第23話 フラフラとした大人から
このイリーガルな練習場に初めて来た日、満月が出ていたと、ペッパーは記憶している。
そして日が経ち、今日また、満月が登っていた。
最初に戦ったときより、ゲーミング卓球台の上を滑るサークルは、小さく速くなっていた。
今はソルトが一人、タコツボを相手取り、技のキレを磨くべく打ち込み中だ。
汗を拭きながら、ペッパーは手近な椅子に座り、ドリンクを飲んだ。
ユキドリも並んで汗を拭き、ウェットティッシュで体を冷やした。
「やあ、本当に二人とも強いし、どんどん伸びる。
若いっていいねー」
「ユキドリさんも、そう歳には見えませんが」
「いやーオレってカイトさんと、あっソルト君のお父さんね、二コしか違わないよ?
格好とメイクで若く見えるかもしれないけどねー」
へらへらとユキドリは笑い、それから不意に、遠い目をした。
「オレもなぁ、キミたちくらいのころに、そんなふうに何か頑張ってたら、違ったのかなぁ」
ペッパーはユキドリの顔を見た。
つまんない話するけどいい? と前置きして、ユキドリは語り出した。
「オレ昔からさー、わりとなんでもそこそこにできたからさぁ。
勉強も運動も、もちろん卓球もそつなくこなしてたし、他に機械いじったり楽器やったりマンガ描いたりバイク転がしたり、いろいろやってた。
本当に努力せずになんだってやれたから、なんだろうなァ、人生ナメてたのかなぁ、なんにも頑張りたいものがなくて、ズルズルやってきて、今に至るわけよ」
ユキドリはちらりと後ろに目をやり、ペッパーもつられてそちらを見た。
汗を散らすソルトが、カラフルな光を銀髪に受けて、どこか幻想的な姿で卓球に熱中していた。
「だからさァ、ソルト君が頼ってくれたとき、うれしかったんだよね。
テキトーやってたオレでも、真っ当に生きてる人の手助けになるんだって。
うれしくてバリバリやったよ。親父が経営してたこのゲーセンも、仲間の溜まり場にしてたのを改造して卓球できるようにしたり」
「禁煙したり、定期的に掃除をしてホコリが溜まらないように、ですか」
ユキドリはうなずいた。
「だってさァ申し訳ないじゃん。もしソルト君が煙とかホコリとか吸って、肺を悪くしちゃったら。
オレとか別にいいよ、ただのクズだし。でもソルト君は違うじゃん。
仲間内は本当に世間に顔向けできないようなことやったヤツもいる中で、カイトさんは立派に働いて家庭持って、その息子のソルト君に頼られて、そりゃうれしいし、申し訳ないよ、本当」
無意識に貧乏ゆすりをしながら、ユキドリは喋り続けた。
「本当は、
粘って相手のミスを待つ戦法じゃん、
要はオレの性格の悪さなんだよ、必死で打ってる相手をコケにして、全力出すのってカッコ悪いじゃんっていうさぁ。
そんな戦法をソルト君にやらせるのさ、罪悪感あるんだよ、オレさぁ。
オレみたいなのじゃなくてさ、ちゃんとした人と関わった方が絶対いいって、そう思うんだよ」
ユキドリはそれから、ゆるりと、ペッパーに顔を向けた。
「だからさ。キミみたいなちゃんとした友達がいて、本当によかった」
向けられた感情に対し、ペッパーは処理しきれず、痛むように顔をしかめた。
「ボクは……ただ、卓球がしたいだけです。
そんな、期待を向けられても」
期待……そう。
大会不参加の後、姿を見せたヒメとガーディアン。彼らが向けてきた感情は、あれはきっと、期待だった。
「期待をされても、迷惑です」
「迷惑かァ」
ユキドリは頭の後ろで手を組み、天井を見上げた。
「迷惑、そうだよね。期待されるのは、迷惑だ。
その迷惑に耐えられなかったのが、オレだ」
天井を見つめる顔は、ユキドリ自身も意図せず、真顔だった。
「オレみたいには、うん、なってほしく、ないなァ」
ペッパーは言葉に詰まり、うつむいて、ややあって口を開いた。
「ユキドリさんは……そんな、卑下するような人間には、感じません。
話していて、思慮深くて、立派な人間だと感じます」
「経験から語れるだけだよー。
本当に思慮深くて立派な人間は、経験する前に気づいてるもんだよ」
ユキドリは努めてへらへらと笑った。
それから、ペッパーに視線を向け、気遣うような声音で言った。
「ところでさ、ペッパー君。
気のせいかもしれないけど、ペッパー君って、親との関係がうまくいってなかったり、しない?」
「……なぜ、そう?」
「今さ、オレの親父とかソルト君のお父さんとかの話題が出たとき、なんかペッパー君の空気感っていうのかさ。
仲間内に、親とうまくいってないヤツってわりといたから、ソイツらと同じ空気を感じたんだよね」
ユキドリの優しげな目線の先で、ペッパーは息が止まるような、切なげな顔をした。
「ボクは……いえ、そこまで大それたことなど、ありませんが」
ソルトの家に泊まったとき。
ソルトの家族に接して、自身をソルトの友人として嬉しそうに迎えてくれた姿が、思い浮かぶ。
「両親のどちらもが、夜遅くまで働いていて、兄も歳が離れていて、もう遠くの大学に行っていて……
何があったというわけではありません。
ただ、忙しいのが子供心にも分かって、話しかけたり頼み事をしたり、そういうのを遠慮しているうちに、距離の詰め方が分からなくなってしまった、という……それだけです」
ユキドリは、静かにその言葉を聞いた。
そして口を開いた。
「さみしいね。それは」
さみしい。
そうかもしれない。
ボクは、さみしいのか――ペッパーは、その言葉を
「仲良くしたいと、思う?」
「……分かりません」
「そっかぁ」
ユキドリはまた、天井を向いた。
「オレはさ、ペッパー君の両親のこと、なんにも知らないけど。
でもペッパー君は、きっと親と仲良くできると思うし、するべきだと思うんだ。
それで行動して、もし仲良くなんてすべきじゃないと思ったんなら、オレが責任持ってペッパー君を守るし」
ペッパーに向けられたユキドリの目が、ふっと細まった。
「もし、死んだ方がマシなくらい、クズな親だったら。
責任持って、オレが殺すよ」
「そんなことっ……!」
急に出てきた剣呑な言葉に、ペッパーは腰を浮かせた。
ユキドリはおどけて肩をすくめてみせた。
「いや、冗談だよー。さすがにそこまではね、しないよ。
でもまあ、キミのリアクションを見て、ひとかけらでも殺したいって気持ちがあるような間柄じゃないって分かったから、よかったよ」
へらへらとするユキドリを見て、ペッパーはぽかんと肩の力が抜けた。
それからふうっと苦笑した。
「ユキドリさんは、優しいですね」
「オレは優しくはないよ。不平等なだけ。
自分がどうでもいいと思うモノに気を割かないから、身内を全力で甘やかせるんだよ」
言いながらユキドリは、懐をまさぐり、それから苦笑した。
「ああ、タバコはないんだ。やめたんだった。
やっぱダメだねぇ、責任持つなんて、言葉にしただけでさぁ、緊張しちゃうのさ」
ペッパーの視線の中で、笑いながら懐から出した手は、震えていた。
ずっと続いていたピンポン玉の音が、一際高く軽やかに響いた。
二人が振り向いた先、ソルトは汗を滴らせ、七色の光を浴びながら、こちらに視線を返した。
「いい具合にあったまったぜ。
ペッパーも打つか、一緒に」
季節は巡る。
ハカセとシノブは卒業し、ソルトとペッパーは二年生になった。
ヒメとガーディアンは、三年生。
戦いの舞台は、迫る。
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