第29話
金と銀のオッドアイ。
金色の目は黒猫のもの、銀色の目は……愁と呼ばれ、過去に生きていた
「僕のそばには息絶えた愁がいた。そしてもうひとりの愁。彼は座り込み、冷たくなった自分を撫で続けた。『時雨、君は叶えてくれるだろうか。僕が死を待ちながら願っていたこと。生きて迎えたかった未来……年老いた僕の姿を』。僕はひと声鳴いた。愁の望みを叶えられるのは僕だけだったから。……僕は愁を喰った、脆く重みのない体を噛み砕いて。愁は喰われながら語った。僕の命になり、共に時を彷徨える喜びを。愁のすべてを飲み込んだ時、僕はこの姿になった。愁が願った、年老いた未来の姿。愁の亡骸……笑っていたように見えたのは、僕の夢だろうかね」
湯呑み茶碗を手に、時雨さんは私達を見回した。
「すまなかったね、僕の昔話など。ひかりさん、そのぬいぐるみだが」
「はい」
「僕は闇の訪れと共に目を覚まし、愁と共に時の中を彷徨い歩くんだ。過去も今もない……闇に眠る思い出のカケラを探している。ある時、この子の泣き声を聞いたんだ。この子はひどく怯えていてね、僕が近づくと悲鳴を上げて逃げ回った。無理もない、何も知らないまま怖い思いをしたのだからね。ここに来てからもしばらくは震えていたんだ。この子が最初に心を開いたのは夢衣なんだよ」
時雨さんの声にぬいぐるみがうなづいた。黒神さんに向けられたふさふさの手。
「夢衣はボクの全部をわかってくれたの。琉架が大好きだったことも、いっぱい怖かったことも。それにね、夢衣は話してくれたんだ。ボクと同じ、ボロボロになって死んじゃったんだって。怖いのはボクだけじゃないって教えてくれたんだよ」
「私ハボロボロジャナイ、バラバラヨ?」
「バラバラ? ボロボロと何が違うの? 夢衣ってば」
「フフフ」
首をかしげるぬいぐるみを前に、黒神さんはホットチョコレートを飲む。話をする少女人形とぬいぐるみ、なんだか童話の中の場面みたい。あとを追うように、ホットチョコレートを飲みだした翔琉君。
「君は夢衣のことばかり考えていただろう? 夢衣は君の思考を読み取る中、この子と君の接点を知ったんだ。過去に起きた悲劇……化け物になった男の子との繋がり。その上で僕に言った『コノ子ヲモウ1度、幸セニナレル場所へ』とね」
「それで、私へのプレゼントに」
「受け取ってくれるかね?」
「ひかり、ボク……琉架のそばにいたいよ。いいよね?」
断る理由なんてない、この子はよく似ている。
大切だった真っ白なぬいぐるみに。
私は琉架じゃない、それでも……琉架の代わりに出来ることがある。
ぬいぐるみの頭を撫でながらうなづいた。
「ヨカッタ。コノ子ハズット幸セネ、時雨サン」
「優しいね夢衣は。君の出迎えが客に評判なのもうなづけるよ。みんなポットの自慢の味を楽しんでくれないか? 夜はまだ長い、ゆっくりしていってくれ」
「ひかり、ミルクティー冷めたかな? ボクに飲ませてよ」
ぬいぐるみに言われるまま手にしたティーカップ。溢さないように飲ませてあげなくちゃ。緊張するな、赤ちゃんに……ミルクを飲ませるみたいで。
「漆黒の化け物のことだが」
私達を包む揚羽さんの声。
揚羽さんの手の上に現れた黒い渦。
生き物のように蠢くそれは、翔琉君の化け物の体によく似ている。揚羽さん、どうしてあんなものを?
「愁の魂を喰った化け物……その姿をあなたは」
「見えたと言えば嘘になるだろうか。僕が見たのは、愁の体から抜けだした魂、それを捕まえたどす黒いものだった。闇の中で動く闇、と言えばいいかね。姿はなかったように思う」
渦を包み焼いた焔と焼け焦げる匂い。
「翔琉に出会う前、僕は正体を探ろうとしたが……結局はわからないままだ。何を考え、僕達を生みだしているのか」
「私ハ読ミ取ッタワ、読ミ取レルダケノコトヲ」
揚羽さんに答えたのは黒神さん。
「漆黒ノ化ケ物ニハ、生キ物トシテノ思考モ体モナイ。タダ、私達ヲ生ミ続ケテイルダケヨ。……ポット、ホットチョコレートノオカワリヲイイカシラ」
「うん、夢衣はいつも美味しそうに飲んでくれるね」
生き物の思考も体もない。
生み続けているだけ。
翔琉君達が作られたことには意味がないっていうの? そんな……馬鹿なことが。
「ソウネ、意味ガナイトシタラ私達ノ存在ニモ理由ハナイワ。闇ハ……光ニ憧レタノ、世界ヲ照ラシ創造スル存在ニ。闇ガ出来ルコトハ、世界ヲ隠シ消スコトダケ。光ニ近ヅコウトシテ、闇ハ漆黒ノ化ケ物ヲ創造シタ。世界ヲ飲ミ込メバ、破壊ニ繋ガッテシマウ。生キル命ヲ奪ウコトハ許サレナイ。ダカラ闇ハ、死ンダ人ノ魂ヲ創造ノ種ニ選ンダノヨ。光ハ神、闇ハ悪魔ト例エレバワカリヤスイカシラ」
「神と悪魔か……なるほど」
揚羽さんの呟きと訪れた沈黙。
光への憧れか。
この世界に最初にあったのは闇なのに。閃きも創造も、すべては何もないところから生まれてくる。
光もきっと……闇に憧れて。
「私達ニ興味ヲ示サナイノハ、闇ガ与エタ慈悲カモシレナイワ。近ヅケバ私達ヲ恐レサセ、憎マレルコトヲ知ッテイルカラ。闇ハ……闇ソノモノガ臆病ナノヨ。生ミダサレタ私達ニ出来ルコトハ、自分ヲ憎マズ愛スルコトヨ。秘メ隠ス本当ノ体ガ醜ククテモネ」
「夢衣は可愛いよ。サラサラの髪にピンクのドレス。ボクは思ってた、琉架にも明るいドレスが似合うのにって」
「君ハ本当ニ、琉架ガ大好キナノネ」
コクリとぬいぐるみがうなづいた。
私達の世界に帰ったら、名前をつけてあげなくちゃ。どんな名前かはみんなで話し合ってから決める。
「ミルクティーを飲ませてくれたひかりも好き。夢衣もお爺さんも、みんなが好きだよ」
「誰か飲み物のおかわりは? 夢衣だけじゃつまらないな。君……翔琉だったっけ?」
「なっ何?」
「ティーカップ空っぽ、おかわりはいらないの?」
「それじゃあ、ミルクティーを。ひかりは? 麻斗はいらないの?」
「翔琉、僕には聞かないのか?」
「君は僕と同じ、日本茶のおかわりだ。約束どおりシルクハットをプレゼントしなくてはね。店を出る前に持っていけばいい」
ガラスのポットから注がれていくおかわり。
飲み終えた黒神さんの『私モ』のひとことに翔琉君が目を丸くした。翔琉君より少し小さな少女人形、それなのに3杯目だなんて。
「ひかり、ちょっといい?」
立ち上がるなり、耳元に顔を近づけた翔琉君。
「ここに来てよかったよ」
耳元で囁いた。
「闇が臆病だなんて考えもしなかった。漆黒の化け物、これからは怖がらなくてもいいんだね。僕は運命に逆らえるんだ。人を……襲わなくても怒られない。そうだよね? ひかり」
ぬいぐるみが私達を見上げ、黒神さんの笑う声が響く。黒神さんには翔琉君の考えがお見通し。私と翔琉君の内緒話とはいかなかったけど。
「うん、誰も怒らないよ。餓鬼以外はね」
「そうだった、僕が喰った人の魂。あいつらのご馳走だったけ」
困ったように私を見る翔琉君。
少しの沈黙のあと『まぁ、いいか』と呟いた。
「あいつらのご馳走は揚羽に準備してもらおう。手の上からなんだって出せるんだから」
「なんの話をしてるんだ? 僕の手を道具みたいに」
呆れ気味な揚羽さんを見て、翔琉君はクスクスと笑った。
「これからは色々なイベントをやっていこうか。ひかりが言ったことやみんなが思いついたこと。麻斗はどう思う?」
麻斗さんはうなづいた。
私達に向けられた笑顔。それは父親のような穏やかさ。
私達を包む家族のような空気感。
それは、私の中に息づく琉架が感じさせる
私は私なんだから。
「時雨さん、また遊びに来てもいいですか?」
「何度でも来ればいい。みんなが喜ぶ、僕も僕の中の愁も。夢衣が遊びに行くのは構わないかい? 君達の世界に」
「いいよ」
翔琉君がうなづいた。
「イベントは大勢いれば楽しくなるからね。お爺さんもポットも遊びに来てよ。あの子も……名前なんだっけ、おっきな卵のお化け」
ゴトンッ‼︎
大きな音と揺れ。
私達の前に現れたおっきな卵。
「ボクはゴン太。忘れないようにもう1度言うよ? ゴン太だよ、お客様のお名前は?」
「か……翔琉だけど」
揚羽さんの笑い声が室内に響く。
驚いたな、地獄耳は揚羽さんだけじゃなかった。
それに、今のって瞬間移動?
すごいんだな、おっきな卵ってば。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます