最終話 ドライブするトライブ

 夜の闇。公園。

 街灯のぽつんとした明かりの下、ハカセとシノブは二人、ベンチに座っていた。


「いい試合でしたね」


「うむ。見られてよかったでござる。

 なんとか駆けつけられて、よかった」


 しみじみと漏らし、それからシノブは、ハカセに顔を向けた。


「おぬしに会えたこともな。

 今日こうして顔を見られてよかったと思うし、高校でおぬしに出会えたこと、人生の幸運でござった」


面映おもはゆいですね」


 笑う。笑う。

 そしてどちらともなく笑いやみ、まずはハカセが、口を開いた。


「うずいてますね、シノブ君」


「ああ。あんな試合を見てしまったのだ。

 卓球を、したくて、したくて、たまらぬよ」


「そう言うと思ってたんスよ」


 振り向く。

 道の向こうから、ソルト。ペッパー。ナルもいて、もう一人いるのはソルトの妹だったか。

 大きな何かを引っ張ってきて。


「んっふっふー、ナル様がばっちりきっかり準備してきたよ。

 ほめ称えたまえ」


 展開し、組み立てる。

 卓球台。


「……呆れましたね。わざわざ持ってきたんですか」


「先輩がた二人がそろって打てる機会を、そうそう逃すべきじゃないと思いましたからね。

 ボクとソルトが、うんざりするまで相手しますよ」


「おぬしら、あれだけ長期戦をした後で、疲れてないのでござるか?」


「朝メシ前っスよ、このくらい。

 五百球打ちっぱなしを何カゴもこなしたことだってあるんスから。なぁペッパー?」


「ソルトが卓球部を辞めてすぐのときだね。

 あのときは結局、何カゴまで連続でやれたんだったか?」


 喋りながら、準備を整えた。


「審判はわたしがするねー。

 妹ちゃん、得点の管理やれる?」


「はい! 覚えました!

 ……あの、ナルさんって、お兄ちゃんの初恋の人なんですよね?」


「そーそー。話聞きたい?」


「聞きたいです!」


「おいこらマァリ! 人の恥を当人の前で聞こうとするんじゃねぇ!

 ナル先輩も嬉々として喋ろうとしないでもらえませんかねぇ!?」


「ボクも聞きたいな。

 ソルトの弱みは、いくら握ってもいいものだ」


「テメェコラ何を黒いこと言ってんだペッパー!?

 ブン殴られたいか!?」


「ハカセ、ナルとソルトがじゃれているところを見せつけられて、心穏やかではないのでござらんか?」


「ふふ、シノブ君、私がこの程度で心乱すワケがないではありませんか。

 筋肉があればいつでも心は平穏そのもの……」


「じゃーあー、試合に勝った方にー、ごほうびのキスしてあげよっかー!」


「ちょっナル先輩!? 何言い出すんスか!?」


「だ、そうでござるよ、ハカセ」


「……負けるワケにはいかなくなりましたね」ピキピキ


「ハカセ先輩マジにならないでください!?

 オレは断りますしこんな冗談間に受けてたら身が持ちませんって!」


「ソルト、ボクは全力で勝ちを目指すよ。

 一緒に頑張ろう」


「テメェよく器用に真顔で『これはおもしろいことになってきた』って表情できるな!?」


 騒ぐ。笑う。打ち合う。

 やがておまわりさんが来て、近所迷惑だから静かにねとさとされて、すごすごと退散した。

 それもまた、後には笑い話になるのだろう。




「なんというか、不良集団みたいな扱われ方だったよね」


 卓球台を押して歩きながら、ペッパーは言った。


「群れたい気持ちは分かるけど、だなんて、警官にはどう見えていたんだろう」


「まぁ、オレはこのナリだから不良扱いされるのは慣れてるけどよ。

 ペッパーは見た目は優等生っぽいもんなァ、職質は初めてか?

 オレの方がこれに関しちゃ先輩だな」


「もー、しょうもないこと自慢しないでよお兄ちゃん」


「しかしまあ、夜中に私たちのような年代の人間が騒いでいたら、チーマーのように思われるのも仕方ないかもしれません」


「チーマー……ハカセ、語彙が古いでござるよ。

 もう少しこう、カッコつく言葉はなかったでござるか」


「やーシノブ先輩、そんなトコでカッコよさ求めても仕方なくないっスか?」


 ナルはしばらく考えて、それから思いついたように、つぶやいた。


「……トライブ?」


 全員が、立ち止まってナルの方を向いた。

 一人ピンと来ていない様子のマァリに、ナルは説明した。


「えっとね、トライブっていう音楽のジャンルがあって、テクノの一種なんだけどさ。

 言葉としてのトライブが、なんていうかこう、群れみたいな意味合いがあって、えっと」


 助けを求めるようなナルの視線を受けて、ハカセが引き継いだ。


「トライブの和訳としては、民族や部族、場合によっては家族や仲間といった言葉が当てられます。

 共通の文化や価値観で寄り合った集団、といった意味ですね」


 ソルトがにんまりと笑った。


「へぇ、いいじゃないっスか。トライブ。

 卓球っていう共通の価値観で集まった仲間、ってことっスよね」


「仲間、仲間か。

 そうだね、ソルト、ボクも悪くないと思うよ。

 結局ヤンキーっぽい語彙の気もするけど、それはそれで、いいんじゃないかな」


「家族という意味合いもあるというのは、よいでござるな。

 離れ離れになっても、帰る場所があるような気がするでござる」


「なんならチーム名のようなものも決めておきますか?」


「トライブネームねー、それじゃあー……」


 夜はふけてゆく。

 やがて日が昇り、月曜日となれば、それぞれの進路へと向かってゆく。

 それでも確かにつながりがあり、帰りたくなれば帰れるのだろう。

 ピンポン玉のような軽やかな足取りで、彼らはずっと、前進ドライブしてゆく。

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