第14話

 紗羅ちゃんと肩を並べて歩く廊下。着てるのはお揃いの水色のメイド服。可愛らしく着こなす紗羅ちゃんを見ながら思う。私も似合ってるのかな。


「ひかりさん、厨房に向かうのが板についてきたね」

「ほんと? よかった」


 紗羅ちゃんの明るい声に心が弾む。


「働きだしてからすごく楽しいの。みんないい人だし」

「ひかりさんが元気だと嬉しくなっちゃう。私もがんばらなきゃ」


 莉亜さんとすれ違った。落ち着いた雰囲気の莉亜さんと対照的に、キリエさんは相変わらずの慌てっぷり。さっきも勢いよくバケツをひっくり返してた。


「楽しみだなぁ、ひかりさんの家に行けるの。翔琉様が許してくれるなんてびっくりしちゃった。が一緒なのが気に入らないけど」


 揚羽さんの同行を条件に、紗羅ちゃんを連れて家に帰る。それは食事中に決まったことだった。

 きっかけは紗羅ちゃんのお願いごと。


 ——翔琉様。ひかりさんと一緒に、外に出てみたいんです。ひかりさんが過ごした家を見てみたくて。


 みんなで食事を取る。

 麻斗さんの提案が実現してから、屋敷の雰囲気が明るくなった気がする。翔琉君の態度も砕けてきて、紗羅ちゃん達も話しやすさを感じてるみたい。


 ——ごめんなさい、麻斗様より先に行こうなんて。


 麻斗さんは嫌な顔をせず、紗羅ちゃんに賛同してくれた。


 ——君はひかりさんの大切な友達ですからね。そのかわり、僕の様づけををやめるのが条件です。


 麻斗さんが言ったに食いついたのが翔琉君だった。


 ——だったら揚羽が一緒に行くのが条件だ。揚羽は頼りに……違う、うるさいのがいなくなるし何かあっても……じゃなくて‼︎ 屋敷が静かになるからね。


 しどろもどろな翔琉君に莉亜さんがクスッと笑った。

 私達の護衛にと揚羽さんを同行させる。気持ちは嬉しいけど、心配ならそう言えばいいのに。麻斗さんを真似て条件って言いだすとか、素直じゃないんだから。

 家に帰るだけだし大丈夫だとは思うけど。


「だけどあの人、翔琉様にとっても目の上のたんこぶだったんだ」

「え? どうして?」

「言ってたじゃない。あの人がいなければ、うるさいのがいなくなるって」

「君の賑やかさは僕といい勝負だよ。召使いさん?」


 紗羅ちゃんの顔色を変えた揚羽さんの声。


「やだっ‼︎ どこにいるのよ」

「ここだよ?」


 廊下を見回しても見つからない。

 見えるのは飾られた絵と闇だけが見える窓。

 揚羽さんったらどこに隠れてるの?


「やれやれ、君達には危険を回避する能力はなさそうだ。上だよ」


 上?

 見上げるなり揚羽さんと目が合った。赤茶色の天井に混じり見える赤と黒の服。にっこりと笑うなり、私達の前に降り立った。


「どうやら護衛をつけるのは正解みたいだな」

「天井に貼りついてるなんて悪趣味‼︎ 行こう、ひかりさん」

「同化って言ってほしいな。君の家に行くのはこれから、食事のあとでいいんだね?」

「はい、調べたいこともあるし。料理のことなんですけど」

「なるほど。ところで、ついてるのは彼の髪の毛かい?」

「えっ?」


 慌てて見直したメイド服。どこを見ても髪の毛はついてない。


「冗談だよ。素直な人だな、君は」

「もうっ‼︎ 邪魔しないでくれる? 私達は仕事中なの」

「はいはい。じゃあ、またあとで」


 指を鳴らす音と同時に、揚羽さんは姿を消した。


 不思議な人だな、揚羽さんは。

 突然現れて消えていくんだから。


 揚羽さんは言った。

 私がたどり着く未来を見させてもらうと。

 出会った時は冷たい人だと思ってた。だけど揚羽さんの行動からは温かみしか感じられない。

 翔琉君や紗羅ちゃん、私に対しても。

 黒神夢衣のことを言ったのも、私達を危ないものから遠ざけるため。

 事故に遭う前、揚羽さんはどんな人だったんだろう。誰かに寄り添える何かをしていたのかな。







 ***



 テーブルに並ぶ天ぷら。

 お子様な翔琉君に食べさせようといっぱいの野菜を揚げた。翔琉君は気に入らないのか、ご機嫌ななめな様子で私を見てる。


「ねぇ、ひかり。肉は?」

「ない。そのかわりほら、烏賊と海老、白身の魚だって」

「この頃肉があまり出ないよね。それって僕への仕返し?」

「そんなつもりじゃ」


 仕返しだなんて人聞きの悪い。


「翔琉坊っちゃま、次に作るのは肉じゃがだそうですよ。そうでしたよね、三嶋さん」

「えっ? ……えっと」


 翔琉君の機嫌を取ろうとする紫音さんの機転。場を取り繕うように銀縁眼鏡をかけ直してる。紫音さんに合わせてうなづいた。何を作ろうか決めてなかったけど、肉じゃがに決まりかな。


「ひかり、嘘じゃないよね?」

「……うん、まぁ」

「なら、肉を多めにしてよね。味付けは……少し甘めがいいかな」


 『ククッ』と笑う揚羽さんの横で、翔琉君の顔が赤くなっていく。揚羽さん、翔琉君に話したのかな。私が何も言われないことで悩んでたって。


「なんで僕を見てるのさ。早く食べなよ。帰るんだろ……家に」


 箸を持つなり、天ぷらを食べ始めた翔琉君。烏賊、海老……白身魚。ご飯を食べず、お味噌汁も飲まずに黙々と食べ続けてる。


「翔琉君、野菜は?」

「いちいちうるさいな、ひかりは」

「食べましょうひかりさん。君のおすすめはどれですか?」

「そうですね、南瓜とさつま芋。あと小海老を乗せたかき揚げも」


 翔琉君の箸が南瓜に伸びた。追うように食べるさつま芋とかき揚げ。私が言った順番に食べてるの、気のせいじゃないよね。

 紗羅ちゃんの箸が、あとを追うように南瓜に伸びていく。私じゃなくて、翔琉君を真似て食べる気なんだ。


「ひかりさん、僕達も食べましょう」 


 麻斗さんに言われるまま食べ始めた。翔琉君が真似て飲むようにとお味噌汁をひと口。私に続いてお味噌汁を飲んだのは、翔琉君じゃなく料理長の羅衣羅らいらさん。ぷっくり体型が親しみやすさを感じさせる女の人。

 なんだか不思議。

 この世界にいるのは、私を気にかけ私が話すことに耳を傾けてくれる人達。

 私が手に入れた居場所、不思議な繋がりと温もり。


 お父さん、お母さん。

 私は元気だよ。

 ごめんね、突然いなくなっちゃって。

 産んでくれて……どうもありがとう。

 はるか。

 私は今、愛する人と幸せなんだ。

 はるかが好きな人と両思いになってから、はるかの幸せを願えずにいた。駄目なお姉ちゃんでごめんね。

 お父さん、お母さん、はるか。

 一緒にいられなくてごめんね。

 私は今、ここで……幸せだよ。




「ごちそうさまでした‼︎」


 食べ終えた紗羅ちゃんの弾む声が食堂に響く。それは私が家に帰る合図。

 なんだか緊張してきた。家に帰れる、みんなに会えるのに私ったら。


「僕は玄関で待つとしようか。準備が出来たら来てくれるかい?」

「大丈夫です、すぐに行けますから」


 家にはメイド服で行く。

 着替えちゃったら、家に着いた途端帰ることを躊躇ためらいそうで怖い。自分に言い聞かせながら行くの、私の帰る場所はこの世界なんだって。

 席を立った私の手を紗羅ちゃんが握ってきた。


「元気だったらいいね、ひかりさんの家族」

「うん、ありがとう紗羅ちゃん」


 席を立とうとした紫音さんを制し、麻斗さんが席を立った。テーブルから離れ、ドアを開けて私達に微笑む。


「ひかりさん、気をつけて」


 翔琉君は何も言わず空になった食器を見つめている。次から翔琉君のおかわりを準備しようかな。『いらないのに』って言いながら食べきっちゃいそう。


「行こうか、紗羅ちゃん。揚羽さん、よろしくお願いします」


 紗羅ちゃんと肩を並べ、揚羽さんのあとを追って歩きだした。


「楽しみだねひかりさん。どうしよう、ワクワクする」


 紗羅ちゃんの緑色の目がキラキラと輝いた。この子、本当に猫ちゃんみたい。


「麻斗さん、行ってきます」


 すれ違う中握り合った手。

 離れたあとにも続く温もり。


 この世界に来てから、屋敷の外に出たことがなかった。私を閉じ込めた闇への嫌悪と地獄に繋がっている古井戸。だけどこの世界は怖いものだけじゃなかった。ここは、幸せと残酷さが入り混じる童話めいた場所。




「黒神夢衣」


 私の呟きに揚羽さんが振り向いた。

 黒神夢衣、会うことはない化け物。

 なのにその名前は、呪文のように私の中で響き続ける。


「紗羅ちゃん、少しだけ私達から離れててくれる?」

「何? どうしたの?」

「ちょっとだけ、揚羽さんと話したいことがあるの。紗羅ちゃんにとっては辛いことだから」

「翔琉様のこと?」

「うん、でも信じて。翔琉君を悪く言わない、絶対に」

「わかってるよ、大丈夫」


 紗羅ちゃんは私達から離れ耳を塞いだ。目を閉じて、私達の姿を闇に閉ざす。


「揚羽さん言いましたよね。黒神夢衣が人間の体になれないのは、殺されてバラバラにされたからだって。翔琉君……化け物の姿が、黒い塊なのはもしかして」


 揚羽さんの金色の目が、私を見透かすように細まる。少しの沈黙のあと開かれた唇。


「君が考えてるとおりだよ、三嶋ひかりさん。胎児だった翔琉は黒焦げになり闇に落とされた。漆黒の化け物は記憶を読み取り、あの姿で化け物を作りだしたんだ。ひとつだけの目は、その姿を拒絶しようとした翔琉の精一杯の抵抗だった。生みの親である、漆黒の化け物への反発と共に」

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