第23話

 なんだか不思議。

 黒神夢衣とこんなふうに話をしてるなんて。

 戦わなきゃいけないって思ってた。みんなに迷惑をかける気がしてた。


「ソレカラズット、人ノ目玉ヲ奪イ続ケテタ。最初ハチョットダケノ、飾リノツモリダッタノ。ダケド思念ヲ読ミ取ルウチニ、イッパイノ嘘ヲ知ルタビニ虚シクナッテ……目玉ヲ奪ウコトガ生キガイニナッテイタ。時雨サンニ会ウマデハ」


 あんなに怖がってた黒神夢衣に親しみを感じてる。もしかして、彼女はお喋りが好きなのかな。人間だった頃にはきっといっぱいの友達に囲まれていた。友達との喧嘩もきっと、別の友達をかばったり助けようとしてたから。


「時雨サンニ会ッテカラハ、人ヲ襲ッテハイナイノ。ダッテ私ハ知ルコトガ出来タンダカラ。嘘ガナイ人ガイタコトヲ。体ニト与エラレタ人形ハ可愛クテ、私ニハモッタイナイケレド……幸セ、今トテモ幸セナノ」


 幸せか。

 揚羽さん言ってたっけ。

 黒神夢衣は厄介な存在だって。変えられないものはないんだな。辛いことがいつかは幸せの種になり、いつかは終わっていく幸せがある。

 可愛らしい人形の体の中にある目玉だらけの体。それが彼女の悲しみの象徴だとしても、背負っている悲しみがあるからこそ幸せは光輝く。


「ソウヨ。目玉ダラケノ体モ、私ニ色々教エテクレタノ。ダカラコレカラモ大切ニスル、恐ガラレテモ嫌ワレテモ……私ハ私ダカラ」


 そっか。

 ギョロギョロと動き回る目玉の群れ。

 思いだすとゾッとするけど、あなたの大切な宝物。あなたが心のままに生きてきた証。


「アリガトウ、私ノ話ヲイッパイ聞イテクレテ。私ノ話ヲ聞イテクレタノハ、アナタと時雨サンダケ」


 嬉しそうな声が闇の中に響く。

 時雨さんがどんな人かわからないけど、優しく懐が深い人なんだなって思う。人ではない者達が訪れる、不思議なお店の店主さん。

 どんなお店かは気になるけど、黒神夢衣と話せたんだし足を運ぶ必要はないみたい。


「何ヲ言ッテルノ?」


 え?

 何って、聞こえたでしょ?

 お店に行く必要はないって。


「駄目ヨ、お店ニ来テクレナイト。アナタニ来テホシクテ、広告ヲ見セタノニ」


 どうして、私に来てほしいの?


「アナタニ渡シタイモノガアルノ。私カラノプレゼント、時雨サンニモ許可ヲ取ッテルワ」


 プレゼント?

 どうして?

 何を……私に?

 想像がつかない、黒神夢衣からプレゼントなんて。


「オ店ニ来タ時のオ楽シミ‼︎ 楽シミニシテイルワ、アナタニプレゼントヲ渡セルノヲ。オヤスミナサイ」



 黒神夢衣の声が途切れた闇の中。

 結局眠れなかったな。

 目を開けたら見慣れた天井が


「……あれ?」


 闇が続いてる?

 どうして?

 私、目を開けたはずなのに。


「お姉さん」


 聞き覚えがある声が響く。

 この世界に来る前に聞いた。

 声が呼び寄せるパステルピンクのセーターの残像。

 公園で出会った女の子。

 美夜ちゃんの声だ。


「美夜ちゃん、透君は元気なの?」

「うん、透君と話してるんだ。お姉さん、どうしてるだろうねって。ちゃんと願いが叶ってればいいねって」


 闇の中、美夜ちゃんの姿は見えない。

 だけど気配を感じる。

 優しくて温かいふたりの気配を。透君はきっと、離れた場所で私達を見てる。


「ありがとう、美夜ちゃん。私の願い叶ったんだ。運命の人に巡り会えたの。私だけを愛してくれる人に」

「そうなの? よかったね、お姉さん」


 美夜ちゃんは優しい子だ。

 私を気にかけてくれてたなんて。


 ——お姉さん、願って‼︎


 化け物に襲われたあの時。

 美夜ちゃんが叫んでくれなければ、私は何も願うことが出来なかった。

 願わなければ出会えなかった運命の人。


 作られた出会いだったとしても。

 大切だった真っ白なクマのぬいぐるみ。公園で無くしたあの日から、運命の人は決まっていた。


「お姉さん、幸せ?」

「うん、でも」

「何? 教えて?」

「私の時は止まってしまった。だから、大切な人の子供を産むことが出来ないの。お母さんになることが、私の夢で」


 闇の中で黙り込む。

 時が止まってしまったのは、美夜ちゃんと透君も同じだ。亡霊になったふたり。冬服のまま、公園の中を彷徨い続けてる。季節が巡る中、雨の日も風の日もずっと、それでもふたりは幸せそうに笑っている。


「ごめんね、美夜ちゃん」

「どうして謝るの?」

「私は自分のことばっかりで、美夜ちゃんの気持ちを考えてなかった。美夜ちゃんにもあったよね、叶えたかった夢」

「今もあるよ」

「え?」

「いっぱいの夢、大事にしてるの。1番に叶えたいのは、私の誕生日のパーティー。言ったでしょ? 私の誕生日はクリスマスイブだって。もう一度だけケーキが食べたいんだ。いっぱいの友達とプレゼント交換したいし。キラキラと輝くツリーも見たい。変でしょ? 私達はお姉さんにしか見えない。それでも叶う時が来るって信じてるんだよ」

「……美夜ちゃん」

「夢って素敵だね、すごく眩しい。叶わなくても、見続けるのは自由なんだよ」


 闇の中、キラキラと輝くものが降ってくる。

 雪なのか星なのかわからないけど。


「綺麗」


 麻斗さんにも見せてあげたい。

 麻斗さんと一緒に、見れたらいいのに。





「……麻斗さん」

「なんです? ひかりさん」


 見慣れた天井と麻斗さんの声。

 私を包む、ミルクティーの匂い。


「目が覚めましたか? よかった、顔色がよくなっている」

「麻斗さん? どうして、私の部屋に」

「心配だったんです。君が見せた悲しげな顔……僕がどうにかしなければと思った」


 テーブルに近づいた麻斗さんが、ティーカップを見て微笑んだ。


「ミルクティー、僕が淹れたものなんです。翔琉君に教わりながら、味は保証出来ませんが」

「私のために?」 

「君と同じ夢を見たいと思いました。いつか……僕達の子供と会える時が来ることを」


 ベッドから出て、テーブルに近づいた。

 手にしたティーカップと、彼の髪を束ねる青いリボン。


「翔琉君が言うとおり、子供を授かることはないかもしれない。それでも」

「それでも?」

「信じてみたいんです。君と一緒に生きていく、その先に待つ奇跡というものを」


 微笑む彼のそばで飲むミルクティー。翔琉君が淹れるものよりも薄い甘み。それでもその温もりは、私を優しく温める。


「私達の子供、麻斗さんに似てくれたら嬉しい。私に似ちゃったら、なんだか可哀想な気がするから」

「どうして、可哀想なんですか?」

「だって、私はありふれた」

「僕が愛する君は、魅力的ですよ……ひかり」


 いつか叶う時が来たら。

 麻斗さんは子煩悩なお父さんになりそう。そんな未来が、本当にくればいいのに。


 コンコンッ


 ドアをノックする音と『入っていい?』という翔琉君の声。少しの間を置いて開けられたドア。翔琉君と揚羽さんが立っている。


「なんだ、てっきり寝込んでるかと思ってたのに」


 私を見るなり飛びだした翔琉君の憎まれ口。しばらくはまたお肉を使うのやめようかな?


「まぁ、いいけどさ。話し合いの続きだけど」

「翔琉君、お願いがあるの」

「僕の話聞いてた? 話し合いを」

「さっき、話が出来たの。黒神夢衣と」


 私の声に顔を見合わせた翔琉君と揚羽さん。揚羽さんがすぐに部屋を見回したのは、黒神夢衣がいた痕跡を探すためかな。


「大丈夫です、揚羽さん。黒神夢衣が現れたのは、その……私の夢の中というか」


 信じてもらえないよね?

 瞼を閉じただけの、闇の中に現れたなんて。


「黒神夢衣はアンティークショップで私を待っています。私に渡したい物があるって」

「ひかり、からかわれたんじゃないの? 目玉だらけの化け物がくれる物なんて、がらくたに決まってる」

「変な物を渡すようには聞こえなかったけど」

「ひかりは僕じゃなくて、目玉だらけを選ぶのか」


 翔琉君の大声に揚羽さんが『ククッ』と笑った。『とにかく』と呟きながら、翔琉君が近づいてきた。


「どんな話をしたのかわからないけど、簡単に黒神夢衣を信じるな。わかった? ひかり」


 お子様のくせに、私に説教なんて。


「私が気になるなら、翔琉君も行けばいいのに」

「は?」

「アンティークショップ、黒神夢衣が何を渡そうとしてるのか」

「なんで僕が茶番に付き合わなきゃいけないのさ。麻斗と揚羽が行けばいい」

「それはないだろう翔琉。彼女から人間界の魅力を聞きだしていながら」

「暇潰しだよ、人間界なんて……嫌いだ」


 私が元の世界で生きていた頃。

 何度か考えてた。


 こんな世界、嫌いだって。

 好きになる努力とか、いいとこ探しなんて考えられなかった。嫌いって思えば思うほど膨れていった嫌悪感。

 だけど、お父さんとお母さんがくれた命は知ってるんだ。この世界は、私達の思いをなんでも受け止めてくれるって。


 来栖琉架が宿した命。

 生むことを許されなくても、琉架は……母親だけは信じた。



 我が子が幸せの中、命が輝いた世界を愛していくことを。


「翔琉君、お母さんは願ってるよ。お母さんが愛した世界を、翔琉君も愛してくれることを」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る