第8話 炎の歯車

 四名は汗を拭き、コート交代チェンジエンド。第二ゲーム開始。

 打ち合いの激しさは止まない。汗が蒸発し霧になり、コートを白く覆う。

 烈火のような戦意が打球の軌跡を赤く焼け焦がす錯覚すらもたらしながら、その空間に満ちるのは、いっそ清廉せいれんなほどの、楽しさだった。


 ハカセが仕掛けた。


「データは雄弁に物語ります――」


 打球の瞬間、その右腕がパンプアップした。

 ここまでの打ち合いをさらに凌ぐ強打が、ソルトとペッパーのコートに突き刺さった。

 ピンポン玉ははるか後方へ。ソルトらはハカセを見た。

 ハカセの全身はたくましく鍛えられた筋肉の鎧に覆われ、流れる汗が光沢を添えて金属のごとく輝いた。


「技術、戦略、奇策、戦法、それらはすべて筋肉で上回ることができると。

 卓球は筋肉に始まり筋肉に終わる。

 我がデータ処理により導き出した屈強なるデータ筋肉により、あなた方の脳を筋肉漬けにしてさしあげましょう」


 さらに呼応し、シノブも新たな技を繰り出した。


霧隠きりがくれ忍法――」


 汗の霧が白く包む中、シノブの手首が幻惑的に動いた。

 柔らかな、そして回転方向を見定めさせない繊細なボールタッチ。

 汗に隠れて球筋が見えず、ランダムに飛び出す球種の千変万化が、ペッパーらを苦しめた。

 第二ゲーム、ハカセ・シノブペアが奪取。


 タオルで汗を拭き、ドリンクを摂りながら、ソルトとペッパーは顔を突き合わせた。


「さすがに、楽には勝たせてくれねぇな」


「ハカセ先輩もシノブ先輩も、キッチリと仕上げて全力で挑んできている。

 しかしどちらの技も、卓球部ですでに見ているものだ。

 ボクたちなりの全力を出して、この一ヶ月の特訓を活かせば、必ず勝てる」


「頼りにしてるぜ」


「それはボクのセリフだ。

 キミの卓球に、期待している」


 互いに手の甲で小突き合って。

 それから、ふっと笑い合って、卓球台に戻った。


 第三ゲーム!

 勝負は苛烈。ハカセとシノブの攻勢に一分の緩みもない。

 打ち合い、打ち合い。

 続けながら、ハカセは息を呑んだ。


(回転球に対する反応が早い!

 足運びも滑らかでカバーリング範囲が広い!

 先月までとは比べ物にならないほど、練れている!)


 足元の雲を蹴り上げ、床に靴のドリフト痕を刻み込みながら、ソルトとペッパーは舞い踊る!

 歯車のようにガッチリと噛み合い、二人でひとつの機械であるかのように、ラリーローテーションを鮮やかに回す。


 一ヶ月の秘密特訓。

 密閉された体育館、ただ打ち合い続けた二人。

 拾う時間も惜しんでまき散らしたピンポン玉の洪水が足首を超えてすねまで埋め、汗が蒸発した霧が立ち込めてゼロ距離視界となっても打ち続けたその成果が、強靭で俊敏な足運び、五感すべてで返球を捉える反応速度へとつながった!


 炎のような灼熱の反撃!

 すべてを侵略するかのようなペッパーの順回転ドライブが、ハカセ・シノブペアのコートに食い込み、ラケットに捕まえさせず、後方のギャラリーの元まで駆け抜けていった。


「無念ッ……!」


 シノブが覆面の奥で歯噛みして。

 第三ゲーム、ソルト・ペッパーペアが勝利!

 ギャラリーの感嘆の吐息の中、ソルトとペッパーは互いに肘で突き合った!


(ここまで、でござろう)


 第四ゲーム。

 ソルト・ペッパーペアは、シノブの幻惑打球に完全に対応していた。


(あとは後輩に道を譲り、拙者は影に生きればよい。

 なんの悔いが残ろうか。こんなにも、輝かしい卓球を見せられて――)


 思考を切り裂く猛烈な打球音!

 シノブははっとして顔を上げた。

 ハカセの筋肉卓球が、ポイントをねじ込んでいた。


「シノブ君ッ!! 勝ちにいきますよ!!

 まだまだデータは取れます!! 終わらないんです!!

 私たちの卓球は!! 決して!! 終わりは!!」


 汗をまき散らしながら、眼鏡の奥で、ハカセの闘志は燃えていた。

 シノブの目に、涙がにじんだ。


「ああ……ああ! そうでござるな!

 まだ、まだ! 拙者たちの卓球は! まだ、まだ!!」


 ハカセは腰を落とし、腹の底から声を張った。


「炎陽高校ーッ、ファイ、オーッ!! ファイ、オーッ!!」


 空気を揺らした。

 その気迫は、ギャラリーを、炎陽高校卓球部の面々を揺さぶった。


「炎陽高校ーッ!!」


「ファイ、オーッ!! ファイ、オーッ!!」


「頑張れー!! 気合い見せろー!! まだまだやれるぞーッ!!」


 かけ声はギャラリーに伝播し、卓球台はコールに包まれた。

 審判の目配せに、ペッパーは問題ないと返答した。

 打ち合い、打ち合い、打ち合い! ハカセとシノブの打球が、気迫が、ポイントも卓球台も何もかも抉り取るように叩き込まれた!


 コールは止まない。それは卓球部を辞めたソルトとペッパーにとって、アウェーな環境であった。

 しかしソルトは、身を焦がす死闘の中で、確かに笑った。


(先輩。この状況、オレらを追い詰めるためじゃ、ないっスよね。

 決勝まで見据えた打ち方じゃない。今この場で、オレらに持てるすべてを叩き込む、そういう打ち方だ。

 強者として、オレらを認めている。

 正直……メチャクチャ、楽しいっス)


 ソルトの逆回転カットが、美しさすらたたえるキレを見せた。

 四名は舞い続ける。

 それは歯車のように、四名全員が過不足なく噛み合う、完成の極地だった。


 ペッパーは真っ直ぐにハカセとシノブを見据え、表情を変えず、凛と言った。


「ありがとうございます、先輩。

 ボクらのワガママで部を辞めてしまい、申し訳ありません。

 その上で、あなたたちを超えます。

 あなたたちの卓球、その魂、余すことなく糧にして、ボクたちは、上に行きます」


 燃え盛る順回転ドライブ

 卓球台に、このゲームの十一点目を焼きつけて。

 ゲーム数三対一で、ソルト・ペッパーペア、勝利!

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