第5話 レトナーク、散策

 

 2階から降りるなり声を掛けられる。


「あら、あらあらあら!!その娘起きたのね〜」


 何処かおっとりとした感じの声がこちらに向けられた。それは、どこか落ち着きを与えるようなそんな声色をしており、どこからかと私が辺りを見渡していると。


「こっちよ〜お嬢さん昨日は、よく眠れたかしら〜?」


 受付場を挟んだ壁から、手だけを出してヒラヒラと挨拶をしてきた、そして何かを置くような音をしたと思うと声の主はすぐさま姿を現した。

 その姿は、まるでお母さんと言わんばかりの慈愛そのものを体現したかのような人だった。


「初めまして〜あらあら、髪がボサボサよ、こっちいらっしゃい」


「うぇ!?え、えっと……」


「あらあら、緊張してるのかしら〜 イリスちゃ〜ん、おねが〜い」


「は〜い」


 急な言葉に脳の処理が終わる前に手を繋いでたイリスに急に食事場みたいな所に運ばれ、そして座らせられた場所は、見知らぬ人の膝の上で、その人は何処からか櫛を取り出し私の髪をとかしだした。

 そしてイリスは私を置いて行くと、女性と何か話をするとそのまま何処かに消えていった。


「えっと……」


「あら〜自己紹介がまだだったわね。私はカナエって言うけど皆からはお母さんって呼ばれてるわ〜」


「あ、えっと、私は、エスタスと言います」


「エスタスちゃんね〜宜しくね〜」


「えっと、もしかしてですがここの店主?と見てよろしいですか?」


「あらあら〜、随分堅いわね〜そんなかしこまらなくても良いわよ〜」

「そうね〜ここ宿屋【精霊の眠り籠】の店主で間違いないわ〜」


【精霊の眠り籠】聞いた事ない宿屋だ。しかし今はそれはどうでもいい。

 それを聞いて、すぐさま立ち上がろうとしたが、それをこの人が許さなかった。

 抑える力が果てしなく強くピクリともしない。

 仕方なくこのまま……。


「それでしたらありがとうございます。私は昨日の記憶がないのですが、ここに居るって事は、宿泊を許可して下さったって事ですよね?」


「あらあらこれはご丁寧に、別に良いのよ〜ただ急にイリスちゃんが抱っこして連れてくるもんだから、ビックリしたわ〜」


 顔は見えないけど常ににこやかな顔で喋っているであろう彼女のその一言に動揺する。


「え……抱っこって……「お待たせ〜!!ご飯持ってきたよー!!」


 割り込むかのようにイリスがお皿を器用に運び、机に食事を置いていき、カナエさんも流石に邪魔になるからと、ようやく離し私はそのまま隣に座り、そして目の前の美味そうなご飯を見て思い出した。

 2、3日食ってないことを肉体的には空腹感はそこまでないが、精神的にものすごくお腹が減っている事を。

 二人の顔を見ると、「どうぞ、どうぞ」と視線が言うので。


「いただきます……」


 ゆっくりと一口ひとくち、口に運んでいく。

 熱いけど、ものすごく旨い……久しぶりの食事だからなのか、それとも生きてると実感できたからなのか分からない、しかし気づいたら涙が溢れ出していた。


「あ、あれ?なんで……別にそんな……」


 その瞬間、カナエさんに頭を撫でられる。


「……貴女に何が合ったかは知らないわでも涙が出るって事はそれだけ心が消耗してるって事なのよ」


「今は、泣ける内は思う存分泣いておくと良いよ落ち着くからね」


 二人に言われ、泣きじゃくりながら頷きご飯を食べその間二人は何も聞かずにただそれを静観してくれた。

 流石に食べ終わる頃には泣き止む。


「落ち着いたかしら〜?あらあらそんなに擦っちゃダメよ腫れちゃうわ待っててね」


 カナエさんはそういうと奥の方に消えていくが、すぐさま手に何かを持って戻ってくる。


「ほら、これで押さえておくと良いわ」


 濡れたハンカチを渡され、言われるがままに目元にあてがう。

 気持ちいい……熱がどんどんと冷まされるのがわかる。

 ようやく落ち着きを取り戻すと同時にカナエさんから提案が出される。


「とりあえずここに泊まると良いわ〜もちろんお金の事は気しないでね〜全部イリスちゃんに請求するから〜」


「うぇ!?」


「流石にそこまで世話になるなんて出来ませんお金ももちろん払いますので」


「でも、持ってるの?」


 うぐっ……それを言われると、何も言えなくなり口をもごもごさせる。

 確かに、今は無一文だ。しかしここで甘えるのは良いのだろうか?

 確実に、容姿も絡んでそうだがしかし……。

 こんな時大倉庫とかがあればどんだけ良かったか。

 あそこには、貯金や沢山の荷物などがあるのだから、それら出し方分かれば一番なんだけど、そんなものがあるか二人にそれとなく聞いてみるが……。


「ん〜そうね〜魔法の鞄とかなら流通してるわね一人一個で普通にあるわよ」


「でも、聞く感じそれじゃないんだよね?」


「はい!そうですね言うなら別空間に荷物を置いておくみたいな感じなんですけど……ごめんなさい実は私も、詳しい事は分からないんです。」


「だったらちょっと分からないわ ごめんなさいね力になれなくて」


「……そうですか いえ、大丈夫です ありがとうございます」


 やはり、知らないか。

 単純に希少なのか、それとも本当に存在しないスキルなのかまでは分からないが、確証を得たわけではない希望はまだあるとみていいだろう。

 それに……もしかしたら皆だってこっちに来てる可能性だってあるのだから。


「ねぇねぇ、エスタスちゃん急だけど外行ってみない?何を悩んでるか分からないけど、気分転換も大事だよ」


「難しい顔をしてるものね〜ここは基本外の光で明るくて物事考えるには良いけど、やっぱり室内だからね〜思考が凝り固まっちゃうわ」


「……そうですね、少し外歩いてみようと思います」


 お皿を下げ、食事のお礼を言いそのまま外に出ようとすると


「待って待って!!?一人で行くの?ここ、初めてよね地理分かるの??」


「えっと……」


 どうしよう……正直、開拓時から完成の時までずっとやってて更には、SSスクリーンショットで練り歩いてるから分からないなんて事はないんだが……。

 ここは、正直に言うべきかしかしそれだと確実に怪しまれないだろうか……。


「そうですね……分からないですねごめんなさい少しボーッとしてたみたいです。もし良ければ案内してくれませんか?イリスさん」


 結局、嘘をつくことにした。変に怪しまれるよりは良いだろう。

 そしてイリスは一緒に行く事を快く承諾すると、カナエさんに二人で外に出ることを伝えると、何故か私の手を繋ぎ宿屋の扉を開け、視界に広がるのは知らない景色となったレトナークであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る