさ。古井戸を彷徨く餓鬼達、食べるものがなくなるんだけど。


 ——出してもらえるお菓子、とっても美味しかったのに‼︎


 ——食べることに困ったら彼らは地獄に帰っていくさ。そうすれば古井戸のまわりを散策出来るようになる。みんなは知らないだろう? 古井戸のそばに咲く綺麗な花を。召使いさん? お菓子はほどほどがいいんだ。ほら、この頃頬っぺが丸く……これ以上は言わないでおくか。


『もうっ』と呟いた紗羅ちゃん。椅子に座った時の寂しそうな横顔。


 食事が進む中、紫音さんの逆鱗に触れることになった。理由は時雨さん達に声をかけるか話を持ちだしたこと。


 ——翔琉君、アンティークショップの人達に声をかけていい? パーティーとか好きそうだよね、黒神さん。


 ——三嶋さん、それは黒神夢衣のことですか?


 紫音さんが問いかけてきた。

 銀縁眼鏡をはずした顔、見えたのは冷ややかな目つき。


 ——まさか、呼ぼうとしてませんよね? 目玉だらけの化け物を。


 ——黒神さんは人形の姿だし怖くないですよ?


 ——どんな姿をしていようと、おぞましいものに変わりはありません。


 ——優しい方なんです。プレゼントを持ってきてくれるかもしれないし。


 ——僕の聞き違いでしょうか。化け物がプレゼントを持ってくるなどと。


 険しい顔つきと苛立たしげな声。

 重い空気に包まれる中、声を上げたのは莉亜さん。


 ——紫音に代わって私が謝るわ。紫音はこう見えて、幽霊や化け物が苦手なの。彼らを前に理性を保てる自信がないのよ。


『ククッ』と笑った揚羽さんの横で紫音さんは咳払い。思わぬ形で紫音さんの弱点を知ることになった。


 ——悪いけどひかり、紫音がいいと言うまでは呼べそうもないね。今回は僕達だけでいいかな? 


 ——うん、ありがとう翔琉君。





 アンティークショップの人達は呼べなかったけどみんなが公園に来てくれた。翔琉君が化け物だなんてふたりには言えない。それでも


「私と一緒に来てほしいの」

「何? 私達、公園からは出られないよ」

「大丈夫、ちょっと歩くだけだから」


 美夜ちゃんと手を繋いで歩く。

 私を見上げる顔に、子供の頃のはるかが重なった。


「私のほかに会えた? ふたりが見える誰か」

「ううん、でもお姉さんと話せるだけで楽しいよ。それにね」

「美夜ちゃん、僕に話させてよ。化け物が現れなくなったんだ。夜の公園を歩く人達、ちゃんと家に帰ってるんだよ」

「そうなんだ」

「美夜ちゃんが喜んでるし僕も嬉しいんだ。お姉さん、化け物はどこに行ったんだろうね」

「わからない……けど、ひとつだけはわかるの。化け物はもう、人を襲わないって」

「それ、女の勘ってやつ?」


 私を見上げ、透君が笑った。

 私達を包む闇と冷たい風、なのに温もりを感じるのはなぜだろう。亡霊になりながらも誰かの幸せを喜んでいる。それはふたりの想い合う心が紡ぎ続ける優しさ。


「ここに来てほしかったんだ。……揚羽さん」


 私の声に続いた指を鳴らす音。

 闇を照らす光の中みんながいる。

 テーブルの上に並ぶクリスマスケーキとご馳走。

 サンタクロースがプレゼントの上を舞う。黒い翼を羽ばたかせて。


「お姉さん、あの人達は」

「私の大事な人と、願いが呼び寄せた世界の住人達」

「そっか、みんな来てくれたんだ。美夜ちゃんの夢を叶えるために」

「透君との約束を果たしてほしかったの。美夜ちゃん、透君と一緒に」

「ケーキ……食べれるの?」


 美夜ちゃんの弾む声が闇に溶ける。

 私達を見てる翔琉君とテーブルの隅に座ってるココア。翔琉君の肩に触れた麻斗さんの手。ご馳走を皿に分け、飲み物をグラスに注ぐ紫音さんと紗羅ちゃん達。揚羽さんはどこにいるんだろう。


「私達の世界に来ない? ぬいぐるみの名前はココア。あの子ね、ふたりと友達になりたがってるの。ご主人様の翔琉君と執事の紫音さん。召使いのみんなもいい人だし、サンタクロースは天使の螺子君」

「お姉さんの大事な人は? 青いリボンの男の人?」

「そうだよ、彼は麻斗さん。どうかな? 私達と一緒に」


 顔を見合わせた美夜ちゃんと透君。少しの沈黙のあとうなづきあった。


「ありがとうお姉さん。私達の世界はここでいいんだ」

「どうして? 寂しくないの?」

「私達の大切な場所だから。お姉さんとあの人達が来てくれるなら……他には何もいらない」

「行こう美夜ちゃん。パーティーの始まりだ」


 ふたりが駆けだした時、白く冷たいものが空から降ってきた。

 気まずそうな翔琉君。その顔に笑みを呼び寄せたのは美夜ちゃんの明るい声だった。


 クリスマスイヴを彩る真っ白な雪。

 一瞬だけ見えた白く輝く女性ひとの影。


「鳴沙」


 揚羽さんの声が聞こえた気がした。

 姿は見えない……だけど今確かに。


「ひかりさん」


 麻斗さんが近づいてくる。

 艶やかな黒髪をなぞる雪。


「どうしました? みんなの所に」

「麻斗さん、揚羽さんは?」

「旅立ってしまったようです。指を鳴らしてすぐ、彼の姿は見えなくなった」


 突然現れて消えていく不思議な人。

 揚羽さんらしい旅立ち。だけどやっぱり言わせてほしかった。『ありがとう』って。


「麻斗さん、闇の世界も悪くないって思えてきたの。眩しいものも綺麗なものも鮮やかに見えて……もっと早く気づきたかったな」

「僕は素晴らしい世界だと思ってました。ずっと前から」


 麻斗さんの顔に浮かんだ穏やかな笑み。


「ひかりという名の……君がそばにいるから」


 何も出来ないと思ってた。

 何の価値もないって思ってた。


 だけど彼は、私に光を感じてくれた。



 春になったら家族に会いに行こう。

 私の死を受け入れた先に、見つけた幸せを感じることが出来るなら。




 闇の世界で出来ることを見つけていく。


 愛する人と一緒に。

 私を支えてくれる……仲間達と共に。











〈漆黒の残酷童話・完〉

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漆黒の残酷童話 月野璃子 @myu2568

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