第9話 エスタスと夏那

 

 何処だろう此処は……。

 濃ゆい霧で数センチ先すら見えない状態で手探りで歩いていると、スネを思いっきり強打してしまい、その場で崩れ落ち転げ回る。


「うぅ……うぉぉおぉおおおお!!脚が……あしがぁあああ!!」


 そして転げ回っている頭を何かの角で思いっきりめり込ませる。


「ぬぉぉぉおおお!!鼻がぁぁ何なんだよぉぉおお!!一体ぃいいいい!!」


 その場にうずくまり悲痛な叫びのみが霧の中で響く。



 数分して痛みが引き、私がぶつかった忌々しい物の形を手で探ると四角い板に足が四本……多分テーブルだろう……いや、テーブルであっていた。それを認識した瞬間にそれにかかっていた霧が晴れそれが目の前に現れた。

 それは子供時代に使っていたテーブルだった。傷の付き方に貼られたシール達、どれも古い記憶の中と合致していた。

 懐かしさを感じつつも、足をぶつけた方も確認していると霧が晴れ、それも私の前に姿を見せた。


「うっわ!?懐かしすぎるでしょ二段ベッドだ……てかさっきの机といいこのベッドといいもしかしてここって私たちの部屋?」


 それなんだと思ったせいであろうか一瞬だけ風が吹くと同時にあたりの霧が一気に晴れると子供の頃の部屋が現れた。



 ベッドの柄からカーペット、棚に置かれてる物からありとあらゆる物が、記憶の通りにある。

 ……というか記憶のまますぎる何なんだこれは。

 棚にある本を、一冊だけ取りパラパラとめくると、要所要所は読めるが細かい所はぼやけていて、読むことすら困難であった。


「流石に、細かくは覚えてないよね?だったら読めないのは仕方ないよ」


「……??」


「画面越しじゃないのは初めましてだね」


 私の姿をした誰かが目の前に現れる。

 そう……私の姿だ。それも今ではない方の姿でだ。


「そうだね、初めまして……エスタスちゃん?でいいのかな」


「意外と驚かないね?もっとわーっ!!とかきゃーっ!!とかないんだね」


「既に色々とおかしな事ばかりだしね」


 それを聞くと、どこか不満そうに笑いながらベッドに座り込むと、どこからかリモコンを取り出しテレビをつける。

 最初は何が映ったのかは分からなかったが、ただそこには何かの巨体が映り込んでいた。


「あら……あれはヤバいねまぁあの二人はとりあえず殺されはしないだろうけど」


「あれは何?」


「そんなの気にしないでそれより今はこっちの事ね。君の今の身体に染み付いている職業は?」


「え……なんだろう」


 急な話題な変更に驚く。

 必死に考えるが分からないというより知らない?

 どうもこの身体についてだけ何も頭に浮かばない。

 エスタスとしての事が何も分からない、知っているのはただゲーム内で、公開されている種族としての特徴のみただそれだけだ。


「やっぱり記憶の定着はしてないんだね」


「記憶……?」


「そ、私は今までなんだった?ゲームの住人だったでしょ?だからあるのは蓄積されたデータのみ器なんてものは君が使ってたパソコンだったんだけど……何でこんな事になってるの?」


「いやいやいや……そっちが連れてきたんじゃないの!?」


 彼女は、手を振り否定する。


「あのね〜私だって混乱してるの!!ただでさえ人格の主導権は君にあって肉体はあるはずのない私の身体になっているんだよ?」


「人格の主導権って……別に欲しいならあげるよ?」


「それは無理だと思う私は元はただのデータだからね。エスタスとして受肉してるのは、君の夏那の肉体が元になってるのそれで魂の結びつきなのかな?それもあって主人格は君にある」


「う〜むなるほど……ね?まぁなんとなくは分かったよじゃぁ記憶がどうとかは?」


「自分の記憶はあるんだよね?」


 それはもちろんだと頷く。


「まだ私達は混ざってないからね完全には、個人の記憶を取り込むって色々と制約がかかってるみたいでね、ほら手だして」


 不思議に思いながらも手を出すと、彼女は急に自分の胸に手を突っ込みだすと何かを探るかのようにまさぐっている。


「…………私の見た目をしててそんな声を出すんじゃない」


「んっ……はぁ、仕方ないでしょ……お、これだ!!」


 どこか艶めかしい声を出しながら、身体の中から謎めいた光体を取り出し、差し出してくる。


「これは……」


「持ったらわかるよ」


 恐る恐るそれを手に取ると、瞬間何かが身体に入り込んでくる。生まれから今に至るまでの記憶だろうか?普通の家庭で生まれ成長し結婚してそして……。


「いや、おかしいでしょ!?何なのこれ!!生まれの記憶で良いんだろうけど……おかしいよね?」


「まぁね、あるはずのないデータなんだよね私だって知らない……けど確かに私の魂の情報にはあり、そして今君も知った」


「人生で1番今がわっけわかんない……貴女も私も知らない記憶って」


 馬鹿げた話だ。

 ただでさえ今の状況ですら馬鹿げているのに更におかしな事に、エスタスとしての生涯すらあるんだから……。

 エスタスは、ただのゲームのキャラクターであって存在は本来しない、それは目の前の彼女自身がそう言っただけどこれは、確かにどこかで生きてきた証な気がして仕方がない。



 そして、もうここまで来てしまうと考える事すら放棄してしまいそうになる。


「だるい……頭痛くなって気がしてきた一度に色々と起こりすぎて」


「第一私今どうなってるの?死んだの?ならこう考えてても、もう仕方ないよね!?」


 あまりの事でイライラしだすとそれに反応してかさっきから尻尾をバンバンと音を立てながらベッドを叩いている。


「死んでない死んでない。いや、死んでるけど死んでない」


「今は身体の再生に時間食ってるから、もう少ししたら目も覚めるから今はお話しよっか」


 イライラしてても、彼女を睨みつけても仕方がないだろう。

 彼女自身分かってない事もありそうだし。


「とりあえずさっきまでの事は記憶の片隅のでも入れてると良いから」


「情報少ないのに……持ってても意味無い気がする……」


「そうだねだからこの世界を見て回るといいかもそうすれば何か情報が入ると思う」


 確かにそれもそうだ、情報がないのであれば探せば良いのか、あまりに単純な事で頭から抜けていた。

 しかし、それをするには問題がある気がする。


「それには賛成だけど……私旅なんてしたことないよ??それに魔物だって出るって聞いたし」


「そこは問題ないさ!!私のデータを君にあげよう。ありとあらゆる知識が道具が、私の中には眠っている。現状、表に出れない私が、持っていても意味の無い代物だからね、勿体ない。だったら私の半身である君に全てを託すのが一番でしょ?」


「確かにそれは嬉しい……けど、危険じゃないの?私に全てを託すって、貴女はどうなるの?消えたりはしないの?」


「消えはしない、魂の情報を自身から抜くというより、コピペに近いね。私から君えと、だから君が起きても私は、ここで外の世界を見ているし、場合によっては話すことだって可能だよ……多分」


 多分って言ったぞ。確証はないと言う事か。


「分かった……とりあえず今はそれで良いよ」


「よし!!では契約は成立された」


 彼女はそう言うと、勢いよく手を身体にぶち込み、そしてバカでかい光体を引っこ抜くと、それを小さくちいさくと圧縮し小さな飴玉みたいにあったそそれを私に差し出す。


「それには君が苦労して育てたゲーム内でのエスタスとそてのデータが全て入っている。あらゆる職業の経験、それに幾万の道具と武器。そしてそれにおまけして存在しえないエスタスとしての情報もまとめてある」


 そんな物が渡されるが先程みたいに身体に吸収される感じはしない。

 どうしてだろうと手をこまねいていると。


「いやいやさっきのと違ってこれは塊だからね飲み込んでそのまま」


「まじで?」


「まじで」


「うぅ〜……ここに来てまさかの訳の分からない物を飲み込むとは……」


 意を決して口に入れ、数秒だけ口の中で転がす。

 味はしないみたいだ。溶けもしない味もしないとは……奇妙すぎるが、このままでは前に進まない。

 意を決して勢いよく飲み込む。


 ゴックン


 そんな音が聞こえると同時に視界が霧がかってくる。


「待ってまって前が見えない!」


「時間だね身体の修復がやっと終わったみたいだよあの子が回復魔法使える子で良かったね」


「そうそう多分目の前にヤバいの居ると思うけど君の子だからね怖がらないであげてね」


 それは、一体どういうことだ?

 そう言いかける頃には全てが霧に包まれそして何も見えなくなった。

 しかし不安な感じは一切しない、むしろ歩くことを勧められてるそんな気さえする。



 1歩1歩と前に進むにつれ、頭の中の色んな記憶が流れ込んでくる。

 どれも本来なら覚えていて当たり前と思う程に記憶に定着していく。そして長いこと記憶を入れていき、全ての記憶を定着したとわかると目の前に扉が現れる。


 そしてそれを、勢いよく開けると……。




 声が聞こえる……イリスと精霊樹の声だ。

 いや、これはそれだけでは無い……数多の叫び声や怒号が頭に入ってくる。

 それにこの声は誰だものすごく近いが……誰に喧嘩を売っているのか?


 ゆっくりと目を開けると、目の前には白い巨体のみが映り込んでいた。

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