向き合うために

第22話 イリーガルな練習場で

「やぁやぁソルト君! 久しぶりじゃないー!」


「ちっす、ユキドリさん。また特訓させてもらいます」


 マフラーを外しながらソルトは挨拶し、ペッパーもそれに続いて会釈する。

 潰れたレトロなゲームセンター、それを改造したアングラな建物。

 出迎えたのは、長い銀髪にブルーの口紅をした男だった。


「ペッパー、この人がユキドリさん。

 親父の昔からの知り合いで、オレが卓球教わった恩人だ」


「どもどもーキミがペッパー君? いやぁうれしいねぇソルト君にちゃんとした友達がいてくれて!

 ご紹介にあずかりましたオレがユキドリだよー、本名じゃないよぉバンドのステージネームなんだー」


「ど、どうも」


 キャラクターに圧倒されながら、ペッパーもマフラーを外し、建物内を見渡した。

 天井の照明は頼りないが、古いゲーム機やなんらかのジャンク品が様々な光を発し、明るさ自体は問題ない。

 多少ブルーやピンクが混じるし、物の置かれ方は、少々乱雑ではあるが。


(でも、思ったほどの不快感はない……なぜだろう)


 ユキドリがニコニコと案内する。


「上着はそこ、ハンガーラックらしき物があるでしょ。それ使ってね。

 んでダブルスだよねー、お互い実力分かってた方がいいだろうし、早速やろっか。

 タコツボー、ペア組んでくれる?」


「あいよー」


 スキンヘッドに金縁メガネの男がユキドリと並び、奥へと向かった。

 そこそこのスペースを確保した場所に、卓球台が一台、ビカビカと七色に光っていた。


「そこらのジャンクから部品抜いて改造した、ゲーミング卓球台だよー。

 そっちの操作盤で色の調節できるし、光らせ方もいろいろ変えれるんだー」


「ユキドリさん、これ前より光り方ハデになってません?」


「ソルト君たちが来るっていうから、気合い入れてバージョンアップしたんだー」


 ペッパーはめまいがしてきた。こんな台で打つのか。

 頭に手を当てるペッパーに対して、ユキドリはわざとらしく、目を細めてみせた。


「一応、言っとくけど、本気でやろうねぇ。

 負けてから、今のは本気じゃなかったとか、言われたくないからさぁ。

 まさか大きな大会で優勝を狙おうって子が、環境にビビって全力出せないなんてこと、ないだろうしねぇ」


 ぴくりと、ペッパーは反応し、そしてユキドリに剣呑な目を向けた。


「当然、本気でやりますよ。

 これから指導いただく相手が、まさかボクの全力を受け止め切れないなんてこと、ないでしょうから」


 横でソルトが、やれやれと肩をすくめた。




 汗を散らし、四名はピンポン玉を打つ。

 鋭いラリーの応酬が、ゲーミング卓球台の照明を受け、七色の軌跡を残像として残した。


(ユキドリさん、この人は典型的な逆回転主体カットマン。なるほどソルトの打球の面影がある。

 そして正直侮っていた、意外にもレベルが高い。

 それでもボクらには、及ばない――!)


 狙いすました順回転ドライブが、粘るユキドリを抜き去って駆け抜けた。

 得点に合わせ、ゲーミング卓球台がビカビカと点滅した。




「うん、さすがに強いねー。完敗だ。

 ソルト君は一段とレベルアップしてるし、ペッパー君もとてつもなく強烈だ!」


 汗を拭きながら、ユキドリはほがらかに言った。

 ドリンクを飲みながら、ソルトは笑いかけた。


「ユキドリさんも、相変わらずで。衰えてないっスね」


「もうずっと禁煙が続いてるからねー、体力バッチリだよ」


 そこでペッパーは気づいた。

 この場所に不快感がない理由、それはこういった場所につきものなタバコのにおいが、それどころかホコリっぽさすら感じないからだ。

 床を見れば、確かにモップの跡がある。

 ちょっと雑だし、物の整理はやっぱりいい加減だが。


「ん。二人の実力はよーく分かったし。

 それじゃあ今度は、特訓モードでやろっかー」


 タオルを置いて、ユキドリは操作盤をいじった。

 ペッパーが首をかしげて間もなく、ゲーミング卓球台の光り方が変化した。

 台の表面、ネットを挟んだ片方の半面に、円形の光がひとつ浮かんだ。

 それはエアホッケーの円盤のように、あるいはパソコンのスクリーンセーバーのように、直線的に動いては台のふちで跳ね返り、コートの半面をゆるゆると動いた。


「ソルト君、ペッパー君。あのサークルが、キミたちのセーフゾーンだ。

 あの円の中に入らない打球は、すべてアウトとなる。

 当然オレたちの方は、普通に打つ。コート全面がインだ。

その条件で、オレたちと試合をして勝つ」


 ユキドリは、二人ににんまりと笑いかけた。


「できるかなー?」


 ペッパーは、絶句した。

 サークルの動きはゆるく、試合をしながら狙うのは不可能ではない。

 だが、それで勝てというのは。


「コースが限定され、なおかつそれが相手に予告された状態で、ポイントを取れと?」


 ペッパーの横で、ソルトも引きつった苦笑を見せた。


「えげつねぇこと考えますね、ユキドリさん」


「うん、だから、できるかなーって聞いてみた」


 にへらと笑うユキドリに対し、ソルトはペッパーに振った。


「どうよ、ペッパー?」


 ペッパーはしばらく黙考し、口を開いた。


「……できません」


「おや? 意外な返答だねぇ」


 目を丸くしたユキドリに、ペッパーは真顔で続けた。


「だって、申し訳ないですから。

 これだけ多大なハンデがある状況で当然勝ってしまったら、あなた方をコケにしているみたいじゃないですか。

 ソルトの恩人に対してそんな失礼なこと、とてもとても」


 ユキドリは、呆気に取られた顔をした。

 後ろでタコツボが、ヒュウと口笛を吹いた。

 ソルトはペッパーの横で、顔に手を当てて天を仰いだ。

 それから一拍置いて、くつくつと指の間から笑い声が漏れ、ソルトはペッパーの肩にもたれかかった。


「ああ、いいなそれ。ペッパー、オレが許可する。

 ユキドリさんたちを、コケにしてやろうぜ」


「そうか」


 ペッパーはソルトにうなずき、それからユキドリに向き直って、穏やかに微笑んだ。


「では、何も問題ありません。

 やりましょうか、その条件で」

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