漆黒のアンティークショップ

第21話

 揚羽さんが戻らないまま時が過ぎていく。

 黒神夢衣の手がかり、蜃気楼という名のアンティークショップを調べるため、地獄と人間界を行き来している揚羽さん。


 黒神夢衣のことで迷惑をかけてしまった。

 翔琉君へのお詫びにと、お肉を多めにした料理が続く。相変わらず美味しいとも不味いとも言わない翔琉君だけど、誰よりも早く食べ終えてるし満足してくれてるのかな。


「ひかりさん、お味噌汁の具材は何にしようか」


 料理長の羅衣羅らいらさんが聞いてきた。


「羅衣羅さんが食べたいものでいいですよ」

「それがどれも美味しくてね、さっきから何にしようか考えてるんだけど」

「羅衣羅さんが好きな具材は?」

「お豆腐とわかめ、シンプルだけどそれが魅力ね」

「じゃあ、それに決めましょう」


 羅衣羅さんが軽い足取りで冷蔵庫に向かっていく。


 みんなと話し合ってから、何事もなく過ごせてる。

 どこかから、黒神夢衣が現れはしないか不安だった。不安を拭ってくれたのは莉亜さんが言ったこと。


 ——黒神夢衣が私達に興味を示さないのは、私達が翔琉様のだからです。


 ふたつの目を奪ったとしても、幻となって消えていく。私も体を無くしてしまった。

 だから襲われ、目を奪われたとしても黒神夢衣の体になりはしない。それがわかっているから、私を襲いには来ないだろうと。

 莉亜さんのおかげで大丈夫なんだと安心できたけど。

 浮かぶのはひとつの疑問。

 襲っても意味がないなら、どうして黒神夢衣は私に会おうとしているのか。


「ちょっと、キリエさん。大丈夫かい?」


 離れた場所から響く羅衣羅さんの大声。

 振り向いて見えたのは、散乱するボールとフライパン。


「わわっ私としたことが‼︎ しっ失敗しないために早く来たのに。ああっ‼︎」


 頭を抱え、ぐらぐらと体と揺らすキリエさんのうしろ姿。失敗しないよう、早めにお茶菓子を作ろうとして、結局は調理器具を落としちゃったみたい。

 小麦粉や卵を落としてないんだし気にすることじゃないのにな。


「何してんのさ、そんなに揺れたら危ない。火傷したらどうするんだい」


 羅衣羅さんの助言は火に油を注いだみたい。

 厨房を見回したキリエさん、見る見る顔色が悪くなっていく。


「わわっ‼︎ 私の計画は皆さんのめめっ、迷惑を呼び込んで……ああっ‼︎」

「ちょっと、落ち着いてくれなきゃ私達の仕事が。困ったもんだねぇ」


 羅衣羅さんは腕を組んで宙を仰ぐ。

 キリエさんを落ち着かせる方法はある。紗羅ちゃんがどこにいるかわからないし、羅衣羅さんでも大丈夫かな?


「羅衣羅さん、キリエさんのおでこです」

「おでこって、なんの話だい?」

「その、おでこがキリエさんの弱点みたいで。手のひらで音を立てるように」

「こうかい?」


 ぺちっ‼︎


 羅衣羅さんがおでこを叩き軽い音を響かせた。

 落ち着いたキリエさんを前に、羅衣羅さんはほっとしたように肩をなで下ろす。

 厨房が静かになった中、料理の準備を進めていく。


 莉亜さんが教えてくれたことはもうひとつ。

 翔琉君が黒神夢衣を恐れる1番の理由は、目玉だらけのおぞましい姿。

 綺麗なものが好きだと翔琉君は言った。

 だけど翔琉君の恐れは綺麗好きと言うよりも、お化けや妖怪に対しての恐怖心に近い気がする。

 翔琉君は、漆黒の化け物が生みだしたものには会いたがらない。それは彼らが秘め隠す恐ろしい姿を見たくないから。化け物の体を与えられていない、揚羽さんにだけは心を許すことが出来る。

 望みもしないものを与えられること。

 それは、翔琉君達が逃れることが出来ない絶望。


 黒神夢衣はどんな気持ちで目玉を奪い続けてるんだろう。

 おぞましい姿になってでも体を求め作ろうとする。

 人間だった頃、殺された上にバラバラにされてしまった。その記憶が、黒神夢衣を突き動かす衝動だとしたら。


 もしも私が、黒神夢衣と同じ立場でも。

 憎しみのままに何かを奪おうとするだろうか。


 奪われる怖さを知っている。

 奪われる絶望に捕らわれた。

 奪われた物を取り返すため。


 悪魔にも神にもなる、叶えられない夢の衣を纏って。

 黒神夢衣という名前は、願いそのものだ。

 誰にも気づかれない闇の中、嘆きと悲しみから浮かんできた。







 ***


 描き上げた絵はうさぎと猫。

 イメージしたのははるかが持っているぬいぐるみ。

 丸みがあるものって簡単そうで難しい。だけど上手く描けるようになりたい。

 真っ白なぬいぐるみ、首にかけられた青いリボン。

 彼が作りだされ、彼ではなくなった私の宝物。

 抱きしめることが叶わなくても、可愛らしい姿だけは取り戻したい。


「私も描いてみようかな」


 ベッドに座り、絵本を読んでいた紗羅ちゃんがぽつり。

 絵本は書庫室で麻斗さんが見つけたもの。たぶん、琉架が子供の頃に読んでいた本だ。


「紗羅ちゃんが描くものは何?」

「そうだなぁ、マシュマロとビスケット、クッキーとチョコレート。それからね」

「紗羅ちゃんってば、甘いものばっかり」

「美味しいし可愛いもん。ねぇひかりさん、あの人いつ帰ってくるんだろ」

「揚羽さん? どうして?」

「おやつがなくなっちゃったの。キリエの焼き菓子もいいけど、あの人が出してくれるお菓子美味しいんだもん。いなくなってわかる有り難みだね」


 ここで揚羽さんが現れたら、紗羅ちゃんはどうするんだろう。顔を真っ赤にしながら言い訳するのかな『今のは冗談なんだから』って。


 蜃気楼というアンティークショップ。

 黒神夢衣が待ってるかもしれない場所。

 揚羽さん、調べるのに苦労してなきゃいいんだけど。


「ひかりさん、絵描き道具貸してくれる? ちょっとだけ描いてみる」

「いいよ。そうだ、絵のモデルにぴったりなお菓子があるの」

「ほんと? 何?」

「マカロン、丸みがあってね、色とりどりで可愛いの」

「そうなの? 紫音に聞いてみようかな。ひかりさん、どんなものか描いてみて?」

「私まだ、描き慣れてなくて」

「形がわかればいいの。ほら早く」


 コンコンッ


 ドアをノックする音。

 あとに続いたのは私を呼ぶ莉亜さんの声。

 ドアを開けると、紫音さんと莉亜さんが立っている。


「食堂に来れますか? 揚羽さんが戻ってきたんです」

「莉亜、それほんと?」


 紗羅ちゃんの嬉しそうな声。

 お菓子がいっぱいもらえるって喜んでるのかな。


「紫音さん、揚羽さんはお店のこと」

「詳しく調べられていますよ。夜にだけ開くお店のようですね」


 紗羅ちゃんを見るなり、紫音さんは咳払い。

 『召使いが仕事をせず、何をしてるのか』とでも言うように。


「とにかく食堂へ。今頃は、キリエのお茶の準備が終わった頃でしょう。莉亜に任せられれば、スムーズに進むはずなんですが」

「ごめんなさい紫音。私が淹れるお茶は、濃すぎて飲みにくいから」

「料理のセンスがあれば、莉亜は完璧な召使だというのに」


 笑みを浮かべ、紫音さんの前を横切った莉亜さん。続いて歩きだした紫音さんのあとを、紗羅ちゃんと一緒に追いかける。


「驚きました、夜だけのお店なんて。お客さんが行くとは思えないけど」

「客は人だけではありません」

「どういうことですか?」

「化け物や幽霊、天使や精霊と呼ばれる者。それらが訪れるということです」

「そんなお店が……あるなんて」


 窓の外に見える闇。

 見えない世界の中には、私が知らないものがいっぱいに詰まってる。翔琉君に喰われなければずっとわからなかったこと。


「紫音さん、私にも見えるでしょうか。天使や精霊と呼ばれる者。私も……人ではなくなったから」

「見えると信じれば、見えるのかもしれません。子供には、不思議なものが見えることがあるそうですね。疑いなき、真っ白な心がそうさせるのでしょう」


 読むのが苦手だった本。

 それでも一冊だけは気に入っていたものがある。中学校の図書室で見つけた天使の本。書かれていたものは、難しくてよくわからなかった。だけど描かれていた天使の美しさ。

 空を見だしたのはその本がきっかけだった。


「アンティークショップの店主を務めるのは老人だそうです。名前は、時雨愁しぐれしゅう。詳しくは、食堂で聞くとしましょう」


 近づいてきた食堂を前に息を吸い込む。

 揚羽さんから聞かされることと、アンティークショップで私を待っているもの。


 黒神夢衣に導かれた先にあるもの。

 それが何かはわからないけど、私には支えてくれる人達がいる。


 だから開け続けよう、1秒先にある未来への扉を。



 希望と絶望を受け止めながら。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る