第5話 ヒメ、狂気なる強者

 日が高くなり、暑さを感じるようになった。

 体育館を背にして、ヒメとガーディアンは、連れ立って歩いた。


「あの人たちと会って、楽しかったの、ヒメ?」


 ガーディアンは、自身の影に入るヒメを見た。

 ヒメは日陰の中で、にんまりと笑った。


「ええ、とっても。

 イライラさせられたけど、実力はあるのは見て取れたしねぇ」


「強い? ヒメとぼくに、勝てるくらい?」


「さぁ、どうかしらねぇ。

 でもねガーちゃん、あたしが求めてるのは、強さだけじゃないの」


 ピンポン玉をひとつ、取り出し。

 ヒメはそれを、唇に這わせた。


「死闘。

 そう、あのキリキリと命を削り合う、あの感覚が、ああ、狂おしい!」


 ヒメはピンポン玉を口に含み、噛み砕いた。


「アハ、アハハハ、アハハハハ!! 楽しみだわ、あの子たちがどんな命の輝きを見せてくれるのか!!

 あの子たちは届くかしら、あたしの命に!! 死線を見せてくれるかしら!!」


 咀嚼、咀嚼、そのたびに鋭利なプラスチック片が、口内を切り、血が流れた。

 その血の感触すら楽しみながら、ヒメはうっとりと振り返り、いまだ体育館にいるであろう二人を想い、ささやいた。


「生きてる実感をちょうだい。

 それは卓球ころしあいの中でしか、味わえないものなのだから」


 遠い空、飛行機が飛ぶ音が響き、飛行機雲が伸びて、すぐに消えた。







 体育館内。

 ヒメらが出て行った方向を、ソルトとペッパーはいまだ見つめていた。

 ソルトはそちらを向いたまま、ペッパーに問うた。


「大口叩いたけどよぉ、ペッパー。

 オレらの実力で、勝てる相手なのか、あの人ら」


「十中八九、無理だろうね」


「は?」


 顔を向けたソルトを、ペッパーは見返さず、続けた。


「だから気迫では負けないようにするべきだろう。

 あとは言葉に追いつけるよう、これから実力をつければいい。

 幸いにして大会までまだ一ヶ月あるのだから、引き続き練習を続けて、ソルト、言葉通りの実力をつけられるよう、頑張ろう」


「そのクソ度胸はどうやったらつくんだよ」


「雑談の時間はない。

 あの闖入者ちんにゅうしゃのせいで、貴重な練習時間がまた削られてしまった。

 今は一分一秒でも、練習をするときだ、ソルト」


「まるで泊まり込みでもしそうな勢いだな」


「寝袋は持ってきてはいる、だがおすすめはしない。

 適切な睡眠が取れなければ、それはパフォーマンスの悪化につながる。

 だが少しでも練習時間は取りたいので、ソルト、キミの家の方がここから近い、よってボクはキミの家に泊まることにした」


「は?」


「すでにキミの親御さんや妹さんには話をつけて、快く受け入れてもらうことになっている」


「は?」


「よりよい卓球ダブルスのために、頑張ろう、ソルト」


「いやいや」


 ソルトは顔の前で手を振った。


「そこまでか? そこまでするか、フツー?」


「そこまでしなきゃいけない相手が、現に出てきたしね」


 ペッパーはソルトに、顔を向けた。


 今まで見えなかった逆側のほお、ソルトがやられたのと同様の、切り傷があった。


 ソルトは息を呑んだ。

 あのときのヒメのストロークは、一回だけだった、はずだ。

 ひと振りで、二球同時に打ち、二人ともを狙った?


 ペッパーは表情を変えず、鼻で溜め息をついた。


「さすがにレベルが高いし、そして迷惑だ。

 同時に六球・・も打って、こんな当て方をされるとはね」


 ペッパーの視線を、ソルトは追った。

 卓球台。ぐらりと揺れて。

 脚の各所が分解して、盛大な音を立てて崩れ落ちた。


 唖然とするソルトの横。

 床が揺れて細かく弾むピンポン玉の音を聞きながら、ペッパーはあきれたように言った。


「卓球台のネジに回転球を当てて、外したわけだね。はた迷惑なことをしてくれる」


「卓球台のネジって、こういう外れ方するものだったか……?」


 ほおの血をぬぐって、ペッパーはこともなげに言った。


「とりあえず、代わりの卓球台を出そうか。

 ネジをいちいち締め直している時間は、ボクらにはない」

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