第37話 竜娘、まじ病むムリ

 


 …………んん。

 時間を見ようとつい癖で携帯を探すも途中で無い事を思い出す。

 あぁ、違ったここは異世界だった。

 携帯を探していた手が無惨にも力尽きふかふかのベッドを堪能する。

 仕方ない……と壁掛け時計を確認しようとするも身体が自由に動かない。

 知ってた。分かってた事だろう自分。

 重い瞼を開け光が差し込むかと思いきや未だに視界は真っ暗。

 最初は二人別々のベッドで寝てるのだが朝になると何故かイリスがこちらのベッドに入り込んで来てそして何故か私を抱き枕にするのだ。

 初めは驚きもしたし注意もしたのだが……。結局治らずじまいである。

 そういえば一番最初に会った次の日も抱き枕にされてたけどもしかして癖だろうか??抱き枕が無いと寝れない的な。でも夜とかは私より早く寝付くから違う気がするなぁ。


 まぁでも良いか……。

 正直戸惑いはしたけど女性の身体ってえらく抱き心地が良いのよね。今まで体験した事が無かったから知らなかったわ。

 ……ゲスい話だけどそりゃ世の男達が女を抱きたいって気持ち分からなくもないわね。


 あぁそれよりもダメだ。気持ちよすぎて二度寝をしてしまいそうだ……。

 睡魔がもう一度襲いかかる中どうにか耐えるも気持ちよさと睡魔の攻撃により負けそうになって意識を手放しかけてるとふいに扉をノックする音と同時に一気に意識が夢現から現実えと戻される。

 ゆっくりと起こさないように抱き枕状態から脱却し忍び足で扉まで進みゆっくりと開ける。


「おはようございますお客様。朝食の時間ですが今からお持ちしてもよろしいでしょうか??」


 一瞬悩む。

 イリスがまだ寝てるんだよなぁでもかと言ってまた別に持ってこさせるのも悪い気がするし別に良いかな。


「おはようございます。大丈夫ですよお願いします」


 従業員は頭を軽く下げると扉を閉める。そしてパタパタと足音が遠ざかって行く。

 さてと、起こしますか。




 大きな欠伸をする。

 しかしそこは私の膝の上だ。君はネコ科か何かなのか??


 声を掛ければ普通に起きてくれるのだが……。

 私の身体をガッチリホールドしてきては毎回膝の上に身体を乗せてくるのだ。


「……その体勢疲れない??」


「腰痛いです……」


 それじゃ起きなっせと背中をぽんぽんと叩く。と名残惜しそうに離れベッドの上に座り込み身体を伸ばす。


「とりあえずもうそろそろ朝食来るから顔洗っておいで」


「う〜ん。行ってくる……」


 そう言ってふらふらとおぼつかない足取りで手洗い場に向かう。そうして彼女が手洗い場に向かい数分後扉がノックされる。


 返事をする。

 すると扉が開き朝食が運び込まれる。次々と並べられていると手洗い場からイリスが戻ってくる。


「あ。おはようございます」


「おはようございます。お客様」


 従業員さんの爽やかな挨拶をしながらもテキパキと仕事を済ませる様を眺めているといつの間にか全ての朝食がセットされすぐさま別の部屋えと消えていった。


「それじゃ食べようか」


「は〜い」


 互いに椅子に座り手を合わせる。


「「いただきます」」



 互いに他愛のない会話をしながら食事をしていくとイリスから質問される。


「そういえば今日はどうするの?」


「ん〜知り合いに挨拶してから明日の準備かな」


「……そうだよね」


「名残惜しそうな感じだね」


「……そうなんだよぉ。意外とここのベッドが気持ちよすぎて出たくないんだよぉ」


 ……違うんだろうな。多分。と思いはするがいささか自意識過剰だろうか……。


「イリスこそどうするの今日は?」


「私ね〜。正直これといってする事ないのよね」


「……そう。もしよかったらだけど付いてくる??」


 その提案が意外だったのか食事していた手が口に運ぶ途中で止まった。


「……意外。そっちからそんな提案されるとは思わなかったよ」


「そうかな。……いや、そうかも??」


 確かにこの数日間で私から誘った事はなかった。イリスが付いて行きたいと提案されそれを私が了承するってのが普通だった。


「……で、どうする??来る??」


「行くいく。そうと決まればこんなゆっくり食っていられないよ!!」


「そんなにかい!?」


「そんなにだよ!!」


 あまりにもの興奮に苦笑してしまうと同時に一緒に行動したいと思ってくれた事に嬉しさがこみ上げてくる。


 ……あぁ。ここでお別れが名残惜しいなぁ。


 パパっと朝食を済ませ二人とも動きやすい格好に着替えると仲良く宿屋を飛び出していく。


「最初は何処に行くの?」


「一番遠い所からかな」


 そう言って海の方に歩み始める。

 楽しく会話をしながら時折気になったお店があれば立ち寄ったりと時間をかけながらも目的地に近付いていく。


「ん!!美味い」


「ん〜。コリコリ感が好きかもしれない」


「食べた事無い感じ??」


 所謂クラゲアイスを美味しそうに頬張るイリス。


「そうだね。元々陸地側に海の幸自体あまり出回らないってのもあるけどここ自体あまり来たことなかったからね」


「にゃるほど。やっぱ海の幸は珍しいの?」


「運搬に掛かるコストとか考えるとどうしても……ね。陸地側でここら辺の物を食べようとすればかなりの贅沢だね」


「は〜そこまでなんだ」


「……う〜ん。しかし定期的に来たくなるなぁこれは」


 美味しそうにアイスを頬張りながらイリスがそう呟く。

 ……しかし意外だ。そういった技術とかは進展していないんだな。というよりわざとかな?俗に言う世界観は大事と言うやつだろう。

 まぁたしかに魔法あるのに変に化学に寄ってるとせっかくの魔法の影が薄くなりそうなのは同意かな。


 そうして雑談を交えながら進んでいると元より濃かった海の匂いがますます強くなり景色も一変する。

 筋骨隆々のマッチョメン達が忙しそうに行ったり来たりしながら魚を運び出したりしている。


「さて……と何処にいるかな」


 あれは他よりデカいし何よりステータスの力で他より多く荷物を持ってそうだから意外とすぐに……あ、居たわ。


「……目立ちすぎだろあれは」


「……探してたのってあの人?」


「そうだよ」


「あれってオークの血縁とかじゃないんだよね」


「あ〜違った様な??確か普通の人だったような」


 少々驚いたイリスの手を引きながら人混みを通り抜けながら蟹丸に近寄る。


「おーい!!蟹丸」


 手を振りながら声を掛けるとそれに気づいたのか両手で持っていた荷物を片手で支え挨拶を返してくる。


「どうした。急に来るなんて……。っておっとそちらさんは?」


「友人のイリスだよ。目覚めて最初にあった人」


「え、えっとその初めましてイリスです……」


「おう!!よろしくな!!」


 ずいっと遠慮なく蟹丸が手を出す。そしてイリスがその手を恐る恐ると握り返す。


「大丈夫だよ。見た目デカいだけの奴だから」


「おっと悪いな嬢ちゃん怖がらせてしまったか?」


「……いえそんな事は」


「気にすんな気にすんな。初対面の人みんな同じ反応だから」


 イリスが申し訳なさそうにするのを蟹丸が豪快にそう笑い捨てる。そしてとりあえず荷物を置きに行く途中だった為歩きながら話を続ける。


「それで本当にどうした?急に」


「実は明日この街を出るからその挨拶をしにね」


「なんだ。えらい急だな」


「そんな事ないよ。元々一週間ぐらいって決めてたしね」


「そうかなら仕方ないな。それでこれから何処向かうんだ??」


「とりあえずは身分証発行できる場所かな。……ったく何でこの街じゃ出来ないんだよ」


 本当にめんどくさい……。


「仕方ねぇよ。ここは色んな国の人間が来るからな」


 別に身分証なんてどこで発行しようが同じだろうに……ただの紙切れでしょ。全く……。


「しかしこうも急にだと送別会も出来んな」


「いいよ別に今生の別れって訳でもないでしょ」


「まぁそれもそうだな。それに年一のアレに参加すれば大体の奴に会えるしな」


「そういうことよ。まぁ私はその年一の奴の参加方法知らないけど」


「そこは大丈夫。アーサー達というかお前さんらのクランのメンバーと交流ある奴と一緒にいればいい。そうすれば迎えが来るから」


「そんな都合よくその時に一緒に居ることなんてある〜??」


「それはもう運次第としか」


 ……なんて投げやりな。


「まぁ最悪あいつの居る場所に直接向かうよ」


「確かにそれが一番手っ取り早いな」


「ふぅ。さて……と」


 荷物を置き隅の方で会話していたのだが流石に長時間のサボりをする訳にもいかないのだろう。

 蟹丸が面倒くさそうに立ち上がる。


「そろそろ戻るわ」


「ん。悪いね急に」


「ええよ。次会った時は旅の話でも聞かせてくれよな」


「了解」


 軽く挨拶した後蟹丸を見送り私達も邪魔にならない様に足早でその場から移動し次の目的地に向かう。



「……ごめん」


「え!?どうしたの急に」


 不意の謝罪にイリスが困惑する。


「……いや。だって二人だけで盛り上がってたから」


「あ、あぁ〜!!良いよ気にしないで。そんな事より私は気になる事があります!!」


「え〜と何かな?答えられるなら……」


 そうして聞かれたことは……。

 アーサーとの関係と年一のアレは何かという事だった。

 一瞬なぜアーサーの事を思ったが……あぁそういえばあいつ伝説に分類される側だった事を思い出した。

 さて説明するにしてもどうやって説明するべきだろう??

 とりあえず悩みはするもとりあえずの出会いの話をしてみる。

 たまたま街中で出会って〜たまたま息が合って〜そのまま一緒に行動するようになって〜そのままノリでクラン作ろうぜってなった位でこれと言って目新しいものは何も無いんだよね。


「───という感じだけどどうだったかな?」


「う、う〜ん。仲が良いってのは分かったと同時に聞いてた伝説とかの話が嘘みたいに聞こえてきた……」


「あれはだいぶ適当人間だよ。その場のノリと勢いで生きてる人間だよ」


「あぁ〜駄目駄目!!それ以上は言わないで……その理想像とのギャップで幻滅しそう」


「……どれだけ美化されてるんだ彼奴は」


「そりゃそうだよ!!どの種族からでもあそこまで尊敬された人物はいないよ」


 そこから始まるのはイリスによるアーサーが起こした伝説や逸話を自分が話した内容を記憶から打ち消すかのように熱弁されるのである……。



 うへぇ〜……。

 聞けば聞くほど胸焼けするぐらいに美化されてて気持ち悪い。多分これは話を聞いた人やそれ見ていた人が後世の人達が幻滅しないようにと相当悩んで話を作ったんだろうなぁ。


「わかった君達が彼がすごい好きなのは分かったから……やめて頂戴。私が知ってる彼奴と君達の知ってる彼奴との差で風邪ひきそう……」


「わかったけどまだまだいっぱいあるんだからね今度どっかでちゃんと調べてね」


「……わかったよ」


「それじゃ二個目の年一のアレってのは??」


「あ〜それは年一にアーサーの所で集まるんだってさ」


「……ん?」


「いやだから……」


「いやわかってる聞こえてる。……ん????いやだって……え???」


「生きてるんだってさ〜不思議だよねかなり古くから生きてるのに」


「あ……あ、会いたい!!」


 思いっきり肩を掴まれる。


「そこまで??」


「そこまでだよ!!」


「ん〜。だったらその時まで行動一緒にする??」


 思いがけないチャンスがきた。

 ……どう答えてくれるだろうか。ここでもし断られても納得するしかないけど。


「……え」


 おっと……。どっちだろうこの反応は。


「えっと……。ごめんなさい。ちょっと急な提案すぎて今すぐには答えられないかも」


 まぁそりゃそうだよね。ちょっと急ぎすぎたかもしれない。


「……大丈夫だよ。気にしないで私もちょっと急すぎたと思ってるから」


「まぁとりあえず次の目的地にGOだ」


「う、うん」


 互いに気にしないようにしながらもその後はアーサーに関する会話をしなくなりながらも次に向かう。





 本当に……急すぎて曖昧にしてしまった。

 一緒に行動できるならしたい……けど私は邪魔にならないだろうか。

 古代人……みんながみんな総じて化け物という事しか知らなかった。そうそう会える人達じゃなく出てくる噂といえばやれ単独で軍隊を滅ぼしたやらやれ国を滅ぼした等の物騒な事ばかり聞かされる。そんなものを聞かされれば誰だって古代人=化け物と紐付けしてしまう。

 そんな私もそうだった。

 しかし蓋を開けてみればなんて事ないただの人間だったではないか。

 噂というものは所詮噂なのかもしれない……。

 目の前にいる彼女は感情豊かでどこにでもいる少女らしい少女をしている。

 話せば話すほど忘れてしまう……。


「ごめんなさい。ちょっと一人になっても良い??」


 目的地に着き彼女が何かを探しているのを遮りそう言う。

 彼女自身もそう言われるとは全く思っておらず驚いた感じに目をかっぴらいて固まっているがすぐにいつもの感じに戻る。


「……そう。あんまり遅くならないでね。もし何かあったら宿屋に言伝してね」


「うん。本当にごめんなさい」


 彼女が首を横に振る。


「大丈夫。謝らないで気にしてないから……」


 そんな彼女の言葉に感謝をしながら私は建物を後にし街中にえと紛れて自分の気持ちを整理する事にした。





 ……やっぱ無理かなこれは急すぎたかもしれない。

 大きなため息がこぼれる。

 気分がガタ落ちした中とりあえず天城と会うが……。


「えっと……。どうしました。そんなに落ち込んで」


 そこまで目に見えて落ち込んで見えるのか……。


「いやちょっとね……」


「そうですか。まぁ深く詮索はしませんよ。それでどうしたんです急に」


「あぁ。実は……」


 そこからはほぼ蟹丸と同様のやり取りをした。

 しかし私個人正直今はそんな事はどうでもいい。重要な事では無いのだ。

 天城との会話も頭にほとんど入らずずっと上の空状態。


「……聞いてます??」


「聞いてない……」


 でっかいため息がとなりから聞こえる。


「めんどくさいんで戻っていいですか??」


 無下にされるちそれはそれで悲しいので仕方なく何があったかを語る。


「ふ〜ん。とりあえず待ってみたらどうです?こればっかしは時間が解決してくれるのを待たないとですよ。そこで断られたら断られたらで仕方ないと割り切らないと」


「……ですよね〜」


「はぁ……。まじむり病む。帰ってふて寝しよ……」


「そうしてるといいですよ。起きたら戻ってきてるかもしれませんよ」


「それじゃ、バイバイ」


「気をつけて下さいよ」


 天城に見送られながら帰路につく。

 フラフラしながらどうにか宿屋にたどり着き泊まってる部屋の前で止まる。


 ……案外戻ってきてるかもしれない。

 そんな期待をしながら扉を開けるもそこには誰もいない。


 ……ですよねぇ。……はぁ寝よ。

 頭からベッドにダイブをし嫌な現実から目を背けるかのように瞼を閉じるのであった。


 そして結局イリスはその日は帰ってくる事はなかった。

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