第35話 着火

 ガーディアン――衛守えもり牙帝がていという男は昔から、同級生らと比べて頭ひとつ大きな体だった。

 その体格にふさわしく運動能力も高かったので、スポーツでもずっと活躍してきた。


「ガテイはずるいよな。デッカイんだから、強いに決まってるじゃん」


 そういう言葉が、積み重なるまでは。


 ガーディアンは考えたり覚えたりすることも苦ではなかったので、スポーツの技術についても研究した。

 フォームを見直したり、流行りの戦法を取り入れてみたり、そうやって強さを身につけることは楽しかった。

 不幸だったのは、ガーディアンがそういう努力もしたからこそ強くなったのを、理解できない人間がいたことだった。


「どんなに頑張ったって、デカいヤツが勝つんなら、意味ないじゃんか。

 ずるいんだよ、ガテイは!」


 不幸だったのは、彼がそう言って悔しがる程度には努力をしてきたことを、ガーディアンは理解できたことだった。


「悪いんだけど衛守君、かわいそうだから、負けてあげてくれないかな?」


 そう言った大人が、決してガーディアンをないがしろにしているわけではなく、本当に困り果ててそう言ったことを、ガーディアンは理解できた。

 理解できるほど賢くなければ、もう少し楽だったかもしれないのに。


 ガーディアンは卓球を始めた。

 他のスポーツほど体が大きくて有利とは言われないし、特異なフォームを研究して技を身につけるのも、彼の性格に合っていた。

 それでも一対一で、相手の勝ちたい気持ちに向かい合ったとき、ガーディアンはうまく勝ちきれなかった。


 ヒメと、出会った。

 小柄な体で強く立ち回る彼の姿は、ガーディアンにとって福音だった。

 そして彼もまたシングルスで勝ちきれない事情があり、二人でダブルスを組むのは、必然の流れだった。


「ガーディアン? いいニックネームじゃない。

 でもちょっと長いわ、ガーちゃんでいいかしら?」


 二人で、強くなった。勝ち続けた。

 誰のために? ……ヒメのために?



   ◆



 三ゲーム目もいよいよ終盤、ここを取れば勝利にリーチがかかる。

 ゆずれない。そんなの、最初からそうだ。


 ペッパーの順回転ドライブ! ヒメの殺人打球! ソルトの逆回転カット! そしてガーディアンの暗黒の魔技チキータ


(どうして、キミたちは)


 ガーディアンは、震える自分を自覚した。

 打ち合い、汗のきらめきが白く染める向こう、リミッターを超えて危険域の戦いを行うソルトとペッパーは、確かに、楽しそうに見えた。


 ガーディアンの隣。

 死の瘴気をまき散らしながら戦うヒメ、妹の死を背負いながら、そのゆがんだ表情は、確かに笑顔だ。


(どうして、ぼくは)


 打ち続ける。打ち続けなければ負ける。


(誰が負ける? ヒメが?)


 ガーディアンは、震えた。


(違う。ヒメとぼくの二人だ。

 ぼくだって、この試合を戦っている、当事者だ)


 強く打ち続ける。

 ガーディアンの中で、闘気はもう練り上がっている。

 それが腕の先へと染み渡り、打球へと込められる感覚に、ガーディアンは震えた。


(知らない。

 この気持ちがどういうもので、どう扱えばいいものなのか、ぼくは分からない)


 強い打球は、ソルトの逆回転カットの余韻に負けてネットにかかった。


(ぼくは――)


 タオル休憩。

 汗を拭くガーディアンの胸を、ヒメは叩いた。


「自分に素直に、打ってみなさいな」


 ガーディアンは、ヒメに目を向けた。

 見上げてくるヒメの顔は、立ち上る汗と死の瘴気の中、挑発するように優しい笑顔だ。


「あたしもリッカも関係ない。

 ガーちゃんが、一番気持ちのいい卓球をしてごらんなさい。

 どう打とうが、勝ったらそれが、正解なんだから」


 ヒメの言葉と表情は、ガーディアンの心に火をつけた。


(ぼくは!)


 強く踏み込む。体重を乗せる。

 打球に自分の全身ごと、胸の中でくすぶる何かを押し出すように。


 ヒメのための勝利。

 ヒメの妹・リッカのための勝利。

 代表選手としての勝利。

 団体戦メンバーとしての勝利。


(違う!!)


 真っ白い汗を散らして。

 ガーディアンの瞳に、真っ赤な炎がともった。


(もう、ごまかさない。

 ぼくは、ぼく自身が、勝ちたいんだ!!)


 胸に練り上げていた闘気は、ガーディアン自身の勝ちたい気持ちだ。

 腕を振る、打球に乗せる、闘気が先走るまま、ありったけの力で、前へ! 勝つために!


 その打球の先に、ペッパーはいた。


 一年前の試合、ソルトはガーディアンのチキータを先読みし、カウンターを決めてみせた。

 勝ちにゆく気持ちを読み切ったからこその、カウンターだ。

 今、あのときより実力を上げたペッパーが、膨れ上がったガーディアンの闘気を読み切れないことなど、あるわけがない。


 ペッパーの順回転ドライブが、最高速のキレを見せた。

 虹色の残像を引き、高く遠くへ飛び去るべく。


 ヒメはそれを、読み切っていた。

 ピンポン玉がバウンドするより早く、着弾点へと回り込み、跳ねた瞬間の玉にラケットを被せにいった。


(邪魔をするなッ!!

 ガーちゃんが、ここまでを見せてるんだ!!

 その気持ちを、無駄にはさせない!!)


 火薬のようにぜようとする回転力を殺し、死神の全圧力をもって封じ、死の瘴気をすら上回るほどの真っ赤な闘気をもって、ヒメは全力の返球をした。


 絶対零度の壁。

 ソルトはただ真剣に見据えて、構えていた。


(誰が勝ちたかろうが、関係ねぇよ。

 負けない理由は、アンタらにだってオレたちにだって、あるに決まってるだろうが)


 強い想いを持つ者が、勝てるわけではなく。


 十一対九。

 三ゲーム目を制したのは、ソルト・ペッパーペア。


 想いを持っても勝てないのなら、想いは無駄なのか?

 答えは否である。

 ここまでの試合が、そしてここからの試合が、その証明だ。

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