第25話

「どうしたの? 紗羅落ち着いて」

「落ち着いてなんていられません‼︎ 翔琉様は何があってもみんなのご主人様なんですから‼︎ そうだよね、みんな‼︎」


 紗羅ちゃんの迫力にみんなが黙り込む。

 翔琉君がご主人様じゃなくなるかもしれない。それは、翔琉君のためにがんばってきた紗羅ちゃんにとっては大事件。黙っていられる訳がない。


「子供でもいいじゃないですか‼︎ みんな翔琉様のためにがんばっていたいんです、私は翔琉様のためなら火の中水の中……なんでもがんばれるんですから‼︎ ずっとご主人様でいてください。翔琉様の仕事はご主人様なんです、翔琉様のあだ名はご主人様‼︎ いいですね?」


 仕事って、あだ名って……紗羅ちゃんってば。


「他のみんなはどう? 紗羅の他に意見があれば聞きたいな」

「わわっ‼︎ 私も翔琉様がご主人様でなくなるのはここ、困りますっ。どどっどうして困るのかわからな……もがっ‼︎」


 紗羅ちゃんに口を塞がれ、ジタバタと暴れだしたキリエさん。


「何やってんのよキリエってば‼︎ わからないなら黙っててよ、もうっ‼︎」

「すすっ……もがっ‼︎ 離し……もがっ‼︎」

「とにかく翔琉様がご主人様じゃなきゃ私が……みんなが困るんです。お願いですからご主人様でいてください。そうじゃなきゃ私……私……うぅっ……ひっく」


 泣きだした紗羅ちゃんに駆け寄った。

 紗羅ちゃん、翔琉君のこと大好きなんだな。

 大好きで、大好きだからこんなにもがんばれる。


「翔琉君、私からもお願い、ずっとご主人様でいてよ、この世界は翔琉君がすべてなんだから。麻斗さんも揚羽さんも、翔琉君の世界が大好きなの、だから」

「彼はどうか知らないが僕は別に。お子様をからかうのは楽しいがね」

「みんな、ほんとにいいの? 僕がずっとご主人様で」

「僕にとっても、莉亜にとっても、君は最高のご主人様ですよ、翔琉ぼっちゃま」

「紫音、ぼっちゃまはやめてって言ってるのに。だけど不思議だな、紫音にそう呼ばれるとすごく安心するんだ。ありがとう……紫音」


 ありがとうか。

 なんだか、翔琉君が言うだけですごく新鮮。

 ここは翔琉君の世界、誰がなんと言おうと翔琉君は私達のご主人様。


 不器用で生意気だった、可愛いご主人様。


「それじゃあ、これからもご主人様でいいのかな。えっと、これからもよろしく。ごめん、こんなことならみんなを集めなくてもよかったね」


 頬を赤らめる翔琉君を見ながら思う。

 翔琉君の成長、私が言ったことが生かされてるならすごく嬉しい。琉架が伝えたかった想いや愛情を伝えることが出来たら。それは、来栖麻斗の記憶を受け継いだ私にしか出来ないこと。

 だから少しずつ、一緒に成長していけたらいいね。


「これからもよろしくね、翔琉君」

「ひかり、母さんのドレスまた着て見せてよね。楽しみにしてるから。……紗羅」


 突然呼ばれたことに、紗羅ちゃんはピクリと体を震わせた。


「さっきはありがとう、僕のために。驚いたな、紗羅が泣きだした時はどうしようかと思った。ありがとう、僕のために……泣いてくれて」

「いっいえっ‼︎」


 紗羅ちゃんの顔が赤くなっていく。

 さっきは翔琉君を止めようと必死だったけど、今は翔琉君の優しさを前にふわふわしちゃってる。

 可愛いなぁ、恋する乙女は。

 紗羅ちゃんは心の底から応援したい女の子。素直になった翔琉君は、紗羅ちゃんとぴったりな男の子に見える。

 紗羅ちゃん、翔琉君と幸せになれる時が来たらいいな。

 いっぱい、願ってあげよう。

 紗羅ちゃんの想いが翔琉君に届くように。

 願いはきっと届く時が来る。







 ***


 闇の世界に隠れ見える門。

 揚羽さんを先頭に、立っているのは私と麻斗さん、私達の間に翔琉君がいる。


 行き先はアンティークショップ蜃気楼。

 夜にだけ開かれる不思議な店、揚羽さんに駆け寄った翔琉君が、振り向いてにこやかに笑った。

 琉架にそっくりな顔。


 翔琉君は眼鏡をかけるのをやめた。

 眼鏡をかけていたのはたぶん、母親に似た顔で生きていることがうしろめたかったから。自分が存在することに感じていた不安や父親への反発。

 だけど翔琉君は踏みだすことを決めた。


 前を向いて、母親への想いを誇りに変えて。


「では、闇への旅を始めようか。翔琉、すぐに店へ行くか? それとも、どこかの町を歩きながらゆっくり行くか?」

「どうしよう、ひかりはどうする?」

「翔琉君が行きたい方法でいいよ」

「悩んじゃうな、外の世界は遊び場の公園しか知らないし」


 考え込む翔琉君のそばで、揚羽さんは体を震わせている。人間界は今頃寒さが厳しいものになっている。みんなお揃いのコートを着てるのに、揚羽さんだけがガタガタと体を震わせている。

 揚羽さんかなりの寒がりみたい。


「翔琉が決められないなら僕が決めよう。すぐに行くとしようか」


 お店に入って暖をとらせてもらうつもりかな。

 どんなお店か気になるし、早く行きたいのは私も同じだけど。


「それにしても」


 気になるのは、黒神夢衣が私に渡したい物が何か。目玉のおすそわけだったら困るけど、彼女は自分を大切にしている。体の一部になったものをくれるとは思えない。

 思いあたるものはないし。


「麻斗さん、黒神夢衣からのプレゼントなんだと思います?」

「わかりません。でも何か、懐かしいもののような気がします」

「懐かしいものって、どんな?」

「わかりません。そんな気がするというだけで。……僕の命になったがそう思わせるのでしょうか」


 来栖麻斗と琉架が麻斗さんに懐かしさを感じさせるもの。なんだろう、屋敷に関するものなのかな。


 揚羽さんが指を鳴らし見えてきたのは、廃屋はいおくが並ぶ広場。

 どこにもお店らしい建物はないんだけど。


「揚羽、場所間違えちゃったの?」

「違うよ、翔琉。アンティークショップはあの中だ」


 揚羽さんが指差した一軒の廃屋。

 なんの冗談だろう、どう見てもお店のようには見えないけど。


「揚羽さん、今はふざけてる場合じゃ」

「ふざけてないさ。目指す店はあれだよ」

「そんな、まさか」


 廃屋をよく見ると、微かな明かりが見えてきた。

 キラキラと輝く星のような光。

 だけど入り口が見当たらないし、どう見てもお店のようには見えない。


「さあ、入ろうか」

「揚羽さん、なんの冗談」

「疑いは、本物を隠してしまうものだよ。三嶋ひかりさん」


 麻斗さんと顔を見合わせた。

 揚羽さんは何を言ってるのか


「見えたよひかり‼︎ 木造の壁だ」


 翔琉君の弾む声が響いた。

 見えるって何が?

 木造って、廃屋はいろんなものに埋もれてるんだけど。


「翔琉君、私には何も」

「見えないのひかり、ほら!!」


 翔琉君が手を握ってきた瞬間、


「……見えた」


 懐かしさを感じさせる木造の建物、入っていくのは人じゃないもの。お化けや妖怪の図鑑で見た、可愛いとも綺麗とも言えない姿。


「ひかりさん? 何が見えるんですか?」

「麻斗さん、翔琉君と手を繋いでみてください。見えますから、必ず」


 翔琉君と手を繋いだ麻斗さんから、感嘆の息が漏れた。

 3人で繋いだ手、なんだか家族みたいだな。


「さあ、店に」


 揚羽さんに言われるまま入ったアンティークショップ。私達を出迎えたのは、入り口に置かれた少女人形。黒神夢衣が入っているものだ。


「イラッシャイマセ、コンバンハ」


 私に気づいたのか、人形の目がキラリと輝いた。

 翔琉君より少し小さな少女人形。可愛らしく、可憐な顔つきだけれど中身は目玉ギョロギョロの体。


「私ガ怖イ? 三嶋ヒカリサン」

「怖いけど、怖くないよ」


 人形をじっと見てる翔琉君。黒神夢衣が入っていることが信じられないのか、触れようと手を伸ばしては引っ込めて首をかしげている。


「久シブリネ、暗闇ノ坊ッチャン」


 話しかけられたことに驚いた翔琉君。私を見上げたあと『こんばんは』と黒神夢衣にぽつり。


 私が気になるのはプレゼントのことだけど。


「プレゼント、気ニナッテル?」

「うん、なんなのか予想もつかなくて」

「見タラビックリスルワ。ソシテ喜ブト思ウ、絶対ニ」

「なんだろう、ドキドキするな」

「フフフ」


 嬉しそうに黒神夢衣が笑った。

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