第33話 禍(まが)る

 第三ゲーム。開始のサーブはソルトが打つ。

 構え。ソルトはレシーブについたガーディアンを、その後ろに控えるヒメを見やった。


(明確に、相手のオーラが切り替わった。

 きっとここからは、よりハイリスクで強烈な技を決めてくるだろう。

 オレたちの心を折るために)


 ソルトはぺろりと、唇をなめた。


(つまり、こちらが逆に心を折るチャンスだ。

 自慢の技を叩き返してやりゃあ、この人らだってヘコむだろうさ。

 やれるかどうかは……出たトコ勝負だがな)


 ソルトは左後方、ペッパーの気配を感じ取る。

 気持ちが高ぶったまま、研ぎ澄まされている。

 きっと、どんな攻撃だって対応してくれる。

 ソルトはそう、信じられた。


(当然、初球得点サービスエースできりゃあ、それが一番だけどな)


 沈黙。四名が静止し、観客も息を呑んで、試合を見守る。

 投げ上げトス。ラケットを振ると同時、足音を高らかに響かせる、回転を見極めさせない、強気の攻め玉!

 ガーディアンの構えは暗黒の魔技チキータ! すでに見た、技――


 軌道が、曲がった。


 ペッパーの反応速度をかわして、ピンポン玉はラケットをすり抜けた。

 外側へと逃げていった回転力の余韻が、空気を熱く焦がしていた。

 それはまるで、熱帯雨林のような湿度をともなって。


(今のは……チキータじゃねぇ。いや違う、今までのが『本当の』チキータじゃなかったんだ。

 あれは……あれこそが、『真の』チキータか!)


 現代、単にチキータと呼ばれて混同されることも多いが、この単語が含む技には二種類ある。

 ひとつは今まで見てきた、逆手側バックハンドで強烈な順回転ドライブをかける技、これは正式には台上バックドライブと呼ばれる。

 対して今見せた技、横回転をかけてバナナのような曲がる軌道を繰り出す技こそ、本来のチキータの源流であり、語源であるチキータバナナの意味するものである。

 つまり今まで見てきたチキータは、すべてをほふる魔道滅殺究極殺伐暗黒闘技の、その序章にすぎないのである!


(チィィッ、まだまだ底を見せてないとは思ってたけど、ここからかよ!)


 ソルトの目配せ、ペッパーは力強くうなずく。

 同じことだ。また慣れて、叩き返せばいい。

 初球サービス! 真・チキータ! 追いつく! 返す! ヒメ!


「きヒィッ!」


 横殴りに打ちつける! 禍々まがまがしいほどの曲線を描き、暗黒のオーラを残像に後引く横回転!


(あっちもこっちも曲がってんじゃねぇよクソが!

 性根もひん曲がってんじゃねぇのかチクショウめ!)


 ソルトは追いつく! 返す! 威力が足りない!

 ガーディアンの創意もへったくれもない強打スマッシュで、得点が確定した。


(この期に及んでサービスで二点落とすとか、キツイぜ……!

 強すぎてやってらんねぇぞオイ……!)


 ソルトは顔をこすり、汗を払った。

 そうして触れた自分の口元が笑っていることに、ソルトは笑ってしまった。


 打つ。粘る。

 ソルトが食らいつきながら少しでも面倒な玉を返し、ペッパーが少しでも強い玉を打つ。

 ヒメとガーディアンは徹底的に曲がる打球で攻めてくる。得点できるうちは、ひたすらその玉で戦う心づもりだ。

 そしてソルトたちが慣れてきたら、直線的な玉で揺さぶる。そこまで見通している。

 五対一。離されている。


(クソッ、まだこんなに力量に差があるのかよ!?

 冗談じゃねぇぞ、一ゲーム取れたってのに!)


 ガーディアンは機械のように打ち続ける。

 決して楽な玉を打ってはいない、正確な打球を打ち続けるために、精神の一切を打球に集中しなければ得点を続けられない。

 とてもヒメのように、感情をむき出しにしたまま戦うなどできないし、そのやり方も分からない。


『悪いんだけど衛守えもり君、かわいそうだから、負けてあげてくれないかな?』


 なぜそんな言葉を思い出すのか、それを疑問に思う余裕すら、ガーディアンにはない。

 ただ打つ。打ち続ける。

 なんのために? 勝つために。

 誰が勝つために? ……ヒメが、勝つために。


――雪の、気配。


 ここに至って、ガーディアンの思考が、ソルトの打球に引き寄せられる。

 もう遅い。ガーディアンはすでに、チキータの構えだ。

 打つ。浮き上がらない。

 打球はネットにかかる。

 その向こうでソルトは、火傷をするような凛とした目で、打球の行方を見極めていた。


 チキータを打つのが難しい玉として、強く下に落ちる逆回転カットが挙げられる。

 もともとが低い玉をすくい上げて打つ技法であり、下向きの力がさらにかけられては、難易度が跳ね上がるのである。

 つまり、ソルトが得意とする球種である。


 ただし、生半可な回転ではだめだ。

 強烈な順回転ドライブに持ち上げられないだけの、強力な下向きの力がいる。

 また横回転が混じるのもよくない。回転力が分散して、下に落ちてくれないからだ。

 真下に落ちる、純粋で強力な逆回転。

 それはつまり、スノードロップのような。

 もしもここからの試合、ヒメの打球すべてをスノードロップで返すくらいの芸当ができれば、ガーディアンのチキータは完封できる。


――だったら、やってやる。


 全身の毛穴が開く感触を覚えながら、ソルトはずっしりと地に足をついた。

 ソルトはこれから、この卓球台に、雪の雫を降らせ続ける。

 ぐに。

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