大会、激突、激戦

第7話 大会、開幕

 日は矢のように過ぎ、大会当日。

 頭上は青空だが、西にはすでに黒雲が見えており、間違いなく今日中には荒れるだろう。


 その黒雲を背景にしたスポーツセンターを、ソルトは正面から見据えた。

 大会会場のその建物が地獄の門のような威容をたたえるのは、天候や装飾のせいだけではなかろう。

 確かに今の建物は、スポンサー企業のマスコットキャラクター「ツムジけるべろすくん」にちなみ、ハロウィンパーティのような地獄らしい飾りつけはされている。

 だが感じる威圧感の正体は、真のスポーツマン戦士ならば分かるだろう、会場内からあふれて肉眼で見えんばかりの、参加選手の闘気である。


 ペッパーが、ソルトの横に並び立った。

 ソルトもペッパーも、絆創膏だらけだ。


「ツムジカゼファイター杯卓球ダブルス大会。インターハイなどから独立した単独の大会としては屈指の規模で、全国大会とはまた違った空気を楽しめるよ。

 先日会ったヒメとガーディアンや、ハカセ先輩とシノブ先輩など、有力選手が目白押しの大会だ」


「実力を試すには不足なしってことだな。

 やるだけのことはやったけど、さて、勝てっかな」


「勝てなければ困る」


 二人はしばし、沈黙し。

 同時に絆創膏をはがし、顔を見ないまま互いのこぶしを突き合わせ、会場に突入した。


 開会式、主催挨拶!


『ハァーイ若人の諸君ンン! ボクちんがスポンサー代表の旋風つむじかぜ嵐太郎らんたろうだよォーン!

 青春のバリッとブチ上がるファイトをォォ、楽しみにしてるぜェーンン!!』


 組み合わせ発表、初戦!


「ウーッホッホッホ、一年生が相手とは、ツイてるゴリ! ひとひねりゴリ!」


「キシシシ、九十九高等部ツクコー黄金ペアと当たるまで体力を温存できる……ンゴフゥ!?」


 鎧袖一触!

 三ゲーム先取五ゲームマッチの試合を、ソルト・ペッパーペアは三ゲームストレートで勝ち取った。

 ざわめくギャラリーを尻目に、二人は次々と対戦相手を斬り伏せる、斬り伏せる、斬り伏せる!


「オイオイオイ、あいつらめっちゃ強いぞ!? 何者だ!?」


「平波吉平は中学から強い方だったけど、ここまでだったか!? ダブルスに出てたイメージもないし!?」


「戸刈剃斗に至っては大会で見た覚えもねえ!! どっから出て来やがった!?」


 そして準決勝。

 舞台となる卓球台、そこに満ちる戦意は血の匂いを錯覚させる。

 先に待っていた二人――ハカセとシノブは、静かにソルトとペッパーを迎え入れた。


「ここまで上がってきてくれましたね。うれしいですよ。

 あなたたちの実力、熱意、闘気、すべて受け止めて我がデータとさせていただきましょう」


「まこと、よき目をしているな。

 卓球部を辞めてから、無為に過ごしたわけではないこと、容易に見て取れるでござる。

 百年の未来にも語り継ぐような試合を、ともに参るでござる」


 空気がゆがむ感触。

 ソルトとペッパーは真正面から受け止める。


 開始準備、挨拶。

 試合開始。


 最初のサーブ。打つのはソルト。

 四名全員が構え、静止を確認。

 卓球台を見据えるソルトの視界には、極度集中により打たんとするサーブの軌跡が雷光のように焼きつく。


 卓球のサーブは自陣で一度バウンドさせた後、相手コートへ入れる。

 ダブルスではさらに、自分の右側から相手の右側への対角クロスのみという制約が加わる。

 シングルスと比べ、なんと狭い自由度か。

 だからこそ――ソルトの口角が上がる――個性のぶつけがいがある。


 呼吸を整え。左手、ピンポン玉、投げ上げるトス、十六センチ以上。

 きちんと規定以上に上がった玉を、擦りつける、火花を散らすがごとく、逆回転カットサーブ!

 ハカセがさばく、決して甘くはない返球レシーブ、しかしペッパーは強引に持っていく、強打! シノブ取りきれず、ポイント先取!


「しゃッ!!」


 気迫の吠え声。息を詰めていたギャラリーの、呼吸音がさざめく。

 試合は続く。ソルトとペッパーが、ハカセとシノブが、互いにくるくると回りながら、ピンポン玉と戦意を押し出し、ポイントを奪い合う、奪い合う!


 ギャラリーの一角。

 炎陽高校卓球部顧問、パンダ先生こと半田はんだ範正のりまさは、うなった。

 そして横でメモを取る、炎陽高校卓球部一年、イッキューことみなと一究かずさだに声をかけた。


「イッキュー君。ダブルスのルールがあるスポーツは、卓球の他にテニスやバドミントンなどがあるけれど。

 それらと比較して、卓球ダブルスのみに見られる特徴的なルールがあるんだけど、それは何か知っているかい?」


 イッキューは首を振った。

 パンダ先生は笑いかけた。


「それはね、卓球は必ず交互に打つということだよ。

 例えばテニスは、サービスと、それを返すレシーブは打つ人が決まっているけれど、その後ラリーが続いたら、ペアのどちらが返しても構わない。

 でもね、卓球は必ず、片方が打ったら、次に打つのはもう片方なんだ。

 どんなにラリーが続こうと、どんなに相方にとって打ちにくい玉が返ってこようと、ね」


 打球音は続く。

 パンダ先生はさらに喋った。


「もちろん、そのことは本来、スポーツとしての優劣に関わることじゃない。

 でもね、卓球に魅了された人間として、こう言いたくなってしまうんだよ」


 パンダ先生は、視線を試合に戻し、微笑んだ。


「だから、卓球ダブルスはおもしろい」


 甲高い打球音!

 閃光飛び散るような応酬が切り裂かれ、第一ゲーム終了!

 一ゲーム十一点・三ゲーム先取、その最初のゲームを、ソルト・ペッパーペアが、もぎ取った!

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