クライマックス・オブ・クライマックス

第39話 それぞれの温度

 この試合、間違いなく最後となる、ゲーム間の一分間の休憩時間。

 ヒメ・ガーディアンサイド!


「ウフフフフハハ……! 最終ゲームまで来ちゃったわねぇガーちゃん。

 正直に言って、苦戦してるって言っていい試合だけど、ねぇガーちゃん、あたしすごく楽しいの、ガーちゃんはどう?」


 滝のような汗を拭き取るヒメに対し、ガーディアンもまた、石炭ストーブに置かれたやかんのように蒸気を吹き上がらせていた。


「うん。ぼくもね。楽しいんだ。

 不思議だよね、始まる前は、暗い気持ちでいっぱいだったのに。

 いいのかな、こんなに、楽しくて」


「いいに決まってるじゃない」


 ガーディアンはヒメの顔を見た。

 前髪につけた髪留めに指を沿わせ、その目、強く吊り上がりながら、澄んだ涙が流れていた。


「死んだ悲しみがなくなったワケじゃないし、思い出を忘れたりもしないけど。

 それも全部ぶつけて、感情がぐちゃぐちゃになるくらい、ああ、今この試合が、楽しい……!」


 髪留めに置いていた手を、目尻へ、ほおへ。

 滑らせ、そして爪を立てて、かきむしった。


「ああ! 勝ちたい! ねぇガーちゃん、あたし勝ちたい! あたしが勝ちたいの!

 ガーちゃんはどうかしら、あたしと一緒に、これから、勝ってくれる!?」


「うん」


 ヒメを見下ろしながら、ガーディアンは、強く目を見開いた。


「ぼくだって勝ちたい。ぼくが勝ちたい。

 勝とうヒメ! ぼくら二人で! 二人で勝つんだ!」


 ヒメがにぃぃと笑い、掲げた左手に、ガーディアンは強く自分の左手を叩きつけた。


「絶対に勝つッ!!」


 飛び散る汗とともに声を張り。

 手のひらに伝わる互いの体温が、熱い。

 二人はそれからドリンクを飲み、できる限り汗を拭いて、卓球台へと戻った。




 ソルト・ペッパーサイド!


「結局最終ゲームだ。まァやすやすと勝たせてくれる相手じゃねぇのは承知の上だが」


「さっきヒメに言ったこと、別に虚勢ってワケではないのだろう?」


 流れる汗を受け止めるようにタオルで拭きながら、ソルトはペッパーに視線を返した。


「当然。勝利の喜びが最後の最後まで取っておけて、その分感動もひとしおってヤツさ」


「まるで勝つのは既定事項みたいだな、ソルト?」


 呆れるように笑ってみせたペッパーに、ソルトはあごを上げて、さも不思議といったようなリアクションをしてみせた。


「当然既定事項だろ? 何しろテメェと一緒に戦ってるんだからな」


「素敵なことを言ってくれるね。ボクはキミと一緒に戦っているからこそ、当然勝つのだと思っているんだが」


「なら、オレとテメェが一緒に戦ってんだから、二倍当然に勝てるんだろうな」


「なんなら百倍当然くらいに盛ってもいい」


「もう意味分かんねぇけどな。まあでもとにかくそんな感じだろ」


「ああ、とにかくそんな感じだ」


 笑う。笑う。

 そして見つめ合い。

 肩を組んで、中腰になって、床に向けて腹の底から声を張った。


「絶対に勝つッ!!」


 互いの肩、伝わる熱いぬくもりが、心地良い。

 二人はそれから汗を拭き、ドリンクを飲み、卓球台に戻った。




 戦いに戻ろうとする二人を、歓声と、コールが迎えた。


「炎陽高校ーッ!! ファイ、オー!! ファイ、オー!!」


Futureフューチャーfutureフューチャー九十九未来つくもみらい! Futureフューチャーfutureフューチャー、九十九未来……」


「うちのコールダサくない?」


 口をとがらせるヒメだが、まんざらでもない表情だ。

 ガーディアンもにこやかに、観客席をながめた。


「ぼくたち、これから、ぼくたちのために勝つつもりなのにね。

 なんだろう、すごく、勇気が出るよ」


 逆サイド、ソルトは気恥ずかしそうに、わしゃわしゃと銀髪をかいた。


「なんつぅかなー、オレら別に学校の代表選手やってるつもりねぇんだけどな」


「いいじゃないかソルト、応援したいだけさせておけば。

 どちらにしろ、ボクらは勝つつもりなんだから、やることは変わらないよ」


 そう言うペッパーの顔も、ほころんだ。


 九十九未来学園の一団、二年のトリチャンは身を乗り出した。


「ヒメさんーッ!! ガーディアンさんーッ!! 勝ってくださいーッ!!

 オイラより強いアンタたちに、最強でいて欲しいんスよー!!」


 炎陽高校の一団、二年のイッキューは声を上げた。


「ソルト君ー!! ペッパー君ー!! 応援してますー!!

 二人なら絶対に勝てるって、僕は信じてますからねー!!」


 別の一角、ハカセとシノブとナルは、互いにうなずき合った。


「久しぶりに、私たちもやりますか、コール」


「懐かしいでござるな」


「インターハイ以来だねー。二人のことを応援して以来だよ」


 そして三人は肩を組み、声を張った。

 離れていた温度は、去年と変わらず、そこにあった。


 別の方向、ソルトの妹マァリも、見よう見まねでコールに参加した。


「えんようこうこうー、ふぁい、おー! ふぁい、おー!

 お兄ちゃーん! ペッパーさーん! 頑張ってー!」


 騒ぐマァリを、会場全体を、ユキドリは静かに見渡した。


(結局、こういうノリになるのかなぁ、まっとうな人たちは)


 観客たちは熱気に包まれている。

 その中でユキドリは、まるで自分一人だけ温度が低いような気持ちで、その場にいた。


(オレなぁ、昔からこういうノリ、理解できなくてなぁ。

 全力出して苦しい思いまでして頑張る人の気持ち、ワケ分かんないんだよ。

 だから、ヘラヘラして……結局中途半端なままで、それは後悔してるハズなのに、やっぱオレ、こういう空気に久々に触れて、根本的に合ってないんだなあって、実感するよ)


 ユキドリの目の前、マァリの背中。

 その向こう、白く闘気を立ち上らせる、四名の選手。

 それから他の観客たちに、大会運営スタッフ。


 それぞれが、それぞれの温度を持って、この場に一体となっている。


(オレは、そうは、なれないなぁ)


 冷えている。そう自覚する。

 歓声が膜を張ったように遠くて、ユキドリはゆっくりと、きびすを返した。


「ユキドリさん、最後まで見ていかないんですか?」


 手をつかまれて。

 振り向いたユキドリを、見上げるマァリの目は、まぶしいくらいに純粋だった。


「……トイレ、行くだけだから。ちゃんと最後まで見ていくよー」


 優しく笑いかけて、そっと手を外して、ユキドリは立ち去った。


 マァリから見えなくなってから、ユキドリは息をつき、震える指を握りしめた。


(ダメだなぁ、オレ。

 そんなに期待されてもさ、無理なんだよ。

 当然最後まで見ていくだろうって思うんだろうけど、そういう当然がさ、無理なんだよ、オレ)


 長く、長く息を吐いて。

 それからユキドリは、観客席の隅っこまで行って、立ち止まった。


(でも、見たいって思ったのは、オレだから。

 ここで見ていくよ、最後まで)


 周囲の熱気から、切り離されたようなこの片隅で。

 それでも遠い向こうに、ソルトたちはいる。


 いよいよ、最終ゲーム。

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