第13話 意地の激突

 点数が並び、ガーディアンが、そしてヒメが目を細めた。

 すでに二人の闘気も、危険なゾーンに突入していた。


(アンタらがどれだけボルテージを上げてこようと、関係ねぇ!

 オレらが勝つまで攻め切れるか、そうでないか、それだけだ!)


 ソルトは利き手側フォアハンドへ打つ。

 するとガーディアンの巨体が横滑りした。


利き手側移動フォアスライドチキータ!?)


 肘を高く上げる例のフォームから、強烈な玉が発射された。

 ペッパーは肝を冷やし、対応するための構えを作ろうとし、しかし打球は自陣に返らず、ネットにかかった。


「ん……」


 ガーディアンは軽く首を傾げてみせ、ヒメがドンマイと声をかけて、スムーズに次のサーブに備えた。

 ソルトとペッパーの首筋には、運動のものではない、冷や汗が流れた。


(この流れは、まずいぜ……!

 逆手側バックの技をムリヤリ利き手側フォアで繰り出してるから、精度は低いんだろうが……!

 試合の流れが、チキータが決まるか、そうでないかの二択になっちまう!

 オレらの技が入り込む余地がなくなる!)


 激しく打ち合い、ペッパーが仕掛けにゆく。


(気遅れするな!

 ボクが決めればいい、攻撃的な打球は、ボクの方こそ得意としている!)


 あわやアウトというギリギリのコースで、ペッパーの順回転ドライブが刺さる。飛び去る。

 しかしヒメは追いつく、無重力のごとき歩法!


「きァッ!」


 呼気とともに繰り出された殺人打球が、死神の鎌のように卓球台をえぐった。

 ソルトはラケットを届かすことができず、失点。


「くっ……!」


 喉元の汗を手の甲で拭いながら、ペッパーはヒメの姿を見た。

 ガーディアンが強烈な技を見せるほど、ヒメの姿が紛れ、見失ってしまう。

 心筋コントロールによる瞬間的な爆発力は、言い換えれば玉を打つタイミング以外では存在感を発しないということだ。


(まだ……まだだ!)


 打ち合い続ける。

 どれだけ強力な技を打とうとも、卓球に勝つのは点数を取った者であり、負けるのは玉を返しきれなかった者である。

 ソルトは、ペッパーは、食らいつき続けた。

 そうあって一方的にやられるほど、この二人は、弱くない。


 十対八。ヒメ・ガーディアンペアのリード。

 あと一点を決められれば、ソルトとペッパーの敗北が決まる。


 この試合最後になるかもしれない、タオル休憩。

 ヒメはタオルを取り、そして相手サイドが目に入って、いぶかしんだ。

 ソルトもペッパーも、タオルを取りに行かない。

 卓球台の前に立ち尽くし、視線を落として。

 ヒメは、そしてガーディアンも、理解した。

 二人は極度集中している。

 小刻みに揺れる瞳、つぶやくように震える唇。

 脳内でシミュレートしている。この先の試合を。勝つために。


(苦しい、なんつー苦しい戦いなんだろうな。

 でもよ、不思議とこれが心地いいんだよな、ペッパー)


(いつだってそうだ。

 苦しくて、泣きそうで、こんなにもつらいのに、それがうれしくなる。

 こんな苦しさの中で、もがくように手を伸ばす勝利の味が、忘れられないよ、ソルト)


 瞳に炎がともるような幻視を残して。

 二人は顔を上げた。

 休憩時間が終わる。

 互いの顔を見ないまま、乾杯のようにこぶしを打ち合わせた。

 飛び散る汗は、炭酸水のように。


 試合再開、ひたすらに打ち合う!


(うッ!?)


 ガーディアンがひるんだのは、玉の軌道だった。

 逆手側バックハンド、浅め。散々見せつけて警戒させた、チキータの絶好コース。

 ソルトの眼光が、打ってみろよと挑発するように見えた。

 有効対空時間は一秒未満。迷っている時間などありはしない。ガーディアンは振るう、チキータ!

 そのコースに先回りし、ペッパーは構えていた。


(チキータはその特異なフォームゆえに、細やかなボールタッチが難しい。

 打つと分かっていれば、コースを読むことは……容易たやすい!)


 ヒメが手を伸ばすより早く、ペッパーのカウンターが抜き去った。十対九!


「きィャッ!」


 ヒメも攻めの姿勢を緩めない。

 ソルトは危なっかしく玉に飛びつき、体制を崩しながらも返球した。

 コース、逆手側バックハンド浅め。

 またもガーディアンは選択を迫られた。

 誘いなのか、しかし今回は苦し紛れの玉で。

 自陣を玉が跳ねる、猶予時間一秒未満、チキータを打つべきか、むしろ打たないことを読まれるか、ソルトが体制を崩している、彼が邪魔でチキータを拾いに行けないか、むしろそれが罠か。

 打球。選択、チキータ。それは理屈ではなく、勝ちたいという気持ちの発露だった。


 ペッパーは、その打球を待ち構えていた。

 回転扉をくぐるような、華麗なる配置転換であった。


――ありがとう。信じていたよ。


 いっそ涼しげなペッパーの眼差しが、そう語っているように見えた。


 十対十。

 延長デュースに、突入した。

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