第26話

 店内には色々なものが並んでいる。知らない世界の服やボロボロの書物、7色に輝くつるぎのようなものや金色の大きな翼。キラキラと光るものは角笛かな。翔琉君の世界に行かなければ、見ることはなかったものばかり。


「みんな怖くないのかな、ひかりはどう思う?」


 麻斗さんにしがみつき、店内を見回す翔琉君。

 商品を見て歩くのは、足が見えない血塗れの女の人や……あれって河童かな? 頭の上の皿と背中にある大きな甲羅。想像してた姿とは違う、ぽってり体型で可愛いな。

 珍しいものが並ぶ陳列台と棚、屋敷とは違う雰囲気。ここでもらえるプレゼント、黒神夢衣……黒神さんは何を準備してるのかな。


「黒神さん、私へのプレゼントって」

「時雨サンニ聞イテミテ。モウスグココニ来ルトオモウカラ」


 時雨さんか、黒神さんを孫と呼んで可愛がる老人。どんな人なのか気になるな。話しやすい人だったらいいんだけど。

 私達から離れ店内を歩く揚羽さん。足を止めたのは、奇術師を思わせるシルクハットの前。『ふむ』と呟きながら店内を見回した。


「どうしました?」


 麻斗さんの問いかけに『会計が』と困惑気味な声で返してきた。お金が足りないのかな? でもお客さんは人だけじゃないし、幽霊や妖怪がお金を持ってるとは思えない。それに……揚羽さんも私達もお金を持ってないんだった。


「僕としたことが。黒神夢衣に気を取られて、肝心なことを調べていなかった。人間界で使われているものがこの店でも通用するのか?」


 揚羽さんも疑問に思ってるんだ、この店は何を使って買い物が出来るのか。よく見ると、どの商品にも値段の表示がない。


「いらっしゃいませ‼︎」


 可愛らしい声につられ見たのはレジカウンター。

 声の主は包帯を体中に巻いた女の子。女の子のうしろに見えるおっきな卵。女の子と同じくらいの大きさ、ひび割れの中は真っ黒だ。

 ふさふさ尻尾の男の子がレジの前に立っている。緑色の着物と裸足に下駄。ふさふさした耳がピクピク動いてる。


「いいものを見つけたコンッ‼︎ 運がよかったコンッ‼︎」


 あの男の子、もしかして狐の妖怪?


 男の子がレジに出したのは、キラキラと輝く髪飾りと紙屑。女の子は受け取った紙屑を、卵のひび割れの中に投げ入れた。


「ありがとうございました。また来てくださいね」

「大好きな女の子、もっと可愛くなるコンッ‼︎ 早く帰ってプレゼントだコンッ‼︎」


 ボンッ‼︎


 真っ白な煙に包まれて男の子は消えた。


「ひかり、今のって魔法かな?」

「えっ、私に聞かれても」

「あれは妖術かもしれませんよ、翔琉君」

「よう……じゅつ? ねぇ麻斗、それってなんなの?」

「おやおや、今夜はやけに賑わっておる」


 私達に近づいてくるお爺さん。

 黒い着物と白く長い髪。

 皺だらけの顔に浮かぶ笑み。私達に向けられた金と銀のオッドアイ。

 直感が告げる。

 この人が時雨さんだ。


「アナタ、勘ガイイノネ。ソウ、彼ガ時雨サンヨ」


 どうしよう、なんだか緊張する。最初になんの話をすればいいのかな。いきなりプレゼントを持ちだすのはせかすようで抵抗がある。


「ダイジョウブ、心配シナイデ」


 何人もの声が入り混じる黒神さんの声。気味が悪い響きだけど、滲み出る優しさがなんだか嬉しい。


「君のことかな? 夢衣の友達という女の子は」

「友達?」


 時雨さんを前に浮かんだ疑問。

 いつから黒神さんの友達になったんだろう。

 いっぱい話をしてただけで……そうだ、黒神さんは思考を読み取れる。私が考えたこと、絶対に傷つけちゃったよね。 


「気ニシナイデ。勝手ニゴメンナサイ、友達ダナンテ。迷惑ジャナケレバ、仲良クサセテホシイノ」

「迷惑だなんてそんな。……私でいいなら」


 新しい友達は、人形の中で生きる目玉だらけの女性ひと。翔琉君に出会ってから不思議なことばかり。


「君、客室に来てくれるかな。君がお待ちかねのプレゼントを渡すとしよう」

「はっはい。……みんな、私と一緒に」

「その前に聞かせてくれないか? 店主さん」


 店内に響いた揚羽さんの声。

 シルクハットの前に立ったまま私達を見つめている。今の揚羽さんには、シルクハットしか見えてないみたい。


「人ではない彼らは、何を使って買い物を?」

「見てのとおりさ、彼らが持っているもの」


 時雨さんに言われるまま店内を見回した。

 幽霊や妖怪、彼らが持っているのは紙屑やへこんだ空き缶……あれで買い物を?


「ゴン太」

「なぁに? 時雨じい」


 時雨さんに答えたのはおっきな卵。

 卵が……話をするなんて。


「こっちに来てくれないか? 藍羅あいら、そこからゴミを投げられるかい?」

「もちろん、任せて時雨さん」


 藍羅と呼ばれたのは包帯ぐるぐるの女の子。


「ゴン太、すぐ戻るのよ」

「うん、よいしょっと‼︎」


 軽々と宙に浮いた卵。

 あんなにおっきいのにどうして


 ゴトンッ‼︎


 大きな音を立てて、私達のそばに落ちてきた。

 揺れだした店内とざわめき。卵のひび割れの中、ふたつの赤い光がキラリと輝いた。


「はははっ‼︎ やったよ時雨じい、ボク人間を驚かせちゃった‼︎ はははっ‼︎」

「はしゃがないでよゴン太。行くよっ」


 女の子が投げた紙屑を卵がゴクリ。


「これで会計は終了だ。ご理解頂けたかな? 客人」

「ふむ、ゴミがお金代わりということか」

「そう、幽霊やあやかし。彼らが持ってきたものをゴン太は咀嚼し、土に変えていく。夜が明ける前、ゴン太は外に出て土を振り撒いている。人間で言う排泄だな」

「美味しく食べて、世界を綺麗にする。ボクはいいことしてるんだよ」


 ふたつの赤い光が点滅する。

 あれって卵の目かな?

 もしかしてまばたきしてるの?


 ゴトンッ‼︎


 大きな音を立ててレジに戻った卵。

 揺れる店内、女の子の『まったく』という呆れ声と客の笑い声。


「ゴン太ったら変すぎ‼︎ そんなに重いのに、なんで簡単に空を飛べるのよ」

「怒んないでよ藍羅。ボクもわかんないよ、生まれた時からこうだったんだから」

「私を乗せてくれたら許してあげる。空を飛ぶのが私の1番の夢なんだから。……なんで私包帯ぐるぐるなんだろ。包帯が翼だったら空を飛び放題なのに」


 なんだか不思議な場所。

 みんなが幸せそうであったかい雰囲気。そうさせてるのは時雨さんかな。幽霊や妖怪が楽しそうに笑ってるなんて。


「時雨サンハ私達ノコトワカッテクレテルノ。時雨サンハ、誰ヨリモ優シイノヨ」

「夢衣、僕を褒めすぎだよ、僕はたいしたことはしていないんだから。まぁ、褒められて悪い気はしない、夢衣もお茶を飲むかい? 一緒においで」

「イイノ? 時雨サン、私ホットチョコレートガ飲ミタイナ」

「あぁ、わかったよ」


 少女人形が近づいてくる。気のせいか口元に笑みが浮かんでるような。人形が歩けるなんて……黒神さんが入ってるだけでも驚きなのに。


「私食ベルコトモ飲ムコトモ出来ルノ。全部時雨サンノオカゲヨ。ネェ、暗黒ノ坊ッチャン」

「なっ何?」

「君ハ飲ミタイモノガアル?」

「ミルクティ……僕も、ホットチョコレートでいいかな。ふたりはどうするの?」

「それでは、僕達もそうしましょうか? ホットチョコレートか……美味しそうですね」

「やれやれ。翔琉、僕を忘れてないか?」


 揚羽さんのぼやきに続いた『あっ‼︎』という大声。翔琉君は本当に忘れてたみたい。それくらい、ゴン太と呼ばれた卵のことで驚いてたんだ。


「僕もホットチョコレートをお願いしようかな。店主さんもいかがです」

「僕は日本茶、ひとりでは寂しいな。一緒に日本茶を飲んでくれたら、シルクハットをプレゼントさせて頂くが? 藍羅、ゴン太、しばらく店を頼んだよ」



 時雨さんのあとを追って店から出た私達。

 案内されたのは和室だった。

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