第3話 激突、ソルトvsペッパー

 さらに何日か過ぎて。


 ソルトは靴に履き替えた。

 今日こそは、ペッパーに邪魔されない昼休みを取るべく、校舎脇、建物とフェンスに挟まれた、ちょっとしたスペースへ。


「やあ、遅かったね、ソルト」


「なんでいるんだよペッパー……」


 当然のように待っているペッパーに、ソルトはうなだれた。

 ペッパーは空を見上げて言った。


「あいにくの天気だ。雨は降らないのは幸いだが、晴れれば気持ちの良いランチタイムになっただろうに」


「そうだな。テメェがいなけりゃとりわけ気持ちよかっただろうな。

 それを言うためにわざわざ先回りしてやがったのか」


「まさか。もっと大事な話がある」


 風が前髪をなびかせる中。

 ペッパーは、ソルトに向き直った。


「ボクも、卓球部を辞めてきた」


「は?」


 ペッパーはあくまで淡々と告げた。


「単純な話さ。

 キミは卓球部に戻る気がない。そしてボクは、キミと卓球がしたい。

 キミが卓球自体をやめるとは言っておらず、ボクもキミと卓球ができるなら卓球部である必要はない。

 ならばボクも卓球部を辞めて、大会は参加できるものに個人でエントリーすればいい。

 これで万事解決さ」


「いやいや」


 ソルトはたまらず歩み寄った。


「万事解決じゃねえだろ、オマエ、本気で言ってるのか」


「本気でないとでも?」


 ソルトは足を止め、息を呑んだ。

 真剣なペッパーの眼差し、あやまたず、ソルトの目を見つめ。

 そして構えられた、ラケット、左手にはピンポン玉、それが真上に上げられ、こんな至近距離で――


「ッ!!」


 打球音と、それから刹那で響き重なる、ピンポン玉をはじく音。

 ソルトは反射的に球を防いでいた。とっさに握った、ラケットで。


「やはりね、ソルト。ラケットを手放してはいなかった。

 当然だ、一度卓球の魅力のろいに取り憑かれた人間が、そう簡単に道具を捨てられるはずがない。

 手放しても手放しても、いつか手元に戻ってきて、卓球の熱を忘れられない。

 キミもそういう人種だろう、ソルト」


 ソルトは、ペッパーをにらみ返した。

 冷や汗を流し、ラケットを強く握りしめながら、うなるように言った。


「テメェと一緒にやってやるなんざ、保証はねえぞ」


「なら、勝負で決めようか。

 一球勝負でいい、キミがボクとダブルスを続けるか、このままずっと決裂とするか。

 卓球選手らしく、卓球で決めよう」


 挑むように、ペッパーは見下ろす視線を、ソルトに投げかけた。

 ソルトは憎々しげな視線を作り、しかし口角は高ぶる戦意を噛み潰し損ねたまま、尋ねた。


「卓球台はどうすんだよ」


「これで充分だろう」


 缶飲料。底面を上にして地面に置く。後退して必要な距離を確保し、学ランを脱ぎ捨てる。

 ソルトは合点し、自身も学ランを脱ぎ捨てた。


 ペッパーからの初球サービス

 ピンポン玉は缶飲料の上を正確に跳ね、遠慮のない順回転ドライブでソルトに迫った。

 ソルトも合わせる、覆い被せるようにラケットを振り、缶飲料に着弾、跳ねたピンポン玉を、ペッパーはさらに回転を強め、ソルトも呼応して擦り切れるほどの強烈な逆回転カットを加え、ラリーは続く、続く、続く!


 あっという間に汗が出て、二人のシャツは濡れた。

 肌に張りつくかたわら、水蒸気が巻き上がって白くくぐもり、あたかも二人は羽が生えたようだ。

 打球音と、缶飲料を打ちつける音とが感覚を埋め、視野が白く消し飛ぶ中、ペッパーはソルトを見つめた。


(ソルト。キミは雪だ。まるで雪の結晶だ。

 その脱色した髪や、目つきの悪さや立ち振る舞いは、誰も近づけないような刺々しさを印象づけるけれども、その実とても繊細で、踏み込まれるのを恐れている。

 この打球も、逆回転カットは拒絶の意思だ。こんなに鋭い打球を打つのは、触れられまいと逃げているからだ。

 どんなに尖っていても、ぶつかればキミの方が砕けてしまうような、そんな繊細で、だからこそキミの卓球は、美しい。

 そんなキミの卓球を、ボクは欲しい――!)


 ソルトもまた、ラリーを続けながら、ペッパーを見た。


(ペッパー。テメェはいつもそうだ。こっちのことなんてお構いなしに、グイグイ自分のわがままを押し通して来やがって。

 この順回転ドライブは、前進の意思だ。相手がどうであろうと、ただ自分の意思で前にねじ込む、そういうショットだ。

 まるで黒色火薬だな、ペッパー。

 髪は黒くて目もなんか黒目がちで、イイコの坊っちゃんみてぇなツラしといて、こうと決めたら苛烈で、猛然として、そんで……クソッ、うらやましいな、そういう性格。

 ああ、テメェはまるで、花火だ。

 オレも、そんなふうに、なれたら――)


 全力の強打スマッシュ

 ドラムロールのような高速持続ラリーを受けた缶飲料は、ここで耐久限界を迎え、底が抜けた!


 その最後の打球音は、一瞬、祝福の鐘を思わせるような残響となった。

 衝撃を受け続けた炭酸飲料が、高く噴き出し、動きを止めた二人に降った。

 二人は、前髪がべっとりと張りつくのもいとわず、荒れた息を整えながら、互いに見つめ合った。


 ペッパーが、左手を前に突き出し、宣言した。


「ソルト。キミの卓球にホレた。

 ボクと一緒に、最高のダブルスを体感しに行こう」


 ソルトは、ペッパーの顔を見つめ、うんざりと首を振り、それから大きなため息をついた。


「最初に誘ったときと、一字一句おんなじ言葉で誘いやがって」


「それを覚えているソルトも、たいがいだと思うよ」


「『も』ってなァ、自分がたいがいな自覚あんなら、なんとかしねぇのか」


「それが卓球にプラスとなるなら、考慮しよう」


「もういいよ、卓球バカが」


 ソルトはうんざりと頭をかき、それからペッパーを見た。

 ペッパーは目をそらさず、左手を突き出し続けていた。

 ソルトは何も言わず、口を結び、その突き出されたこぶしに自分のこぶしを突き合わせた。


 雲が切れ、日差しが長く伸びた。

 ソルトとペッパー、卓球ダブルス最強ペアの、再結成である。

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