第24話 卓球って、楽しい?

 ラバーの張り替えをするソルトの手つきを、マァリは興味津々に見ていた。

 居間のちゃぶ台。新品のラバーや道具などが並び、かたわらに置かれたタブレット端末からは、マァリにはよく分からないクラシック音楽が流れる。


 ラバーをはがし、木だけになったラケット。

 表面に残った接着剤を、丁寧にこそげ落とす。

 接着剤をラケットと、新品の四角いラバーとの両方に塗り、乾くまでしばらく待つ。

 乾いたら満を辞して、ラケットにラバーを貼りつける。

 ハサミで余分なラバーを切り取り、綺麗に整えて完成だ。


 仕上がりに満足してうなずくソルトに向けて、マァリはパチパチと拍手した。


「すごいなぁ、かっこいいなぁお兄ちゃん。

 本格的な卓球選手って感じだね」


「まぁ、本格的っちゃ本格的なのかな。

 中学んときはユキドリさんら相手に練習してただけだし、ラケットの張り替えはちゃんとやれてなかったからな」


 ラケットの表面をなでたり、上に掲げて逆光に透かしてみたりしたまま、ソルトは答えた。


「今度の大会、私、応援に行くね」


「はは、どうせペッパーが目当てだろ」


「違うよ」


 思っていたものと違うトーンが返ってきて、ソルトはマァリに顔を向けた。

 マァリの顔は、ソルトもあまり見た覚えがないくらい、真剣だった。


「違うよ。お兄ちゃんを、応援しにいくよ」


「マァリ?」


 切なげに目を細める妹を、ソルトは見た。


「お兄ちゃん、中学の間、私が一人ぼっちにならないように、部活やらずにすぐに帰ってきてくれたよね。

 当たり前みたいにいてくれたけど、この一年ペッパーさんと一緒に卓球やってるの見て、本当に真剣で一生懸命で、夢中なのが分かるからさ。

 だからもし、私のこと気にせずに、中学のときから卓球部やってたら、何か違ったのかなあって」


「……マァリ」


 ソルトはしばらく、妹の顔を見つめた。

 それから手を伸ばそうとして、思い直して手のひらを見つめ、濡れタオルでぬぐい、改めてマァリの頭に手を置いた。


「オマエ、そんなこと気にしてたのかよ。

 なんも変わりゃしねぇし、てか、今が不本意みないな言い方してんなよ。

 どうあったってオレはオレが大事にしたいモンを大事にして、楽しいと思うことを目一杯やるだけだよ。

 それに最初から部活に入ってたら、ユキドリさんを頼ってなかったかもしれないし、ペッパーとも出会ってなかったかもしれないんだぜぇ」


 にししと歯を見せるソルトに、マァリもつられて微笑んだ。


「……そっか。私が気にしすぎなだけなんだ」


「そうだよ。

 てか、母ちゃんいるときにそんな話、絶対にするなよ?

 オマエがオレにそんだけ負い目を感じるなら、母ちゃんはもっとオレらに負い目を感じてるかもしれねぇんだから」


「しないよぉ」


 マァリの笑顔に呼応して、ソルトも笑みを深めた。

 マァリは優しい笑顔で、続けた。


「応援、行くからね。応援する。応援したいよ。

 お兄ちゃんとペッパーさんが頑張るトコ、ちゃんと見て応援したい」


「そりゃ照れるねぇ。

 髪も染め直して、バッチリ決めなきゃいけねぇか」


「スポーツマンなのに銀髪でいいの?」


「インターハイでもないんだしいいんだよ。

 今度の大会、主催の方がはっちゃけてるんだから」


 笑う。笑う。

 そしてマァリは不意に、ソルトに尋ねた。


「ねぇ、お兄ちゃん」


「うん?」


「卓球って、楽しい?」


 ソルトはきょとんとして、優しげな眼差しを向けるマァリを見返した。

 それからラケットに目を移して、ラケットを握って、満ち足りた笑顔で答えた。


「楽しいよ。憎たらしくなるくらいにな」

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