第37話 命のキラメキ
レシーブについたソルトは、ガーディアンがこれまでと違う雰囲気をまとったことに感づいた。
その顔つきは凛として高貴で、光り輝くように。
そしてピンポン玉が投げ上げられる……二メートル……三メートル……高く、高く、この手法は――
(王子サーブ!?)
放たれた
得点を決めたガーディアンの横顔は、異国のプリンスのように光を放っていた。
王子サーブ!
高く投げ上げられた玉をしゃがみ込みながら打つその技法は、発祥が大阪の王子卓球センターであることが名前の由来でありいわゆるプリンスとは関係がない。
屈伸力を活かした非常に高威力な回転サーブを出せるのが持ち味で、日本人プロ選手の中にもこの技が代名詞とされた人物がいる。
なおこの技の披露後、ガーディアンにモテ期が到来し来年度のバレンタインチョコレート獲得数が跳ね上がり、九十九未来学園や炎陽高校の男子卓球部員らは王子サーブの修得に躍起になるが、この試合の結果とはなんの関係もない!
(ここに来て新技かよ、アホじゃねぇか……!?)
毒づくのもそこそこに、ソルトは構える。新しい技が来るなら、改めて対応するだけだ。
続いてまた王子サーブ! 回転を見極め、ソルトはガーディアンの正面へ打ち返す。打った後のスキの大きさがこのサーブの弱点だ。
そこに割り込むヒメ!
「きィッ!」
光から闇へ、即座の切り替え。暗黒の殺人打球がねじ込まれた。
(チッ! ヒメさんの小柄さと足運びで、弱点はカバーできるか。
マジでしゃらくせぇことやってくるな!)
ペッパーと目配せする。やることは変わらない。
全力でぶつかるだけだ。
(サーブ権は八回に二回、ひとつ新しいサーブが来たくらいなら問題ねぇ!
現に二ゲーム取れたんだ! 勝てねぇ相手じゃねぇんだ!
なのに、クソッ! 底が見えねぇ!)
打ち合いの中、ガーディアンは白い汗を輝かせ、それ以上に瞳がきらめく。
光の中で、打っている。
(ああ、ずっと卓球を続けてきたのに、こんな感覚、初めてだなあ。
もっと技を試したい。リスクを恐れずにもっと踏み込みたい。
卓球って、こんなに、楽しいんだ……!)
まばゆい輝きを放ちながら次々と技が繰り出される!
その光の存在感の隙間をぬって、ヒメの真っ黒い瘴気の弾丸が飛び出す!
(こんなに楽しそうなガーちゃんの邪魔はさせない!
死よ! あたしを食おうとする死神よ!
残念だったわね、ガーちゃんの光の中にいる限り、あたしが死ぬことは、絶対にない!)
猛攻を、ソルトとペッパーはしのぐ。踏ん張る。
体が燃えるように熱い。それは空調が追いつかず室温と湿度が上昇しているせいもあるのだが、それに気づくには自分たちが熱くなりすぎている。
(リスク度外視でキツイ技を出してきやがる!
このゲーム落としたら敗北確定なのに正気か!?)
(ボクたちの技術でさばききれていない!
厳しすぎる玉だから自滅したっていいハズなのに、驚くほど精度が高い!
一瞬とは……いったいいつまでだ!?)
得点、七対二! ヒメ・ガーディアンペアの圧倒的リード!
(チクショウ、まだ、ここを落としても、最終ゲームがあるんだ……!
相手の集中が切れるのを期待して、ここは退くっつー選択肢は――)
ソルトの目が見開かれる。
(――あるワケねぇだろッ!!)
姿勢が崩れるのも構わずガーディアンの閃光的回転打球に飛びつく!
きちんとラケットを合わせられず、打球は指を直撃した!
「ぐッ……!」
顔をしかめる。構わず振り抜く。
イレギュラーヒットした玉は予測不能な飛び方をし、相手コートに入って得点となった。
熱い息を吐きながら、ソルトはヒメらに左手を上げ、謝罪の意思表示をした。
ルール上、手首より先の体に当たった返球は有効打である。
ネットインやエッジボールと同様、イレギュラーヒットによる得点は謝るのがマナーとされている。
「ソルト、大丈夫か?」
「平気の平左だ」
ペッパーの問いかけに、ソルトは口角を上げてみせた。
爪に当たったか、痛みが残る。わざわざ言いはしない。ラッキーヒットだが、得点した勢いを止めたくはないからだ。
打ち合う。打ち合う!
(そうだ、止まりはしねぇよ。
命を燃やすくらいに、もっと強く、打ち続けてやる!)
体が熱い。血潮が燃える。
冷たすぎて火傷をする金属の塊のように、気迫で玉を打ち出す。
真っ白いピンポン玉が、赤熱する、赤く染まる――違う――ヒメは目を見開いた。
血だ。血の嵐。ソルトの指から出血している。赤く渦を巻く!
ヒメ、ラケットを振る!
ピンポン玉が到達する、血の嵐も、ほんのわずかな血の雫も引き連れて。
試合の熱気にあてられて、血が固まる、ラケットの表面、鉄の凹凸を作る。
ピンポン玉は回転している、この熱気の中、雪のような冷たい切れ味で!
例えるなら、ドイツの
ピンポン玉はラケットを転がる、血の段差に乗り上げる、予測不能に飛び出す、コントロールするすべもなく、アウトに。
審判が試合を止めた。
出血を伴うケガは、血が止まるまで試合停止だ。
審判がソルトに駆け寄り、ペッパーも心配そうに確かめ、出血は爪の隙間から少し出た程度で、もう止まっていることが確認された。
傷を洗浄して絆創膏が巻かれ、それで処置は完了した。
ラケットについた血を、ヒメは拭き取りながら、呆然とながめた。
血の香りが、鼻腔を刺激した。
それは、命の香り。
(命を懸けて、卓球してるのは……あたしだけじゃ、ないのかも)
観客席。ハカセは眼鏡についた汗を拭き取り、上方に目を向けた。
窓が、そして汗の雲にぼやける照明器具が、小刻みに揺れていた。
嵐の気配。外ではない。屋内に。
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