第5話 ヒメ、狂気なる強者
日が高くなり、暑さを感じるようになった。
体育館を背にして、ヒメとガーディアンは、連れ立って歩いた。
「あの人たちと会って、楽しかったの、ヒメ?」
ガーディアンは、自身の影に入るヒメを見た。
ヒメは日陰の中で、にんまりと笑った。
「ええ、とっても。
イライラさせられたけど、実力はあるのは見て取れたしねぇ」
「強い? ヒメとぼくに、勝てるくらい?」
「さぁ、どうかしらねぇ。
でもねガーちゃん、あたしが求めてるのは、強さだけじゃないの」
ピンポン玉をひとつ、取り出し。
ヒメはそれを、唇に這わせた。
「死闘。
そう、あのキリキリと命を削り合う、あの感覚が、ああ、狂おしい!」
ヒメはピンポン玉を口に含み、噛み砕いた。
「アハ、アハハハ、アハハハハ!! 楽しみだわ、あの子たちがどんな命の輝きを見せてくれるのか!!
あの子たちは届くかしら、あたしの命に!! 死線を見せてくれるかしら!!」
咀嚼、咀嚼、そのたびに鋭利なプラスチック片が、口内を切り、血が流れた。
その血の感触すら楽しみながら、ヒメはうっとりと振り返り、いまだ体育館にいるであろう二人を想い、ささやいた。
「生きてる実感をちょうだい。
それは
遠い空、飛行機が飛ぶ音が響き、飛行機雲が伸びて、すぐに消えた。
◆
体育館内。
ヒメらが出て行った方向を、ソルトとペッパーはいまだ見つめていた。
ソルトはそちらを向いたまま、ペッパーに問うた。
「大口叩いたけどよぉ、ペッパー。
オレらの実力で、勝てる相手なのか、あの人ら」
「十中八九、無理だろうね」
「は?」
顔を向けたソルトを、ペッパーは見返さず、続けた。
「だから気迫では負けないようにするべきだろう。
あとは言葉に追いつけるよう、これから実力をつければいい。
幸いにして大会までまだ一ヶ月あるのだから、引き続き練習を続けて、ソルト、言葉通りの実力をつけられるよう、頑張ろう」
「そのクソ度胸はどうやったらつくんだよ」
「雑談の時間はない。
あの
今は一分一秒でも、練習をするときだ、ソルト」
「まるで泊まり込みでもしそうな勢いだな」
「寝袋は持ってきてはいる、だがおすすめはしない。
適切な睡眠が取れなければ、それはパフォーマンスの悪化につながる。
だが少しでも練習時間は取りたいので、ソルト、キミの家の方がここから近い、よってボクはキミの家に泊まることにした」
「は?」
「すでにキミの親御さんや妹さんには話をつけて、快く受け入れてもらうことになっている」
「は?」
「よりよい卓球ダブルスのために、頑張ろう、ソルト」
「いやいや」
ソルトは顔の前で手を振った。
「そこまでか? そこまでするか、フツー?」
「そこまでしなきゃいけない相手が、現に出てきたしね」
ペッパーはソルトに、顔を向けた。
今まで見えなかった逆側のほお、ソルトがやられたのと同様の、切り傷があった。
ソルトは息を呑んだ。
あのときのヒメのストロークは、一回だけだった、はずだ。
ひと振りで、二球同時に打ち、二人ともを狙った?
ペッパーは表情を変えず、鼻で溜め息をついた。
「さすがにレベルが高いし、そして迷惑だ。
同時に
ペッパーの視線を、ソルトは追った。
卓球台。ぐらりと揺れて。
脚の各所が分解して、盛大な音を立てて崩れ落ちた。
唖然とするソルトの横。
床が揺れて細かく弾むピンポン玉の音を聞きながら、ペッパーはあきれたように言った。
「卓球台のネジに回転球を当てて、外したわけだね。はた迷惑なことをしてくれる」
「卓球台のネジって、こういう外れ方するものだったか……?」
ほおの血をぬぐって、ペッパーはこともなげに言った。
「とりあえず、代わりの卓球台を出そうか。
ネジをいちいち締め直している時間は、ボクらにはない」
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