決死の決勝戦
第9話 決勝が始まる
試合終了の宣言の後、四名は握手を交わした。
「ありがとうございました」
それぞれに口に出して。
ソルトはハカセの手を握り、笑って言った。
「全力で戦わせてくれて、ありがとうございます、先輩。
メチャクチャ楽しかったっす」
ハカセも微笑み返した。
「ええ、私も楽しかったです、ソルト君。
本当に、こんなに素晴らしい試合をできて、……ああ」
ハカセは顔を上に向け、目頭を押さえた。
「いけませんね。歳は取りたくないものです」
ハカセはしばらく、顔を下ろせなかった。
その様子をソルトは見て、胸を打つものを感じ、背筋を伸ばして、そして頭を下げた。
「いろいろと、お世話をかけました、先輩。
その……オレの事情で、身勝手に部活辞めて、すみません」
「よすでござる、ソルト。
ハカセも拙者も、先輩風を吹かせたいわけではない」
そう言うシノブも、目に熱いものがこみ上げていた。
ペッパーもソルトに並び、頭を下げた。
「先輩後輩や上下関係で、ボクらは頭を下げたりしません。
最高の試合でした。
先輩たちとだからこそ、ボクらは高みに登ることができました。
心からの敬意を表します」
彼らはそして、また握手を交わし、互いに称え合った。
歓声。それは別のコートから。
ソルトらは顔を向けた。
一瞬、冷気にも似た毒々しい殺気が、その場に流れた。
向こうの卓球台、うずくまる選手、それに向けられた、小柄な選手からの嘲笑。
「アハハハハ!! あなたたち、どういう覚悟でここに来たの!?
そして、その選手――ヒメの視線は、ソルトとペッパーに向いた。
「ねえ? あなたたちは、あたしを殺しに来てくれるのかしら?」
釣り上がった口角は、毒蛇のように凶悪だった。
降り出した雨音は、この屋内にあってはっきりと存在を示すほど強く天井を叩いていた。
決勝戦。
ソルト・ペッパーペア対、ヒメ・ガーディアンペア。
第一ゲーム、最初のサービスはペッパーから。
(実力は疑うべくもない。それでもボクらだってここまで来た。
ただ全力を、尽くすだけだ――)
強烈に伸びる
ガーディアンは恵まれた体格を目一杯伸ばしてなお威力を乗せた打球を返し、ソルトも負けじと鋭く回転をかける。ヒメの打球!
そのとき、ペッパーは戦慄した。
(な……に?)
ピンポン玉が返る。
それはヒメの体格からは想像もつかない、高威力の速球。
ペッパーの反応が遅れた。
打球をラケットの芯で捉えそこね、返球は外へと流れていった。
(今のは……!?)
ソルトもまた、後方から見ただけで、その打球の特異性を感じ取った。
(ただ強いだけじゃねぇ、いや、その強さも異様ではあるんだが。
まるで拳銃で撃たれたみてぇな、命の危機を感じる、このプレッシャーはなんだ!?)
試合は続く。
ヒメの打球は高精度だが、それ以上に受けるペッパーのキレが悪かった。
卓球ダブルスのルール上、一ゲームが終了するまでプレイヤーのローテーションは変わらない。
サーブ権は四名それぞれに移り変わるものの、このゲーム中はヒメの打球はすべてペッパーが受け続ける。
ペッパーの額に、運動による汗ではない、冷や汗がにじんだ。
試合を見学するパンダ先生が、うなった。
「噂には聞いていたけど、ここまでとはね。ヒメ君の殺人打球」
「先生、あれはいったい?」
問いかけるイッキューに、パンダ先生は返した。
「例えば卓球の他に、もっと重いボールを扱うテニスや、あるいは野球なんかだと顕著だけれど。
ボールを綺麗に打ち返そうと思ったら、腕だけぶんぶん振り回してたら絶対に無理だよね。
打つ腕だけでなく逆の腕だったり足運びだったり、あるいは呼吸のリズムとかかけ声とか、全身の動きに気を使う。
体全体で運動エネルギーを生み出すことで、威力ある打球が返せるわけだ」
卓球台を、ピンポン玉が往復する。
それを見つめながら、パンダ先生は語った。
「ヒメ君は、特異体質なんだ。
不随意筋、つまり本来は自分の意思で動かせない筋肉を、ある限られた範囲だけ自発的に動かすことができる。
それにより、あの体格からは想像もつかない高威力の打球を返せるんだ」
「その、限られた範囲というのは……」
パンダ先生は、顔を試合に向けたまま言った。
「心筋だよ。
ヒメ君はインパクトの瞬間、心臓の筋肉を、打球に威力を乗せるために駆動させている」
イッキューが息を呑む音を聞き。
パンダ先生は、言い切った。
「ヒメ君は、打球の瞬間、生命維持を捨てているんだ」
殺人的スマッシュが、卓球台に叩きつけられた。
第一ゲーム終了、ヒメ・ガーディアンペアが先取。
得点は、十一対一だった。
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